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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
ニ・黎明
13/48

ルミナセンス

 療養棟の一角、舞の部屋。

 相変わらず雑然とした空間。机の上には、書類やファイルが積み重なり、その間にいくつかのルミナイトの欠片が転がっていた。


 舞は古びた木製の椅子に腰掛け、龍之介と綾をじっと見つめる。


「無茶したわね……でも無事でよかった」


 声は優しげだったが、その瞳には鋭い光が宿っていた。

 ただの心配ではない。何かを 確かめようとしている視線 。


 龍之介は腕を組み、視線を落とす。

 綾は不安げに唇を結び、舞の言葉を待った。


「——事故の時、何があったのか詳しく教えてくれる?」


 舞の問いに、二人は一瞬視線を交わした。


「……俺は屋上にいた翔を助けようとした。落ちる寸前で掴んで、壁を蹴って——」


 龍之介は言葉に詰まる。

 あの時、理屈を超えた力が自分の身体を駆け抜けた感覚——。


「普通じゃありえないくらいの力が出た。あの高さから飛んで、無事だったのも……」


「綾ちゃんは?」


 舞の視線が綾に向かう。


「私……事故の直前に、翔くんが落ちる未来が見えたの」


 綾の声は小さく、震えていた。


「……でも、龍ちゃんが助けようとした未来では、翔くんは助からなかった」


 龍之介がはっと顔を上げる。


「おい、それ……どういう意味だよ?」


 綾は迷いながらも、続ける。


「わからない……。でも、私が視た未来では、どの可能性も二人とも助からなかったのに、それを龍ちゃんが変えたの」


 静寂が落ちる。

 舞は、息を潜めて2人を見つめ——そして、静かに目を閉じた。


「——やっぱりね」


 言葉に、確信の色が滲む。


 舞は机に転がっていた小さな ルミナイトの欠片 を拾い上げ、掌に載せた。

 淡い藍碧色の光が、部屋の薄闇を優しく照らす。


「あなた達には——特別な力がある」


 龍之介と綾は、その光を凝視した。


「そして恐らく、その力には ルミナイト が深く関係している」


「……ルミナイト……」


 龍之介が、呟くようにその名を反復する。


「その力——そうね」

「『ルミナセンス』とでも呼びましょうか」


「ルミナセンス……?」


 綾が小さく声を漏らす。


「私達があなた達を見つけた日、何かが変わった。そして、それが“覚醒”したのが、昨日の事故の瞬間——」


 舞はルミナイトを机に戻し、ふたりを真っ直ぐ見据えた。


「どうやら、ルミナセンスには個性がある ようね」


「個性……?」


 綾が眉をひそめる。


「ええ。たとえば——」

「綾ちゃんの『未来視』、龍之介くんの『身体強化』」


 その言葉に、龍之介の眉がピクリと動く。


「あなた達は、ルミナイトに触れたことで、それぞれ異なる形の力を目覚めさせたのよ」


「……じゃあ、俺たちは……」


 龍之介は、低い声で呟く。


「何がこの“個性”を決めるのかは、私にもわからない」


 舞は、小さく息をつきながら、言葉を続ける。


「でも、はっきりしていることが、ひとつだけあるの」


 舞の視線が、真っ直ぐに二人を射抜いた。


「——あなた達の力は、世界を変える」


 空気が、重く張り詰める。


「世界を……?」


 龍之介が低く問い返す。


「変える……?」


 綾も、同じように困惑を滲ませる。


 舞は、ゆっくりと立ち上がり、二人の目を真っ直ぐに見据えた。


「この力については、まだ分からないことが多い」

「でも、確実に言えるのは——これは偶然じゃないってこと」


 舞の言葉が、鋭く響く。


 そして——


「率直に言うわね」


 少しだけ間を置き、舞は真剣な表情のまま、静かに告げた。


「私たちに、協力してほしい」


 言葉が落ちる。


「もちろん、無理にとは言わないわ」


 舞は二人を交互に見つめながら、ゆっくりと続ける。


「この力を、どう使うか……決めるのはあなたたち自身」


 柔らかく、しかし確かに重みのある声。


「返事はすぐにじゃなくていい。考えてみて」


 舞の言葉が、部屋の空気にゆっくりと溶けていった。


 ***


 療養棟を出て、二人は並んで歩いていた。

 夕方の柔らかな陽光が、森の木々の隙間から差し込み、二人の影を長く地面に伸ばしていた。

 涼やかな秋の風が葉を揺らし、どこか寂しげな音を立てて吹き抜ける。


「力……か……」


 龍之介は、舞の言葉を反芻するように呟いた。

 特別な力。世界を変えうる力。

 そう言われたけれど、胸の奥にあるのは手触りのない戸惑いばかりだった。


 —— 「お前は、もっと強くなれ」


 ふと、父の言葉が浮かぶ。

 その言葉の意味を、今なら少しは理解できるのかもしれない。


「……ちょっと、怖いね」


 隣で綾が、ぽつりと声を漏らした。

 伏せた瞳が、何かを押し殺すように揺れている。


「でも、舞先生はこれは“良い力”だって言ってたぜ?」


 龍之介は努めて気楽な調子で言うが、綾の表情は晴れない。


 頭をよぎるのは、あの悪夢。

 —— 暗闇の中、龍之介の姿が遠くに消えていく。

 届かない声。伸ばした手が、掴むものなく空を切る感触。

 胸の奥が、冷たいものに締めつけられるような不安があった。


「……うん」


 綾は小さく頷いたが、その声はか細く、頼りなかった。


 その様子を見て、龍之介は少しだけ眉を下げた。

 そして、迷いのない笑顔を浮かべる。


「心配すんなって!綾に何かあっても、俺がこの力で守ってやる!」


 真っ直ぐな言葉だった。

 怖さも迷いも吹き飛ばすような、その不器用なまでのまっすぐさが、どこかくすぐったくて。


「……龍ちゃんは、本当にそういうところ、変わらないよね」


 ふっと、綾の口元がほころぶ。

 重かった胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。


「ん? なんか言ったか?」


「ううん、何でもない!」


 風が吹き抜ける。

 綾の長い髪がふわりと舞い、夕陽の光をかすかに反射した。


 そのとき、綾がふと前を見て声を上げる。


「あ、見て翔くんだよ!」


 少し先の通路を翔が歩いていた。

 手には本を持ち、ページをなぞりながら歩いている。

 その横顔は、どこか沈んで見えた。


「おーい!翔くーん!」


 綾が手を振ると、翔は一瞬立ち止まり、こちらを振り返った。

 一瞬だけ驚いたような顔を見せ、それからすぐに表情を整えて、わずかに笑みを浮かべる。


「やぁ、君たち」


 その声はいつもの翔だった。

 だけど、その視線の奥が、ほんの一瞬だけ揺れた気がした。


「舞先生のところに行ってたの?」


 龍之介の問いに、翔の表情がわずかに硬くなる。


「……あぁ」


 言葉は短い。

 それだけなのに、薄い膜のような距離が生まれた気がした。


「昨日の……こと?」


 その問いは、静かだった。

 けれど、その声音には何かを探るような響きが滲んでいた。


 龍之介は、わずかに目を伏せて答える。


「……あぁ」


 重たい沈黙が流れる。


 綾は、目の前の空気に違和感を覚えた。

 昨日まで、翔はもっと自然に話していたはずなのに。

 今の翔は、どこか龍之介を避けているように見えた。


 綾が何か言おうとした——

 その瞬間、翔がふっと笑みを浮かべた。


「あ、僕、図書室に行くところだったんだ」


 軽い口調。

 けれど、その言葉はあまりにも唐突で、不自然だった。


「じゃあ、二人とも——またね」


 それだけを残して、翔は足早に立ち去る。

 まるで何かから逃れるように、夕陽の影の中に溶けていった。


 残されたのは、二人と沈黙だけだった。


「ねぇ、龍ちゃん」


 綾がぽつりと問いかける。


「翔くんと、何かあったの?」


 龍之介は、翔の背中を見送ったまま、少しの間口を閉ざした。

 やがて、低く、ぼそりと呟く。


「さぁな……昨日のあの後から、なんかあいつ、変なんだよ」


 夕焼けの中に、二人の影だけが、長く伸びていた。


 ***

 

 燈の森の校舎へ続く通路。

 夕陽が森の隙間から差し込み、橙色の光が二つの影を長く伸ばしていた。


 翔は歩きながら、ふと背後を振り返った。


 ——龍之介と綾。


 二人は並んで立ち、まだこちらを見送っていた。

 遠目にも、綾の表情がどこか寂しげに見えた。


「……気づかれた、か」


 小さな呟きとともに、唇の端がわずかに歪む。

 わかっていた。

 あのまま一緒にいたら、どこかで隠していた感情が滲んでしまう。

 だから無理にでも「いつも通り」を装った。

 けれど——あの目。綾にはきっと、全部見透かされていた。


 校舎に入り、静かな廊下を歩く。

 放課後の校舎はひんやりとして、足音だけが響いていた。


 ——だというのに。


 胸の奥だけが、熱い。


 ふと、翔の足が止まった。

 窓ガラスに映る、自分の姿が目に入る。


 夕陽が差し込むガラスの中——そこには、微かに歪んだ表情が映っていた。


「……僕は、一体……」


 無意識に、首元へ手を伸ばす。

しかし、その指先は虚しく空を掴んだ。


「……あぁ」


 翔は、ポケットから銀の鎖を取り出す。

吊るされたルミナイトのペンダントが、夕陽を浴びて冷たい光を返した。


 両親の形見であり、唯一の誇りだったはずのもの。

 けれど今——その重みが、どこか苦しかった。


 昨日、屋上で目にした龍之介の姿。

 常識を超えたあの力。

 そして、綾の瞳に映ったのは——龍之介だった。


 どうして、僕じゃなかったんだろう。


 その問いが、頭の奥で繰り返す。

 答えは出ない。

 だからこそ、その無音の問いが、心を蝕むようだった。


 ——僕は、何を持っている?

 ——僕は、何を示せる?


「何も……ない、のか?」


 思わず、ペンダントを握りしめる。

 金属が手のひらに食い込み、冷たさが痛みに変わる。


 それでも——

 その痛みだけが、今は唯一、自分を繋ぎ止めている気がした。


 やがて、静かにポケットへとペンダントを戻す。

 金属が沈んで消えるとともに、胸の熱も深く押し込めた。


「……何でもない」


 それは、誰に向けた言葉でもなかった。

 ただ、今にも崩れそうな自分自身に向けた、かすかな呟きだった。

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