夜に染まる
管制室から飛び出した龍之介とジェイクは、長い廊下を駆け抜け、駐車場へと向かう。
「ルミナイト反応、まだ安定しねぇな……」
走りながら龍之介は眼前のHUDを確認する。
HUDに映されたエネルギー反応は、不規則に揺らいでいた。
一定の動きがない——待ち伏せか、それとも何かを探っているのか。
「敵かどうかもまだ分からねぇが……とりあえず急ぐぞ!」
ジェイクが言いながら、駐車場の奥へと視線を向ける。
暗闇の中、黒とグレーの無骨なフォルムが待っていた。
ATT-V(ARC Tactical Transport Vehicle)
ARC専用の戦術輸送車両——防弾装甲、ルミナイトエンジン搭載の高機動車。
戦闘車両ではないが、機動力と防御力に優れ、戦場での迅速な展開が可能な一台。
龍之介がATDを起動し、スマートキー認証を行う。
《認証完了——運転システム起動》
車両のロックが解除され、HUDにルートマップが表示される。
「ジェイク、乗れ!」
「おう!」
2人は素早く運転席と助手席に乗り込み、龍之介がエンジンを始動する。
ルミナイトエンジンの静かな起動音とともに、ダッシュボードのディスプレイが点灯。
研究棟までの最短ルートが自動計算され、ホログラム上にナビゲーションが浮かぶ。
「夜勤明けのドライブって気分じゃねぇな……」
ジェイクがシートベルトを締めながら、冗談混じりに言う。
「どうせあんたは戦闘になったら楽しむんだろ」
龍之介はハンドルを握りながら、アクセルを踏み込む。
ATT-Vの車体が滑るように発進し、ARC駐車場を飛び出した。
——時刻は深夜2時
通常なら静まり返っているはずのLUX施設内で、何かが起ころうとしていた。
ATDのスキャンに映るルミナイト反応は、依然として断続的に点滅している。
「この反応……どう見てもただの誤作動じゃねぇな」
ジェイクがモニターを確認しながら呟く。
「適合者が複数いる可能性もある……慎重に行くぞ」
「あんたが言うと、余計に信用できねぇんだよ」
龍之介はアクセルをさらに踏み込み、ATT-Vを加速させた。
目的地——LUX研究棟まで、あと2分。
「おい! ありゃなんだ!?」
研究棟が視界に入った瞬間、ジェイクが鋭く指を差す。
HUDのサーモグラフィーに、地面に倒れた複数の人影が映し出された。
ぐったりと横たわる影。
動かない。
それでも熱反応は残っている——まだ生きている可能性が高い。
「まさか……!」
龍之介はすぐにハンドルを切り、ATT-Vを急停止させる。
タイヤがアスファルトを削る音とともに、車両が静止した。
2人は素早く降車し、慎重に周囲を見回す。
「ルミナイト反応は見えるか?」
ジェイクが低く問いかける。
龍之介は即座にATDで確認する。
視界HUDに、周囲のルミナイト波形データが浮かび上がる。
「……っ! あそこに痕跡がある! 奥だ!」
研究棟の裏手へと続く微量なルミナイト反応。
まるで誰かが駆け抜けた後のように、かすかに揺れている。
「チッ……!」
龍之介は迷わず駆け出した。
「おい待て!」
ジェイクが鋭く声を上げる。
「待ち伏せかもしれん、気を付けろ!」
しかし、龍之介の足は止まらない。
直感が告げている——ここで逃せば、取り返しがつかなくなる。
「くそっ」
ジェイクも龍之介の後を追う。
研究棟の裏手に回り込もうとした、その瞬間——
ゴッ——!!
鋭い衝撃が龍之介の体を貫いた。
「ぐぁっ!!」
まるでトラックにでも撥ね飛ばされたような強烈な一撃。
視界が一瞬揺らぎ、地面が迫る。
衝撃で数メートル吹き飛ばされ、無造作にアスファルトへ叩きつけられる。
「そら言わんこっちゃねぇ」
ジェイクが呆れたように呟く。
だが、その目は鋭く、すでに戦闘態勢へと入っていた。
吹き飛ばされた龍之介を一瞥し、片手を突き出す。
「おい、大丈夫か?」
龍之介はアスファルトに手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「くっ……ああ!」
息を整えながら、闇の奥を見据える。
そこに立っていたのは——巨大な男だった。
ジェイクも屈強な体躯を持つが、その男はさらに大きい。
筋肉の鎧を纏ったような体格、圧倒的な威圧感。
暗闇に沈む鋭い眼光が、確実にこちらを捉えていた。
「……チッ」
視界HUDが男を捉える。
——ルミナイト反応、急激な増幅
(……こいつか!?)
わずかに揺れる数値。
だが、目の前の男から感じるのは、ただの数値では説明できないほどの“圧”だった。
静寂を切り裂くように、男が口を開いた。
「……アルカディアの犬どもか」
その声は低く、獣の唸り声のように響いた。
男の瞳に藍碧の光が宿る。
——ブンッ!!
空気を裂く音が響く。
龍之介が立ち上がろうとした瞬間、巨体の男がすかさず拳を振り抜いた。
「っ……!」
咄嗟に身を引くも、拳が頬をかすめる。
衝撃波の余波だけで体がぐらついた。
(……速い!)
ただの巨漢ではない。
パワーとスピードを兼ね備えた適合者——間違いなく、タダ者ではない。
次の瞬間、男はさらに踏み込む。
龍之介はバックステップで距離を取るが——
「おら、こっちだ!!」
ジェイクの声が割り込む。
巨漢の拳が届く寸前、ジェイクが鋭いカウンターを繰り出した。
ドスッ!!
膝蹴りが男の腹にめり込む。
巨体が一瞬揺らぐ——しかし、それでも後退はしない。
(……効いてない!?)
男は低く唸るように息を吐き、ジェイクへと向き直る。
ドンッ!!
地を踏みしめ、全力のストレートを放つ。
しかし——
スカッ——!
ジェイクは最小限の動きで拳をかわし、逆に懐へと潜り込む。
鋭いローキックを男の膝へ叩き込み、その勢いのまま裏拳を振るう。
バキッ!!
男の顔がわずかに揺れる。
「っ……!!」
龍之介はその隙を見逃さなかった。
地面を蹴って、一気に距離を詰める。
ジェイクが作ったチャンス——ここで畳みかける!
拳を握りしめ、渾身の一撃を男の腹に打ち込んだ。
しかし、その瞬間——
男の瞳が鋭く光る。
「ふん」
次の瞬間、龍之介の視界が揺れた。
腹部に鈍い衝撃。
ドゴォッ!!!
吹き飛ばされる龍之介。
(……こいつ、タフすぎる……!)
転がるように地面へ叩きつけられながら、痛みに耐え、すぐに体勢を立て直す。
ジェイクが軽く舌打ちし、拳を構え直す。
「……こりゃ、簡単にゃ倒れねぇな」
男はわずかに口角を上げ、低く笑った。
「そっちこそ、なかなかやるな……」
巨大な拳を軽く握り直しながら、一歩、また一歩とこちらへ向かってくる。
「コール、用事は済んだ。引き上げるぞ」
静寂を切り裂くように、後方から声が響いた。
龍之介とジェイクが振り返る。
外壁の上——そこに二つの影が立っていた。
月明かりに浮かぶシルエット。
一人は長身の女。
鋭い眼差しが暗闇を貫き、まるで獲物の動きを探る猛禽のようだ。
もう一人は痩せた男。
指先が微かに蠢き、そこからゆらりと薄い熱気が立ち昇っている。
「くそっ、まだいやがんのか!」
ジェイクが忌々しげに呟く。
龍之介も、戦闘態勢を解かぬまま歯を食いしばる。
「……3人相手は流石にキツいな……」
ただでさえ、目の前の大男だけでも手強い。
この場で3対2の戦いになれば、分が悪すぎる。
だが——
2人の動揺をよそに、コールと呼ばれた男は静かに応えた。
「そうか、了解した」
その態度には、一切の迷いがない。
この状況でも、どこか余裕すら感じさせる。
「お前らとはまたいずれ相見えるだろう。その時まで——一旦おあずけだ」
そう言い放つと、コールは一歩後ずさり——
次の瞬間、巨体とは思えぬ跳躍で、外壁の向こうへと姿を消した。
「……っ!」
龍之介はすぐに追おうとするが——
「チッ!」
ジェイクが舌打ちしながら腕を掴む。
「ムダだ、追っても捕まらねぇ」
後を追うように、外壁の上の二人も軽やかに身を翻し、そのまま夜の闇へと消えていった。
長身の女は最後までこちらを鋭く見つめ、痩せた男はわずかに指を動かすと、かすかに発生した熱がゆらめいた。
風が吹き抜ける。
その場には、龍之介とジェイク、そして倒れた隊員たちだけが残された。
——何をしやがった。
龍之介は拳を握りしめ、去った敵の方向を睨みつけた。
改めて周囲を見渡すと、倒れた隊員たちにほとんど反撃の跡がないことに気づく。
まるで最初から抵抗する余裕すらなかったかのように——。
「おい……何人やられてる?」
ジェイクが短く問いかけ、龍之介がHUDを操作する。
「くそ……意識があるのは1人だけ……あとは全員、昏倒してる」
「……派手にやられたな」
ジェイクが低く呟く。
彼らの目的は、何だったのか?
ただの襲撃ではない。
もっと別の何かが、動き出している。
確かな手応えと、拭いきれない疑念を残しながら、夜の静寂が、ゆっくりと戻り始めていた。




