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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
三・暁光
16/48

祝宴の四角、歪む三角

 街へ向かう車内。


「綾ちゃんは、子供たちに好かれてるんだね」


 翔がフロントガラス越しに景色を眺めながら言う。


 綾は少し目を伏せ、柔らかく笑う。


「あの子たち、みんな他の施設から移ってきて……ずっとひとりぼっちだったから」


「綾はあの子たちのお母さんみたいなものよね」


 舞がバックミラー越しに綾を見て言う。


「お母さん……」


 綾がその言葉を静かに繰り返す。表情に、少しだけ思案が混じる。


 山間の道を抜けると、視界が開ける。


 遠くに、巨大な研究施設——LUXが無機質な輪郭を空に刻む。

 その足元には、小さな街並みが広がっていた。

 低層の建物が並び、瓦屋根の家々や、ぽつぽつと立つ商店、煙を上げる小さな食堂の煙突。

 舗装されていない細道には人影が行き交い、生活の匂いが微かに漂っていた。


「……あの辺も、随分人が増えたな」


 龍之介が窓の外を眺める。


「昔は、集落跡地にLUXがあるだけだったものね」


 舞が懐かしさを滲ませる。


「私はあまり街には行ったことないけど……お店もいっぱいあるんでしょ?」


 綾が外の景色に目を細める。


「LUXで働く人たちが周りに住みついて、それに合わせて街も広がっていったんだ」


 翔が淡々と答える。その声は、少しだけ遠い記憶を含んでいた。


「とはいえ、都会と比べたら小さな田舎街だけどね……」


 舞が片手でハンドルを操りながら言う。


「LUX移転の話もあるし、この先どうなるのかしらね」


 車は山道を下り、小さな街の入り口へと近づいていった。


 ***


「さっ、着いたわよ」


 舞が車を停め、軽やかに言う。


 LUX近くの居酒屋——『熊乃家(くまのや)』。

 のれんには太い筆文字でその名が揺れ、店先からはかすかに焼き鳥の香ばしい匂いが漂っていた。


 ここはLUX職員や地域住民の憩いの場。

 龍之介には馴染みの店であり、翔も数度だけ訪れたことがあった。


「私は車を置いてくるから、先に入ってて」


 舞がそう言って車を出すと、


「居酒屋さん……?」


 綾が興味深そうに暖簾を見上げる。


「熊さんとこか!良いねぇ〜」


 龍之介が笑みを浮かべながら暖簾をくぐり、扉を開いた。


 ガラガラッ——扉が引かれると、居酒屋特有のざわめきと、炭火で焼かれる串の香りが外まであふれ出す。


「おっ、龍ちゃん!何人?」


 カウンターの奥から響く、熊のような体格の店主の声。


(なるほど、熊乃家……)


 綾は店主を見て、店名の由来に合点がいった。


「4人!座敷でいい?」


 龍之介が即答する。


「おう!じゃあ、適当に座ってな!」


 店主が大らかに笑い、カウンター越しに手を上げた。


 店内は夕方だというのにすでに賑わいを見せていた。


 小さな店内にはカウンター数席と、いくつかの座敷席がこぢんまりと並んでいる。

 視線を巡らせると、客層は実にさまざまだ。


 ——アルカディアのロゴ入り作業着を着た一団。

 ——スーツ姿で談笑する男女。

 ——タオルを頭に巻いた、農作業帰りと思しき初老の夫婦。


 そのどれもが自然体で、ここを日常の居場所としているようだった。


 小さな空間に混じり合う声と匂い——この店が地域に根付き、愛されている場所であることが、ひと目で伝わってきた。


 店の奥から、忙しそうにグラスを持った女性が現れる。


 割烹着に包まれた柔和な笑顔。

 ふっくらと丸みを帯びた体型は、まさに居酒屋のおかみさんといった風情だった。


「はーい、お待ちどうさん!」


 グラスをカウンターに置きつつ、ふと視線が龍之介たちに向く。


「あら、龍ちゃん!今日はAEGIS(アイギス)のみんなとじゃないの?」


「……あぁ、まあな」


 龍之介が少し照れたように返す。


 その時、おかみさんの目が綾に留まる。


「あら!あらあらあら、この子だあれ?可愛い子連れちゃって!」


「えっと……」


 龍之介は気恥ずかしそうに視線を逸らす。


 綾が少し頬を赤らめつつ、笑顔を見せる。


「初めまして、結代綾といいます。龍ちゃんとは……あの、その……」


 2人の様子を見て、おかみさんの目が愉快そうに細まる。


「ふぅ〜ん……綾ちゃん、礼儀正しくていい子じゃないの!」


 そして、にやりと笑いながら、勢いよく龍之介の背中を叩いた。


「龍ちゃん、こんな可愛い子大事にしなさいよ!」


 そのやり取りを見ていた翔の目が、ふと暗く沈んだ。



 ガラガラッ——扉を開け、舞が入ってくる。


「ふぅ〜、お待たせ!」


 舞が息をつきながら座敷に上がり、翔の隣に腰を下ろす。


「あら、あなたたち、まだ何も頼んでないの?」


「あら舞さんじゃないの!久しぶりねぇ、全然顔を見せてくれないんだから!」


「おかみさん、ごめんね……最近忙しくてさ」


 舞が申し訳なさそうに笑うと、おかみさんは手をひらりと振る。


「冗談よ!じゃ、この子たちは燈の森の……?」


「そうそう、もうみんな卒業生よ」


 舞が穏やかに返すと、おかみさんは納得したように頷く。


「なるほどねぇ……。あ、舞さんはいつものよね?」


 視線を綾と翔に向け、口元をほころばせる。


「綾ちゃんとそっちのイケメンさんはどうする?」


「おかみさん、俺は!?」


 龍之介が割り込むように声を上げると、


「アンタはビールでしょ」


 おかみさんが即答し、一同の笑いを誘った。


「じゃあ、私はオレンジジュース」


 綾がにこりと答える。


「僕はウーロン茶で」


 その声は取り繕うように柔らかい。

 けれど、その奥に何かが沈んでいた。



 各自のグラスが揃い、舞が音頭をとる。


「じゃあ、綾、卒業おめでとう!カンパーイ!」


 カチンッ4人のグラスが心地よい音を立てて重なる。


「っかーー!うめぇ!」


 龍之介がジョッキを置き、満足げに唸る。


「龍ちゃん、おじさんみたい……」


 綾がからかうように笑う。


「いーの!ビールが美味いのに年齢は関係ない!お子ちゃまには分からんだろうな」


 龍之介がニヤリと返す。


「ふんっ!オレンジジュースだって美味しいし!」


 綾が頬をふくらませて言い返す。


「君たちは本当に仲が良いね」


 翔がグラスを傾けながら、わずかに柔らかい口調で言う。


「そうねぇ」


 舞が目を細める。


「あなたたち、初めて会ったときからずっと一緒だものね」


 ふっと、舞の脳裏にあの日の光景がよぎる。荒野となった青波——そこで寄り添う2人の姿。

 そして、それは2人にも同じように蘇っていた。


 舞が空気を変えるように声を弾ませる。


「まっ!そんな2人もすっかり成長してくれて……私はほんっとうに嬉しいわよ!」


「舞先生……」


 綾が目を潤ませ、言葉をそっとこぼす。


 龍之介が、ふと思い出したように翔を見やる。


「そういえば翔、お前今LUXにいるんだよな?何の研究してるんだ?」


 一瞬の間。

 そして、翔が静かに答える。


「僕は今、舞先生の元でルミナセンスの研究をしている」


「私も、たまに手伝ってるよ」


 綾が笑顔を添える。


「あぁ、そうだったな」


 龍之介が頷く。


「そういう君は——」


 翔が視線を向ける。


「AEGIS解体後、ARC(アーク)に編入されるんだって?適合者を用いた防衛部隊……AEGISでの君の活躍も耳にしていたよ」


「あぁ、まぁな……」


 龍之介の視線がわずかに落ちる。


 けれど次の瞬間、顔を上げて言い切った。


「ま、ARCになったところでやる事は変わんねぇさ。守るべきものを守る——それだけだ」


「龍ちゃん……」


 綾がそっと口を開く。


「そういえば、あなた達、来週から一緒に暮らすんでしょ?」


 運ばれてきた料理を受け取りながら、舞が問いかける。


「ちゃんと新生活の準備はしてるの?」


「っ!?」


 ——ガシャンッ

 翔が持っていたグラスを取り落とす。

 ウーロン茶が飛び散り、龍之介の膝を濡らした。


「うわっ!」


「大丈夫、翔くん!?」


 綾がすぐに声を上げる。


「あらっ!」


 おかみさんも慌てて布巾を持って駆け寄る。


 綾がその布巾を受け取り、素早くテーブルと龍之介の膝を拭く。


「準備は……龍ちゃんに任せてるんだけど……」


 舞の視線が、自然と龍之介へと移る。


「あ〜…………まぁ、部屋と布団はある!」


 龍之介が照れ臭そうに言い訳がましく答える。


「はぁ……」


 綾があきれたようにため息をつく。


 舞も呆れた視線を龍之介に送る。


 その横で——翔は、感情の抜けた瞳で、ただ虚空を見つめていた。

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