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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
三・暁光
15/48

移ろい、暖かな灯

 ——ルミナセンス適性検査の確立は、世界の転換点だった。


 2012年、青波原発事故。

 壊滅的な被害を受けたこの地は、政府とアルカディアの管理下で封鎖された。

 だが、その直後から異変が起こった。


 事故に巻き込まれた一部の者たちが、「異能」とも呼べる変化を起こし始めたのだ。

 その代表例が、羽瀬龍之介と結代綾。


 事故後、アルカディアはこの現象を調査し、ひとつの仮説を立てた。

「ルミナイトは、人間に未知の変異を引き起こす可能性がある」


 この研究は、2015年に大きな進展を迎える。

 アルカディアの開発部門が、ルミナイトと生体適応の関係性を正式に認めたのだ。

 そして——

 

『ルミナセンス適性検査』が確立された。


 これにより、ルミナイトと共鳴する能力を持つ者=適合者 が明確に定義されることになった。


 2016年。

 適性検査の実施が進み、適合者のデータが蓄積される。

 その結果、ルミナセンスの発現には『幼少期のルミナイト曝露』が不可欠であることが判明した。


 しかし、この研究が示したものはそれだけではなかった。

「適合者は、鍛錬次第で能力を制御・強化できる可能性がある」


 それはつまり——『適合者は、人類の新たな力になり得る』ということだった。


 アルカディアはここでひとつの決断を下す。

 適合者育成プロジェクトの始動。


 その拠点となったのが、「燈の森」だった。


 2017年。

 龍之介と翔、綾を含め、多くの適合者たちは燈の森で学び、訓練を受けた。

 だが、この時点では「育成」のみが目的であり、軍事的な利用は想定されていなかった。

 あくまで、適合者が社会に適応し、その能力を活かせる環境を作るため——


 2018年。

 世界情勢が変化する中で、アルカディアは適合者の戦力化を視野に入れ始めた。


「適合者の力は、世界を守るために必要ではないのか?」


 そうした意見がアルカディア内部で強まり、ついに適合者による防衛組織の構想が生まれる。

 この年、適合者の試験運用部隊として、『AEGIS(アイギス)』が発足。

 龍之介はAEGISに参加し、適合者としての訓練と実戦配備を経験することになった。


 同時に、伏見翔はLUXの研究部門に所属し、ルミナセンス技術の解析を続ける道を選ぶ。

 適合者として前線に立つ龍之介と、研究の道を進む翔——

 この時の選択が、彼らの未来を大きく変えていった。



 -そして2020年——現在-



 燈の森の春。桜の花弁が風に溶け、空を淡く染め上げていた。

 ほのかに香る花の匂いと、頬を撫でる優しい風——どこか遠い記憶をくすぐる感触だった。


 靴底が芝を踏む音が、静寂を割る。龍之介は目を細め、懐かしさと微かな違和感を抱きながら視線を上げる。


 「……随分、変わったな」


 カーキのブルゾンに黒いジーンズ——若者らしいシンプルな装い。

 無造作な黒髪が春の光を受けて揺れている。


 その瞳には、懐かしさとわずかな感慨が滲んでいた。

 肌を撫でる風に、遠い日の記憶が混じる。

 木々の葉擦れ、どこか懐かしい土の匂い——目に映る景色は新しくても、胸の奥をくすぐる空気は変わらない。

 植栽は手入れされ、舗道は新しくなっている。

 それでも、胸の奥に沁みついた匂いや空気はあの頃のままだった。


「龍ちゃーん!」


 声が春を切り裂く。

 視線の先——駆けてくる綾の姿があった。


 白いワンピースが風に舞い、薄手のシフォンカーディガンが春光をふんわりと透かす。

 普段は胸下まで降ろしているダークブラウンの髪は後ろで緩くまとめられ、春の陽を受けて柔らかく光を抱いていた。

 耳元の小さなパールピアスの下で、銀の鈴のペンダントがかすかに揺れる。

 

「綾——やっと卒業か」


「うん」


 綾の目が細く綻ぶ。

 胸の奥に染みついた時間が、たった一言に溶け込んでいた。


「ここに来て……もう8年か。早かったような、長かったような——」


 桜が舞う。

 その隙間から覗く空は、あの日見た未来のどこかで、少しだけ青が深かった。


「……卒業、おめでとう」


 春の空に、穏やかな声が溶けた。翔が現れる。


 ダークブラウンの短髪はさらりと流れ、端正な顔立ちに控えめながら大人びた空気を纏う。

 黒のクルーネックニットとダークグレーのスラックスは落ち着きを感じさせた。


 綾の瞳が柔らかく揺れる。


「……翔くん、来てくれたんだ」


 翔は一瞬言葉を探し、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「当然だろ。3人で会うのは……2年ぶりか」


 言葉の隙間に、時間の重みと距離感が滲む。

 それでも、翔の瞳はまっすぐ綾を映していた。


「あら、揃ってるわね」


 春の風に乗り、柔らかな声が届く。

 舞が歩み寄る。


 黒髪ロングは後ろでざっくりとまとめられ、春光にさらりときらめく。

 端整な顔立ちにはわずかな疲れが影を落とし、目の下には薄いクマが滲んでいた。

 黒のタートルネックにスリムなデニム。

 白衣の胸ポケットには眼鏡が無造作に差し込まれている。


「綾、卒業おめでとう」


 舞は微笑む。親しみ深い表情に、どこか姉のような温かさが滲む。


「舞先生……久しぶりだな」


 龍之介が声をかける。


 舞は目を細め、かすかに口元を綻ばせる。


「そうね、一年ぶりぐらいかしら?」


 春風が四人の間を吹き抜けた。

 懐かしさを運ぶようであり、同時に新たな幕開けを予感させる風だった。


 ***

 

 卒業式の余韻が、遠ざかる足音とともに淡く広がり、別れを惜しむ声がほのかに漏れていた。


 体育館を見渡しながら、龍之介が口を開く。


「俺らがガキの頃はここ……食堂だったよな」


 翔がわずかに目を細め、懐かしむように口を開く。


「そうだね。君と初めて会ったのもここだ」


 綾が唇に笑みを浮かべ、視線を二人に向ける。


「翔くんはお行儀良かったけど、龍ちゃんはガサツだったねぇ……あ、それは今も変わってないか」


「うるせっ!」


 龍之介が軽く言い返す。


 そのやり取りを眺める翔の顔に、一瞬だけ陰りが過る

 しかし、唇はさらりと笑みを描き、その感情をごまかすように緩んでいた。


 3人は体育館を出て、廊下を歩く。


「お、ここ……俺らの部屋じゃん」


 龍之介の視線が、見慣れた扉をとらえる。


 翔がわずかに口角を上げる。


「寮ができるまでは、ここで寝泊まりしてたね」


 龍之介が室内を覗き込み、わずかに息をつく。


「すっかり物置だな……」


 綾が柔らかく視線を巡らせ、声を落とす。


「私たちの頃と比べたら、入所者も減ったし、使わない教室も増えたからね……」


 古びた教室は、かつての息吹を失くしながらも、記憶の断片を静かに抱いていた。


 龍之介がふと思い出したように口を開く。


「そういえば、舞先生が卒業式が終わったら飯でもって言ってたな」


 綾が微笑んで頷く。


「そうだね、舞先生のところに行ってみようか」


 二人は並んで廊下を進み、階段を降りていく。


 翔も続こうと階段に足をかけるが、ふと足を止める。


 屋上へと続く階段。そこに目が留まり、心の奥にざらりとした感触が走る。


 脳裏に一瞬、あの事故の記憶がよぎった。目の奥が重くなる。


 翔の表情がわずかに曇る。だが、その感情を振り払うように小さく首を振り、息を整えて階段を降りる。


 その足取りは、どこか静かに重たかった。


 ***


 校庭の端に建つ療養棟。

 今はルミナセンスの研究施設としても使われている。


 綾が扉の前に立ち、手をかざす。

 電子ゲートが低い駆動音を立てて開いた。


 中は変わらない——白いタイル、無機質な壁、規則的に並ぶ機械の数々。

 だが、壁には数枚の額縁が飾られていた。


 子供が描いたらしい絵。

 色とりどりのクレヨンで描かれた子供たち、そして綾や舞の姿。


 龍之介の視線がふとそれを捉える。


 (綾が飾ったのか……)


 綾は迷うことなく廊下を進む。

 慣れた足取りで舞の部屋へ。


「舞先生ー」


 ノックもせずにドアを開ける。


 中は——相変わらずの光景。

 いや、以前より散らかっていた。


 奥のモニターに向かう舞の姿。


「——あら、綾。学校とのお別れは済んだの?」


 綾が軽く肩をすくめる。


「うーん、まぁ……寮を出るのは来週だし」


 舞が笑い、手を止めることなく答える。


「それもそうね。ちょっと待ってね。これが終わったら外に出ましょ」


 龍之介は室内を見渡す。


 積み上がる資料や専門書、無造作に置かれたルミナイトの結晶標本。

 どれも、研究に没頭する舞を物語っていた。


(相変わらず……ごちゃごちゃした部屋だな。)


「よし!終わり!」


 舞がパソコンの電源を切り、軽快に立ち上がる。


「この辺は何もないし、街に降りましょうか」


 荷物をまとめながら、軽やかに言う。


「なんでも良いよ、腹減った」


 龍之介が素直にぼやくと


「もう、龍ちゃんたら……」


 綾が呆れたように笑う。


 そのやり取りを見て、舞と翔がふっと笑みをこぼした。


 建物を出て、舞の車に向かう4人。


「綾ねえちゃーん!」


 元気な声が響く。

 振り向けば、年齢のばらばらな子供たちが駆け寄ってきた。


「せーのっ——」『卒業おめでとう!』


 声を揃え、一番背の高い女の子が何かを差し出す。


 それは子供たちが描いた絵と寄せ書きだった。


「みんな……ありがとう……」


 綾は少し声を震わせながら、そっと受け取る。


「卒業しても私たちのこと忘れないでね!」「たまには戻ってきてよ?」


 子供たちが口々に声をかける。


「うん、うん……忘れないし、遊びに来るよ」


 綾は優しく微笑み、瞳の奥に温かさを滲ませる。


 その様子を、舞、翔、龍之介の3人が静かに見守っていた。

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