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LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
ニ・黎明
12/48

藍碧に染まる瞳

 —— 轟音が、校内を揺るがした。


 爆発の衝撃が校舎全体を震わせ、ガラス窓が音を立てて揺れる。

 直後、校庭へと続く扉が一斉に開き、子供たちが飛び出してきた。


「な、なに!?」「何が起きたの!?」


 叫びながら、恐怖に駆られた生徒たちが校庭へと駆け出す。

 混乱の波に呑まれながら、教師や職員、白衣を纏った研究者たちも次々と外に出てきた。


「リアクターはどうなっている!?」「レシーバーの状態を確認しろ!」


 怒号が飛び交う。

 その混乱の中——龍之介と綾も校庭へと駆けつけた。


「見て、龍ちゃん!」


 綾の震える声が、龍之介の足を止めた。

 視線を追う。


 屋上の端。—— 翔がいた。


 屋上の端に、指先をかろうじて引っ掛けている。

 腕にかかる重みを支えきれず、今にも滑り落ちそうだった。


「くっ……なんで!」


 龍之介の拳が強く握られる。

 あの場にいるのが翔だと理解した瞬間、心臓が痛むほどに高鳴った。


 心配そうな綾が、首元の鈴に手を掛ける。


 —— その瞬間。


 視界がぐらりと揺れた。

 色彩がぼやけ、音が遠のいていく。

 まるで、水の中に沈んでいくような静寂。


 息が浅くなる。

 全身が冷たくなっていく。


 —— 意識が、沈む……


 翔が落ちる。

 龍之介が駆け寄る。

 手を伸ばし、掴もうとする。

 —— 間に合わない。

 —— 龍之介も一緒に、落ちる。


「ダメ……!!」


 —— 強い衝撃が意識を引き戻す。

 現実の音が一気に押し寄せ、耳鳴りが響く。

 心臓が早鐘のように鳴り、全身が震える。


「っ……!」


 息が乱れ、視界が戻る。


 目の前にいた龍之介が、校舎に向かって走り出す。


 —— このままじゃ、龍ちゃんまで……!


「龍ちゃん待って!行っちゃダメ!!」


 声が震える。

 今ならまだ間に合う。

 翔を助けようとすれば、龍之介も死ぬ。


 一瞬、足が止まる。


「翔が危ないんだ!! 見てるだけなんてできるわけねぇだろ!!」


 龍之介は迷いなく駆け出した。


「龍ちゃん……っ!」


 綾の足から力が抜ける。

 膝が震え、その場に崩れ落ちた。


 校舎に飛び込んだ龍之介は、真っ直ぐに屋上を目指す。


「間に合ってくれっ……!」


 爆発音と混乱に包まれる校舎を駆け抜け、階段を駆け上がる。

 足音が階段に響き渡り、急なカーブを曲がるたびに肩が壁にぶつかる。


 だが、そんなことは気にしていられない。


 屋上へと続く扉が見えた。あと少し——!


 龍之介は力任せに扉を押し開ける。

 生ぬるい風が吹き込み、焼けた金属とオイルの焦げる匂いが鼻をつく。


 視線を走らせる。


 ——いたっ!


 翔の腕が小刻みに震え、身体が徐々に沈み込んでいく。

 片腕が屋上の端から外れかける。


「翔!!」


 龍之介の叫び声が届く。

 しかし、翔は震えながら首を振った。


「っ……無理だ……」


 指が滑る。

 握力が限界に近づき、少しずつ縁から手が離れていく。


「待ってろ!今——」


 龍之介が駆け寄ろうとした瞬間——


 翔の手が、滑った。


 ——落ちる。


 龍之介の視界がスローモーションのように歪む。

 瞳に藍碧色の光が宿る。


 翔の身体が、ゆっくりと空中へと投げ出される。


「龍ちゃん、ダメ!!」


 遠くから、綾の叫び声が聞こえた。


「うおおぉぉぉ!!!」


 龍之介は迷わず飛び出した。


 翔の腕を、掴む。


 同時に、自分の身体も屋上の縁を越える。


 次の瞬間、龍之介の全身が灼けるように熱を帯びた。

 筋肉が膨れ上がり、全身に力がみなぎる。


「……ッ!!」


 足が勝手に動く。

 壁を蹴る。空中で反転する。


 翔を抱えたまま、龍之介は校舎の外壁を蹴りつけるようにして、驚異的な跳躍を見せた。


 2人の落下は角度を変え、校舎脇の森へと向かっていった。


「っ……!!」


 強引に翔の身体を抱き込み、枝葉を薙ぎ払いながら、森の中へと突っ込む。

 背中に激しい衝撃が走る。

 身体が地面を転がり、泥と葉が舞い上がる。


 どこかで、枝がへし折れる音がした。


 しばらく、ただ息を切らす音だけが響いた。


「……え?」


 翔が、呆然とした表情で龍之介を見つめる。


 綾は、震える声で呟いた。


「……変わった……?」


 ***


 ——森の中に、荒い息遣いが響く。


 全身が痛む。

 肺が焼けるように熱く、喉がカラカラに渇いていた。


 地面には湿った土が広がり、枝葉が散らばっている。

 木漏れ日が葉の隙間から差し込み、ちらちらと揺れていた。


「助かったのか……?」


 翔が呆然とした声を漏らす。

 屋上から見下ろした景色を思い出し、身を震わせた。

 あの高さから落ちたのに、こうして無事でいることが信じられなかった。


 龍之介はゆっくりと上体を起こし、額の汗を拭った。

 呼吸を整えながら、隣で呆然としている翔を見やる。


「お前、何やってんだよ……」


 呆れたように言いながら、軽く肩をすくめた。


「屋上で黄昏れてる場合かよ……」


 翔はまだ息が乱れていた。

 しばらく黙った後、ゆっくりと龍之介を見つめる。


「僕、落ちて……龍之介、何でそんな動きが……?」


 混乱したような声。

 目の前の出来事が理解できていない様子だった。


「あんな……どうやったんだ……?」


 龍之介は短く息を吐いた。


「知らねぇよ……勝手に身体が動いた」

「考えてる暇なんてなかった。ただ、気づいたら、お前の腕を掴んでた」


 翔はじっと龍之介の顔を見つめる。

 何か言おうと口を開きかけた——


 その瞬間、綾の声が森に響いた。


「龍ちゃん!返事して!!」


 足音が近づいてくる。

 木々の間から、息を切らした綾が駆け込んできた。

 転びそうになりながらも、必死に走ってくる。


「龍ちゃん!翔くん!!」


 2人の無事を確認し、綾は瞳を潤ませた。

 そのまま、龍之介へと飛び込む。


「よかった……本当によかった……!!」


 力いっぱい抱きしめられ、龍之介は一瞬たじろいだ。


「わっ……!?」


 綾の体が小さく震えているのがわかる。

 しがみつくように抱きついてくる腕の力は、思っていたよりも強かった。


「バカ、お前まで走ってくんなよ……」


 小さくため息をつきながら、龍之介はそっと綾の背中を叩いた。


 翔はそんな二人を見つめたまま、一瞬何かを言いかけたが——

 結局、何も言わずに目を逸らした。


 その目の奥に、一瞬だけ複雑な色が混じる。

 安堵、羨望、そして、言葉にできない小さな棘のような感情——。


 龍之介の“力”を目の当たりにした驚き。

 そして、綾のあの表情が、自分に向けられたものでないことへのかすかな痛み。


 ほんの一瞬。

 それは苦笑とも、悔しさともつかない、曖昧な息だった。


 ——そのとき。


「おい! 大丈夫か!」


 校舎の方から、複数の足音が響いた。

 木々の間から、アルカディアの制服を纏った職員たちが姿を現す。


 龍之介は、安堵のため息を漏らしながら翔の方へ視線を向けた。

 だが、翔はその視線を避けるように、ただ俯いていた。

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