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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
三・暁光
18/48

双翼の盾

 窓の外、LUXの塔が朝焼けを浴びて輝き、金属の壁面が淡い光を弾いていた。

 

 薄紅の光が、室内を優しく染め上げる。


「龍ちゃん、朝ごはんできたよ」


 エプロン姿の綾が、龍之介に微笑みながら声をかける。


「お、サンキュ」


 寝ぐせを無造作にかき上げつつ、龍之介がリビングに顔を出す。


「今日は綾の初出勤か、準備は大丈夫か?」


「大丈夫!ARC(アーク)設立の式典なんだよね?緊張しちゃうな…」


 綾の声には期待と不安が入り混じり、朝の空気をそっと震わせた。


「式典つっても、お偉いさんの話聞くだけだろ?退屈だよなぁ」


 気楽な口調の中にも、龍之介の瞳は小さな熱を隠せない。


「ふふっ、龍ちゃん、そういうの苦手だもんね」


 綾は小さく笑い、張り詰めていた心が少しだけ緩んだ。


 朝食を終えた二人は、静かに支度を整える。

 龍之介は胸元にAEGIS(アイギス)隊員証をしまい、綾はバッグに研究員証を収めた。


「じゃあ、行くか」


 龍之介が軽く前を向けば、綾が自然とその隣に寄り添う。


「うん」


 二人は並んで歩を進める。

 朝の風が頬をかすめ、目の前には朝日に染まるLUXの塔がそびえ立つ。

 その光の下へ——緊張と希望を抱いて、二人は一歩を踏み出した。


 ***


「あ、私はこっちだ!」


 綾は舞と来た記憶を頼りに、研究棟への道を指さす。


「じゃ、龍ちゃん、あとでね!」


 軽やかに笑い、歩き出す綾。


「迷子になんなよー!」


 龍之介が軽く手を振る。


「だいじょーぶ!!」


 綾は振り返り、弾む声を残して研究棟へ消えた。



 LUXのトラムが静かに線路を滑る。

 窓の向こうに、見覚えのある建物が姿を現した。


 AEGIS司令部——いや、今は違うか。

 建物は昨日までと同じ。

 変わったのは、入り口に掲げられたプレートだけだった。


 “Arcadian Regulation Corps”


「……名前だけか」


 建物の前に、見慣れない制服の女性が立っていた。

 胸元には銀糸のエンブレムと“ARC”の文字が輝く。


「隊員証はあるか?」


 短く問いかけられる。

 龍之介は無言で胸元から隊員証を取り出し、女性に渡す。


 彼女は手首の端末にそれを翳した。


「羽瀬龍之介だな。倉庫へ向かえ」


 淡々と告げられる言葉に、龍之介はわずかに眉をひそめる。


「…?」


 言われるがままに倉庫へ足を運ぶ。


 倉庫内は、わずかにオイルと新しい布地の匂いが混ざる。

 見知った隊員たちが、無言で新しい制服と漆黒のケースを受け取っていた。


「よう、龍之介!」


 互いに軽く頷き合い、短い挨拶を交わす。


 手渡されたのは、ARCの紋章が刻まれた新品の制服と、漆黒のケース。


「よっ!龍之介!」


 響く豪快な声。


「お前もオモチャ、貰ったのか?」


「おはよ、龍之介ちゃん」


 振り返ると、ジェイクとナディア。


 2人はすでに新しいARCの制服に身を包んでいた。

 二人の腕には、さきほどの女性隊員と同じ端末が光を帯びている。


「よう、二人とも。…オモチャって、なんだ?」


 龍之介が訝しげに問いかける。


「これよ、これ!」


 ナディアが腕に装着した端末を指で示す。


「お前が持ってるそのケースに入ってんのさ」


 龍之介が手元のケースを見下ろす。


「これか…中身は、その時計みたいなやつか?」


「時計ねぇ…まぁ、いいか。着替えるんだろ?ロッカールーム行こうぜ!」


 ジェイクが笑いながら肩を叩く。


 ロッカールームへ向かう道すがら、ナディアが龍之介を覗き込んだ。


「ねぇねぇ、龍之介ちゃん。綾ちゃんとの暮らしはどうなの?」


「どうって…別に普通だよ、普通!」


 龍之介がわずかに頬をかきながら答える。


 ナディアは唇を弧にし、いたずらっぽく目を細める。


「ふぅーん、若いっていいわねぇ。私たちにもそんな頃があったわよねぇ、ジェイク?」


「ん?あぁ、そうだな」


 ジェイクが少し考え込み、口元を緩める。


「確か…俺が画家を目指してた頃か? 豪華客船でお嬢様だったお前と出会って——」


「違うわよ!」


 ナディアが素早く突っ込む。


「パーティーでマフィアの娘だった私に、敵対マフィアの息子だったあなたが一目惚れしたんでしょ!」


 龍之介は半眼で二人を眺める。


「どっかで聞いた話だな…」


 ぼそりと呟いた。


 二人の軽口を聞きながら歩くうちに、龍之介はロッカールームの前に立っていた。


「俺たちはここで待ってるから、着替えてこいよ」


 ジェイクが軽く手を振る。


「そのあとで、この“オモチャ”の使い方を教えてあげるわ」


 ナディアが目を細めて笑う。


 龍之介は無言で奥の着替えスペースへと進んだ。


 制服を広げてみる。


 黒を基調としたジップアップジャケット。

 藍碧色の細いラインが、まるで血脈のように袖を走り、光を弾く。


 胸元には、銀糸で象られたエンブレム——堅牢なる盾と、その背に広げられた双翼。

 盾は不動なる守護、翼は迅き機動を意味する。

 紋章の中央には、藍碧の輝きを宿したルミナイトの象徴が刻まれている。

 それは、夜を裂く(ともしび)

 闇に飲まれぬよう、盾を掲げ、光を導く者の証。


 防ぐだけではなく、ただ翔るだけでもなく——

 秩序と未来を支える者、それがArcadian Regulation Corpsの紋章だった。


「悪くないな」


 袖を通すと、生地は軽く、それでいて芯の通った感触が肌に馴染んだ。


 着替えを終えてロッカールームを出ると、ジェイクとナディアは腕につけた端末を操作して遊んでいた。


「お、着替えたか!」


 ジェイクが口元をほころばせる。


「まあまあ、馬子にも衣装ねぇ」


 ナディアがくすりと笑い、目を輝かせる。


「で?このオモチャはどうすんだ?」


 龍之介がケースを持ち上げると、ジェイクが顎をしゃくった。


「まずはケースを開けろ」


 蓋を開くと、二人が腕に装着しているのと同じ端末と、コンタクトレンズ型のデバイスが収まっていた。


「とりあえず、そのコンタクトを付けてみて」


 ナディアが軽く言う。


「付けろって言われてもな…」


 龍之介は戸惑い、デバイスを指先でつまんだ。


「ん?お前、コンタクトつけたことないのか?」


 ジェイクが片眉を上げる。


「ねーよ。目は良いし」


「コンタクトなんて簡単よ。ほら、トイレでつけてらっしゃい」


 ナディアが笑いながら促す。



 鏡の前で四苦八苦した末、龍之介はようやく戻ってきた。


「随分、長かったな」


 ジェイクが口角を上げる。


「目の中に物を入れるって、普通怖いだろ」


 龍之介が眉をわずかに寄せる。


「意外とビビりちゃんなのねぇ」


 ナディアがからかうように笑う。


「んじゃ、次はその端末を腕に付けろ」


 ジェイクの言葉に、龍之介は無言で端末を手に取る。


 黒く無骨なボディに、ARCのエンブレムが僅かに光を帯びていた。

 ベルトを調整し、しっかりと手首に装着する。


『——Arcadia Tactical Deviceシステム起動中』

『生体リンク確認……ユーザー:羽瀬龍之介』

『認証完了。ようこそ、ARCへ——』


 突如、視界の中に文字が淡い光を帯びて浮かんだ。


「うぉっ!なんだこれ!?」


 思わず体が一瞬こわばり、龍之介は目元を抑えかけるが、視界に残る文字は揺るがず、まるで世界に重なるかのように鮮明だった。


 ジェイクが笑いを噛み殺すように口を歪める。


「驚いたか? それがこの“オモチャ”の醍醐味よ。目の前の景色に情報を載せる。これからは世界の見え方が少し変わるぜ」


 ナディアが肩を竦めて微笑む。


「まぁ、最初はみんなそうなるのよ。慣れなさい、龍之介ちゃん」


 龍之介は視界に残る光の残像を瞬きで払いながら、低く呟いた。


「……確かに“オモチャ”って呼ぶには、面白ぇな」


「こいつには高性能な自律型AIが搭載されててな」


 ジェイクが端末を指で弾くと、HUDが淡く点滅する。


「周囲の環境情報をリアルタイムで解析して、自動で索敵や脅威予測までやってくれるそうだ」


 突如、耳元に響く弾む声——


「ハァーイ、龍之介ちゃん♪」


 同時に、視界にナディアの笑顔がポップアップする。

 彼女の姿はまるで空間に浮かぶホログラムのようだが、視線を動かしても視界の端に追随してくる。


「うわっ!」


 龍之介は反射的に耳に手をやる。


「なんだこれ…!?急にナディアが見えるぞ!?」


「映像通話機能よ。視界内にホログラフィックプロジェクションを直接投影するの」


 ナディアがウィンクを飛ばすと、声は骨伝導で響き、周囲には聞こえない。


「アルカディアの最新通信技術、ってやつね」


「骨伝導…周囲に漏れないってわけか」


 龍之介は視界に残る微かな残像を追いながら呟く。


「それだけじゃない」


 ジェイクが続ける。


「このATD(エーティーディー)はルミナイトベースの量子演算を使っててな、複数のタスクを同時処理できる。視覚情報にARタグを重ねて、ターゲット識別や弾道予測も可能らしい」


「ほんと、チートみたいな代物よ」


 ナディアが小さく笑い、ふっと映像が消えた。


「全部ルミナイト技術の応用だって話だが…」


 ジェイクが端末を軽く撫でながら、ぼそりと漏らす。


「一体、どこまでできるんだろうな」


 その言葉の端に、一瞬だけジェイクの瞳が鋭く光を帯びたように見えた。

 龍之介の胸を、名状しがたい感覚がかすめる。


 ジェイクが、ふと手首の端末に視線を落とす。


「…おっと、そろそろ式典の時間か?」


 口元にニヤリと笑みを浮かべ、どこか誤魔化すような軽さで言う。


「あら、ほんと!」


 ナディアがくるりと踵を返し、瞳を輝かせる。


「行きましょ、龍之介ちゃん♪」


 二人は足早に歩き出し、廊下を進む。


「おい、待てよ!」


 龍之介はわずかな違和感を胸に抱きながらも、その背を追って駆け出した。


 式典の幕は、もう目前に迫っていた。

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