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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
ニ・黎明
14/48

燈る灯り、落ちる影

 夕暮れの燈の森。

 空は茜色に染まり、森の隙間から差し込む光が、地面に長い影を落としていた。


 翔が去った後、龍之介と綾は並んで歩いていた。

 だが、どこかぎこちない沈黙が続いていた。

 いつもなら他愛ない話をしている時間なのに、今日は違う。

 翔とのすれ違い、舞の言葉、そして——自分たちに宿る“力”。

 それらが、龍之介の胸の中で絡まり、思考を深いところへと沈めていた。


 ——ルミナセンス。

 舞はそう呼んだ。

 未来を変える力、未来を導く力。


 それで、何ができるんだろう?


 ふと父の言葉が頭に浮かぶ。


『強さってのは腕っぷしじゃない。誰かのために立ち上がれることだ』


 今まで、この言葉にどれだけ背中を押されてきたことだろう。

 思い出すたびに胸が熱くなる、あの言葉。


「そっか」


 呟くように、龍之介は一言。

 空を見上げる。


「悩むことなんて、ないんだよな…」


 少しだけ、隣にいる綾に目を向け、続けた。


「俺は…俺が守りたいって思った奴のために、この力を使う」

「世界とか、人類の未来とかは分かんないけど…」


「目の前で困ってる奴がいたら、助ける。守る。それが、父ちゃんが言いたかった事だと思う」


 その言葉が、胸に突き刺さるように響いた。

 龍之介は拳をぎゅっと握りしめ、力強く空を見上げた。


 綾はその姿を、じっと見つめ少し微笑んだ。


 ***


 部屋の窓から、沈みゆく太陽に照らされた西の空が見える。

 赤く染まった雲が、まるで燃えるように広がり、燈の森全体が柔らかな橙色に包まれていく。


 胸元の鈴をそっと握りしめる。

 その冷たさが、心の奥で何かを押し上げるように感じられた。


「……龍ちゃん、決めたんだね」


 静かに、ぽつりと呟く。


 ——ルミナセンス。

 龍ちゃんはその力を「守るために使う」と言った。

 迷いながらも、前を向いて進むんだろう。


 ——でも、私は?

 私は、この力で何をすればいいんだろう。


 昨日の事故で、翔くんの未来を見た。

 でも、何もできなかった。

 それどころか、龍ちゃんの力が未来を変えた。


「……この力は、本当に“良いもの”なのかな」

そう呟くと、胸の奥がわずかに痛む。


 舞さんは、ルミナセンスが「世界を変える力」だと言った。

 でも、その「変える」という言葉が、どうしても怖い。


 もし、未来を変えることが誰かの不幸を生むのだとしたら?

 もし、私が見た未来が“変えてはいけないもの”だったら?


 ——わからない。


 だから、私は知りたい。

 この力が本当は何なのか、この力が「良いもの」なのか。

 未来を見られる意味を、

 そして、この力の本当の意味を——。

 

「……私は、この力をもっと知りたい」


  その言葉が、静かに胸を満たす。


 胸元の鈴をそっと鳴らす。

 チリン——。

 澄んだ音が、静かな夕暮れの空気に溶けていった。


 ——これから、私は自分の未来を選ぶために、この力と向き合っていくんだ。


 ***

 

 図書室の奥、誰もいない静かな空間。

 木製の机に肘をつき、翔は開いた本を見つめていた。


 ——だが、文字は何一つ頭に入ってこない。


 指先が無意識にペンダントを弄る。

 ポケットの中から取り出したルミナイトが、小さな光を帯びていた。

 それを眺めているうちに——

 過去の記憶が、鮮やかに蘇る。


 研究室の一角に飾られたバースデーケーキ。

 普段は無機質な白い空間が、この日だけは温かい色に染まる。

 カラフルな風船が浮かび、テーブルには翔の好きな料理が並べられていた。


「翔、誕生日おめでとう」


 母が優しく微笑む。

 父も、忙しそうな手を止めて席に着いていた。


「8歳か……大きくなったな」


 翔は嬉しさに頬を緩ませる。


 ——誕生日だけは、特別だった。

 いつもは研究に追われ、ろくに話す時間もない両親。

 けれど、この日だけは違う。


 両親は、自分の成長を喜んでくれる。

 自分のために時間を割いてくれる。


「ほら、プレゼントよ」


 母が手渡した小さな箱。

 開けると、中には光る鉱石が埋め込まれたペンダントがあった。


「これは……」


「ルミナイトよ。お前のために特別に作ったの」


「これは私達が見つけた特別な石なんだよ」


 父の声が誇らしげに響く。


「お前は特別なんだ、翔」


「きっと、素晴らしい人間になるわ」


 その言葉が、翔の心を満たした。


 特別。

 僕は、特別なんだ。


 だから、この日が大好きだった。

 このペンダントも、大切なものだった。


 ——だった。


 翔はペンダントを強く握りしめる。


 でも、本当に僕は特別だったのか?


 龍之介のあの力は特別だ。


 僕にはそんな特別は無い。

 父と母が繰り返し言ってくれていた「特別」という言葉が、ただの幻想だったと気づいた。


「……なんで、僕じゃなかったんだろう」


 胸の奥が、軋むように痛む。


「……本当に、何もないの?」


 もし、このルミナイトに何かがあるのなら。

 もし、自分も”選ばれる”ことができるのなら。


 ——僕も、何者かになれるのか?


 ペンダントを握る指に、力が込められる。


「……僕だって——」


 爪が食い込むほどに握りしめ、ゆっくりとポケットにしまった。


 外を見ると、夕陽が沈みかけていた。

 橙色の光が、ゆっくりと闇へと溶けていく。


 まるで、何かが取り返しのつかないところへ沈んでいくように——。



 それぞれの決意、そして選択——

 彼らの運命は響き合い、重なり、やがて残響を残す。

 積み重なるその残響は、どんな未来を描くのか——。


 その音は静かに広がり、三人の心の中に深く刻まれる。

 過去と今が交錯し、未来へと続く道を作り出すその瞬間——

 何かが動き出すのだと、彼らは感じ取っていた。


二・黎明・完

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