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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
四・斜陽
22/48

薫る未来

 炭火の香ばしい匂いが漂い、焼きたての焼き鳥から湯気が立ち昇る。

 龍之介は串を片手に、満足げに頷いた。


「熊さんの焼き鳥は、いつ食ってもうめぇな」


 ジュワッと広がる肉の旨味を噛み締めながら、ぼそりと呟く。


 ジェイクも同意するように串を片手に持ち上げた。


「確かにな。俺らも世界中の食いもん食ってきたが、ここの焼き鳥は世界一だ」


「ありがとよ」


 カウンターの奥で、熊さんが照れくさそうに笑う。

 大きな手でタオルを肩にかけながら、少し頬をかいた。


 ナディアが懐かしそうにグラスを傾ける。


「ほんと、色んな国に行ったわよねぇ……」


 ジェイクは遠くを見るような目で、ゆっくりと語り出した。


「ああ……失われた聖櫃を求め、エジプトに行ったり……」


 ナディアもそれに続く。


「えぇ……聖杯を探しにトルコにも行ったわ」


 龍之介は串を置き、ジトッとした目で2人を見た。


「……フェドーラ帽被って、鞭持ってか……?」


 冷ややかな声で突っ込む。


 ジェイクとナディアが一瞬ポーカーフェイスを装うが、隣で綾が堪えきれずに笑い出した。


「ぷっ……ふふっ……」


 焼き鳥の香ばしい匂いが漂う中、賑やかだった空気が少し変わる。


「国って言やぁ……」


 ジェイクがジョッキを置き、やや真面目な表情で口を開いた。


「ルミナシティの件で、アルカディアと政府の交渉が始まったみたいだな」


 ナディアがグラスを軽く揺らしながら続ける。


「中核部の建造も順調みたいね」


 ルミナシティ——青波周辺の原発事故跡地に建造予定の巨大都市。

 国家規模のプロジェクトでありながら、その裏には様々な思惑が絡み合っている。


 龍之介は手元のグラスを見つめ、複雑な表情を浮かべた。


「アルカディアがルミナシティの自治権を得ようとしてるらしい」


 ジェイクの低い声が店内に響く。


 ナディアは静かにため息をついた。


「……また何か一悶着起きそうねぇ……」


 温かい料理が並ぶ食卓とは裏腹に、話題にのしかかるのは冷たい現実。

 誰もが、これが単なる都市開発の話では済まないことを感じていた。


 ジェイクは苦笑しながらジョッキを軽く持ち上げた。


「おっと、わりぃ。今日は嬢ちゃんのお祝いだったな」


 ナディアも頷き、手をひらひらと振る。


「そうね、辛気臭い話はやめましょっ!」


 空気を変えるように明るく言ったその直後——

 ジェイクがニヤリと口角を上げ、唐突に放り投げる。


「お前ら、一緒に暮らしてもう二年だろ? そろそろ結婚すんのか?」


「ぶっ!!」


 龍之介は飲んでいたビールを思い切り吹き出し、激しく咳き込んだ。


「おい! きったねーな!」


 顔にかかった飛沫を、ジェイクは呆れたようにおしぼりで拭う。


 ナディアが肘をつきながら、クスクスと笑う。


「何焦ってんのよ龍之介ちゃん、二人ともそういう話してないの?」


「いや……別にそういうわけじゃないけど……」


 龍之介は口ごもりながら、ちらりと綾を見る。


 綾は小さく目を瞬かせ、すぐに視線を落とした。

 長い睫毛が伏せられ、その表情には照れよりも——どこか思案の色が滲んでいるように見えた。


 実際、結婚を考えていないわけじゃない。

 綾とも、それとなくそんな話をしたことはある。


 けど——


 幼い頃からずっと一緒にいた。

 それが「結婚」という形になるだけ……のはずなのに、どうにも気恥ずかしい。

 今までの関係と、これからの関係。

 それが形として変わることに、どんな意味があるのか、どう違ってくるのか——

 そんなことを考え始めると、妙に落ち着かなくなる。


 綾は……どう思ってるのだろうか。


 ちらりと横目で見る。

 綾はまだ俯いたまま、複雑な表情を浮かべていた。

 驚き、困惑、そして、ほんの少しの迷い——。


 静かな間が落ちる。


 龍之介は言葉を飲み込み、無意識のうちにジョッキを指でなぞった。


 ナディアがグラスを軽く振りながら、少し呆れたように言う。


「なーによ、二人とも真剣な顔しちゃって!」


 龍之介と綾を交互に見て、肩をすくめる。


「結婚なんて勢いよ! 勢い!!」


 軽快に笑うナディアに、龍之介は思わず反撃した。


「そういうあんたたちはどうなんだよ?」


 言われた途端、ジェイクとナディアは顔を見合わせる。

 一瞬、何かを思い出すような、懐かしむような空気が流れ——


 次の瞬間——


「ハハっ!」


 二人は声を揃えて笑い出した。


「俺たちゃもう“そういうとこ”にゃいねぇのよ!」


 ジェイクが余裕の笑みを浮かべながらジョッキを傾ける。


「そうね……ふふっ……あなたたちには、まだ分からないかしらねぇ……?」


 ナディアはイタズラっぽい笑顔を浮かべながら、龍之介と綾をじっと見つめる。


「はぁ……?」


 眉をひそめながら、龍之介と綾が顔を見合わせる。

 まるで二人だけが知っている秘密を匂わせるような態度に、なんとも言えない引っかかりを感じながら——。



 胸の奥に、少しだけモヤモヤを残しつつも——

 ジェイクとナディアの軽妙なやり取りに引き込まれ、宴は大いに盛り上がった。


 気づけばテーブルには、串の残骸と空になったグラスがずらりと並んでいる。

 何度も笑い、何度も飲み、何度も食べた。


 そして、ひとしきり飲み食いしたところで——


 ジェイクが腕を伸ばして背伸びをしながら言った。


「さてと、んじゃそろそろお開きにするか」


 ナディアがグラスを持ち上げ、笑顔を向ける。


「あらためて、綾ちゃん、おめでとう!」


 綾も満面の笑みで応える。


「二人とも、本当にありがとう。とっても楽しかった」


「良いってことよ」


 ジェイクが軽く手を振る。


 ナディアは微笑みながら、綾の手を取るようにして言った。


「今度また、お買い物でも行きましょ♪」


 龍之介と綾は、二人に見送られながら熊乃家を後にした。

 扉を開け、一歩外へ出ると——


 さっきまでの賑やかな店内とは対照的に、静かな夜の空気が広がっていた。

 冬の冷気が頬をかすめ、遠くの街灯がぼんやりと揺れる。


「ふぅ……」


 吐く息が白く滲む。

 宴の熱気がまだ体に残る中、冬の冷たい風がそれをゆっくりと冷ましていった。


 夜風の中、綾はどこか楽しげに歩いていた。

 熊乃家での賑やかな時間の余韻を、その小さな背中が物語っている。


 そんな綾を見つめながら、龍之介はふと口を開いた。


「ナディアがまた買い物にって言ってたけど、一緒に出かけたことあんのか?」


 綾が振り返り、軽く頷く。


「ん? うん!何回かね」


「何回か……いつの間に……」


 龍之介が苦笑すると、綾はくすっと笑いながら肩をすくめた。


「女同士、色々積もる話もあるんだよっ!」


 イタズラっぽい口調で言いながら、軽く舌を出す。


 龍之介はその言葉に軽く息をつきながらも、

 宴の始まりに感じた違和感を思い出していた。


 そして——少しだけ声を落として尋ねる。


「なぁ……綾、なんかあったのか?」


 足を止め、静かに問いかける。


 綾は一瞬だけ目を伏せた。


「……ううん、何にもないよ」


 少しの間を置いてから、穏やかな笑顔を浮かべる。


 その微笑みは、どこか作り物のように見えた。


 綾はふっと背を向けるようにして、夜空を見上げた。

 街灯の明かりが届かない場所では、かすかに星が瞬いている。


 そのまま、ぽつりと呟く。


「ねぇ龍ちゃん、もし……もしもだよ?」


 龍之介はその声のトーンに、自然と耳を傾ける。


「……私たちが結婚して……」


 一拍の沈黙。


「子供ができたらさ、男の子がいい? それとも女の子?」


 ——突然の問い。


 不意を突かれた龍之介は、一瞬言葉を失った。


「え!? 子供!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げる。


「もしも、だってば」


 綾はクスクスと笑いながら、軽く肩をすくめた。


「もしも……うーん……子供か……」


 龍之介は腕を組み、しばし考え込む。

 考えたこともなかった未来に、不思議と想像が膨らんでいく。


 綾と俺の子供——。

 どんな顔をして、どんな声で笑うんだろう。


 可愛いだろうな……。


 男の子、女の子……どっちだとしても。


「うーん……俺はどっちでもいいかな」


 ぽつりと、自然と出た言葉だった。


「えー、どっちでも?」


 綾が少し不満そうに聞き返す。


「ああ……まぁ、だって……ほら」


 少し照れくさくなりながら、頭をかきつつ言葉を続ける。


「俺たちの子なら、どっちだって絶対可愛いだろ、うん」


 その言葉に、綾がふっと笑った。


「あははっ……そうだね、きっと可愛い」


 まるで、本当にその未来がすぐそこにあるみたいに——

 綾は優しく微笑んだ。

 

 綾が楽しそうに続ける。


「じゃあさ、名前は?」


「名前か……」


 龍之介は少し考え込むように、夜空を見上げる。


「そうだな……俺は(あお)って字は入れたいな」


「青波……」


 綾がぽつりと呟く。


「そう、そのまま『青』じゃちょっとあれだから(あお)


 その言葉に、綾は嬉しそうに頷いた。


「いいね、私は女の子だったら紗希(さき)って付けたいんだ……優しく包み込むような、そんなイメージ……」


紗希(さき)か……それもいいな」


 しっくりと馴染むような名前に、龍之介も自然と微笑んだ。


 綾が目を輝かせながら、龍之介を見つめる。


「じゃあさ、男の子だったら(あお)、女の子だったら紗希(さき)にしよっ!」


 まるで、本当にそんな日が来ることを願うように——

 綾は愛おしそうに名前を口にした。


「なぁ綾、お前……」


 龍之介が口を開きかけた、その瞬間——


「ねぇ龍ちゃん、ずっと一緒にいようね!」


 綾が言葉を重ねるように、まっすぐに龍之介を見つめる。


「ずっと、ずーーーっと!! (あお)紗希(さき)が大人になって、私たちがおじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっと!!!」


 その笑顔は、眩しいほどに輝いていた。

 無邪気で、純粋で、まるで子供のような——。


 龍之介は、綾のその笑顔に言葉を飲み込む。

 喉の奥に残った言葉が、すっと溶けていくような感覚。


(……なんでだろう)


 胸の奥が、少しだけ締め付けられるような感覚がした。


 それでも——


 龍之介は綾を見つめ、しっかりと頷く。


「……ああ、もちろんだよ」


 夜の静けさに、2人の約束がそっと溶けていった。

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