表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LUMINESCENCE:PHANTOM ECHO  作者: ハナサワリキ
ニ・黎明
10/48

或る夏の日

 燈の森での日々は、静かに流れていった。


 授業を受け、食堂で食事をとり、翔と共に施設内を歩く。

 少しずつ、龍之介はこの場所に馴染み始めていた。


 けれど、頭の片隅には、常に綾のことがあった。


(綾……)


 療養棟の前を通るたびに、思う。

 あの扉の向こうで、今も眠り続けているのだろうか、と。


 ***


 その日、授業中に舞が教室の入り口に現れた。


「羽瀬くん、ちょっといい?」


 龍之介はすぐに立ち上がる。

 教室を出ると、舞が静かに言った。


「龍之介くん、綾ちゃんが目を覚ましたわ」


 療養棟の室内は、ひんやりとしていた。


 白いカーテンが揺れる。

 ベッドの上には──綾。


 ゆっくりと、彼女のまぶたが開く。


 ぼんやりとした瞳が、室内の光を捉え、焦点を探すように揺れた。


「……綾……」


 龍之介は、言葉にならない声を漏らしながら、ベッドのそばへと歩み寄る。


 その時、ふと気づく。


 綾の細い指が、何かを握りしめていた。


 ──銀の鈴。


 かすかに、揺れる音が鳴った。

 それは、龍之介が託した大切なものだった。


 綾はまだ完全に覚醒しているわけではない。

 意識の境界が曖昧なまま、微かに瞬きを繰り返していた。


 龍之介はそっと、その手を握る。


 冷たくても、確かな体温があった。

 そして、その中に──あの鈴の硬い感触を感じた。


「……良かった……本当に……」


 握った手は、まだ少し冷たかった。

 けれど、微かに、その指が龍之介の手を返すように動いた。


 綾は、ぼんやりと龍之介を見つめる。

 そして──微かに唇を開いた。


「……龍ちゃん?」


 その声に、龍之介の喉が詰まる。


 綾の手の中の鈴が、かすかに鳴った。


 チリン──


 少しだけ、綾の指が動く。


 龍之介は、もう一度、そっとその手を握りしめる。


「次は絶対に守る。俺が」


 彼の言葉を聞いて、綾はゆっくりと微笑んだ。


「……うん……」


 細い声で、そう呟いた。

 指の隙間から、銀の鈴がかすかに覗いていた。


 手のひらから伝わる、確かな温もりと、あの鈴の冷たい感触。


 龍之介は、その感触を確かめるように、もう一度強く手を握った。


 ──数日後。


 綾が療養棟から出ると聞き、龍之介は迎えに向かった。


 扉が開くと、そこには綾がいた。


「……外だ」


 綾はゆっくりと歩き出し、眩しそうに空を仰ぐ。


「久しぶりに太陽を見た気がする……」


「大丈夫か?」


 龍之介が声をかけると、綾はふっと微笑んだ。


「うん。でも、ちょっと歩き慣れてないかも」


「なら、ゆっくり行くぞ」


 そう言って、龍之介は校舎へと案内し始めた。


 燈の森の敷地を歩きながら、龍之介は綾に校舎を案内する。


「ここが食堂。朝昼晩、ここで飯を食う」


「へぇ……広いね」


「そっちは教室。授業は低学年と高学年、中学生の3グループに分かれてる」


「授業……私も受けるの?」


「当たり前だろ。燈の森は孤児院だけど、学校でもあるんだ」


 綾は「ふーん」と小さく呟きながら、辺りを見回す。


「龍ちゃん、結構馴染んでるね」


「……そうでもねぇよ」


 そんな会話をしながら校舎の裏手に差しかかったとき──


「あれ? 龍之介?」


 聞き慣れた声がした。


 振り向くと、翔が立っていた。


「お前、今日は授業サボりか?」


 翔は軽く肩をすくめる。


「違うよ、用事が終わっただけ」


 綾が龍之介の横から顔を覗かせる。


「龍ちゃんのお友達?」


 龍之介は少し眉をひそめ、わずかに視線を逸らした。


「別に、友達ってわけじゃ……」


「ひどいな」


 翔は苦笑しながら肩をすくめた。


「彼女が例の綾ちゃん?」


「……あぁ。やっと外に出られたから案内してやってんだ」


「そうか」


 翔は微笑み、綾に向かって手を差し出した。


「僕は伏見翔。龍之介のルームメイトだ」


 綾は一瞬驚いた顔をした後、手を取った。


「龍ちゃんと一緒の部屋なんだ?」


「まぁね」


「へぇ……なんか意外」


「意外?」


 翔が小首をかしげる。


 綾はくすっと笑った。


「龍ちゃん、誰かと同じ部屋って嫌がるタイプかと思ったから」


「はぁ? そんなことねぇし」


 龍之介が顔をしかめると、翔は面白そうに笑った。


「僕も最初はそう思ったけど、意外と平気みたいだよ」


 龍之介はため息をつき、視線を逸らす。


「……くだらねぇ話してねぇで、行くぞ」


「はいはい」


 翔と綾が顔を見合わせ、ふっと笑う。


 そうして三人は、校舎の中へと足を踏み入れた。


 三人でひとしきり校舎を回り、昇降口に戻ってきた。


「じゃ、また後でな」


 龍之介が綾に言う。


「うん、夕食の時間になったら食堂でね」


 綾はそう返し、女子部屋へ向かって歩き出す。

 今日から綾も、他の女子たちと同じ部屋で過ごすことになる。


 燈の森では、子供たちは4〜6人の相部屋で生活している。

 もちろん、男子と女子は別々。


 龍之介と翔の部屋は4人部屋だった。


 並べられた四つのベッド。

 壁際には、それぞれの私物を置ける小さな棚が備えられている。

 もちろん、プライバシーなんてものはほとんどない。


 だが、不思議と息苦しさは感じなかった。


 同じ境遇の子供たちが集まるこの場所では、

 互いを干渉しすぎず、それでいて自然と助け合う空気があった。


 龍之介は、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。


 硬めのマットレス。

 けれど、数日間過ごしているうちに慣れたのか、妙に落ち着く。


 隣のベッドに腰掛けた翔が、ふっと呟いた。


「……良い子だね」


 龍之介は、天井を見つめたまま答える。


「まぁな」


 なぜか、少しだけ得意げだった。


 翔が微笑む。


「二人は幼馴染だっけ? いいなぁ、羨ましいよ」


「……?」


 龍之介は、僅かに目を細めた。


「僕には、そういう友達はいないから」


 短い沈黙。


 龍之介は、しばらく考えるように口を閉じたままだった。


「……友達なんて、これからでも作れるだろ」


 ぶっきらぼうに言う。


 翔は、軽く目を伏せてから、くすっと笑った。


「そうだね。龍之介や綾ちゃんにも出会えたし」


 龍之介は、それ以上何も言わなかった。


 窓の外を見る。


 空は、深い夕焼け色に染まっていた。

 沈む太陽が、燈の森の校庭をオレンジ色に照らす。


 外からは、子供たちの声が響いてくる。


 笑い声、駆け回る足音、誰かの呼ぶ声。


 龍之介は、ぼんやりとその音を聞きながら、静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ