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退職金

作者: mizuhey

早郎はノイローゼになり、港を彷徨う。

30年間土方として建築会社で働き蓄えと退職金の使い道に困っていた。

 退職金



 神寳早郎は永らく行方不明だったが飯場で土工として働いていた、定年の歳に成り預金の使い道について悩んでいた。迷惑をかけた神寳舘の紅葉にでも預ければ良いものを早郎は実家を忘れる程の白痴だった。

 街は賑わい旅情を誘発する。……旅にでも出ようか?、唯一恋をした女、槍絵に逢いに行こうと思った。


 境内では全日本裸体党の宣伝カーがマイクのボリュームを上げて騒いでいた。鼻を赤くした党首トランプが裸体で小便を撒き散らし演説している。

罰当たりめ!あんなのが人気者とは…まあそんなものだ。


 電車に乗り降りたのは海辺の田舎町だった。1人の女に恩返ししようと思っていた、


   *


 海辺に向かうカップルがガイドブックのホテルの所在を尋ねる、

早郎は見ず知らずの人間からこの町の者だと思われたのが意外だった。

桟道を降りると夕暮れの港でクレーンが水没した乗用車を引き上げている。警察官が立ち会いブレーキを踏んだ跡がない路面を睨んでいた。

野次馬の想像の範囲を超えた会話が飛び交う。

他人の事など無関心な癖にこと死と直結すると騒ぎ立てる輩がいる者だ。

潜水服を着た男が海面から顔を出しては手をNOと振っている。

嵐の後だから何処かに流されたに違いない。

探偵擬きの会話を避け早郎は旅行者の姿で交差点をわたっていた。

きつい陽射しが撥ね陽炎が立つ道路に赤いヒールが右足だけ落ちていた。

ストッキングを履いた靴とは誰かの悪戯であろう。

蹴飛ばして反対側の歩道に飛ばす時、旧式の赤い電話機が残る店の前でバスが停まる。

夏服のあまり似合わない女が陰を落とすとハンケチで汗を拭う。

うろ覚えの顔が近づき鮮明度を増すと槍絵だと判る。

幾分ぶっきらぼうに話し掛ける声に、懐かしく待ちくたびれた敗残者の吐息を隠した。


槍絵は3年ぶりに呼び出してという顔を見せた。

……あんたもしつこいね…!あたし達が友達だったのは昔だよ。

何の用だい!今更!

あたしが男見つける迄の繋ぎで遊んであげただけだろう。

未だ…一人なのかよ…いい加減結婚しなよ。

 こいつの口の悪さには馴れていた。

他人を思いやる心が微塵も無く自分の気持ち良い事にしか興味を示さない。

早郎はだから槍絵が好きだった。

世の中にこれ程に価値観が違う女が存在すると言うことが信じられなかったからだ!  

情が無く自分の世界しか受け入れない槍絵に早郎は告げた。

……人生を振り返ったんだ。

あっそ〜!あんた爺だからね!

それで…!

……退職金の受取人に君を選んだ。

なぜ…恋人でもないのに…あんたの家族はなんて云った。 


 家族会議で恩給生活者の、父は将来の蓄えにしろ!母は墓を買う金。

妹は姪の養育費の心配をしろと、早郎は嘘を思い付く限り並べた。

…早郎は心で語りかけた。

家族がいれば当然反対するだろう!

でも早郎は行方不明になって二十年!もはや家族の所在も知れぬ。

ふと顔を、あげ家族って疎ましいねと告げた。


 槍絵は肥っている足を組み直して冗談を言われたと思った。

海風を避け槍絵がコートの襟を立てる。

右側から見る槍絵の顔は男を虜にする魅力を未だ持っていた。

ガイドブックのホテルのフロントを目指し早郎は歩き始めた。

槍絵は少しビクつく感じを持ち躊躇いのなか後に従った。

喫茶店に入り早郎は書類を机に置いた。

槍絵は早郎の絶望的な人生に深入りする気はなかった。

いや絶望的と云う概念さえ無頓着であったのだ。

だが、書類に実印を押す段階になると心配そうな顔をした。

……本気!

顔見知りから金が貰える事より額に槍絵は驚いた。

……ありがとう!

これ程安っぽく嘘っぽい感謝の軽さに早郎は納得した。

チラッとエレベーターに入るカップルを槍絵は盗み見クスッと笑った。

金で叶わなかった恋の痛みなど買う気は無かった。

好きなように使えよ!

早郎はそう喋りかけ鬱積した悲しみを飲み込んだ。

……したいんなら一度くらい我慢して寝てやろうか!

色っぽい視線を投げる槍絵は男好きのする唇を舌の先で濡らしていた。

 べつに…早郎は答えた。

今更肉体を目当てにする下心は皆無だ。

ふと槍絵にも早郎に向ける人間的な感情があったのだと思えた。

……サンタクロースが居たのね。

恋人との遊興費やローンの返済、まあ結婚資金にでもすればいいさ。

…慰謝料のつもり。

槍絵が唐突に言って直ぐに撤回した。

慰謝料を払うような行為は一度も無かったっけ!

……あんた…あたしの事好きだからくれるんだ。ラッキー!

1千万が大金だろうが早郎には必要の無い紙切れであった。


槍絵と別れ夕暮れの浜辺を歩くと波打ち際に物体が漂う。

水没した乗用車から抜けた行方知れずの溺死体であろう。

美しいとは言えぬ死様に早郎は自分自身を置換えていた。




早郎は身投げする場所を探し最後に女に逢いに行った、その女と一緒に岩壁から飛び降りたら魚に成れるだろう。1人、早郎はバックを海に流した、

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