二十三章 時を越えて 2
「――こちらのエルフどのがロージオン王家の遠祖だったとして」と、戸惑い顔のシグルーンが誰にともなく訊ねる。「こっちの白骨死体は結局何者だったんだ? それから、そこに転がっている水晶球の処遇は?」
一同の目が瓦礫のなかで輝く小さな水晶球へと集まる。
そのあとで皆がアマーリエを見た。
答えを期待しているのだ。
アマーリエはどうにか言葉をさぐりだした。
「――初めの問いについては、ネル様が御目覚めになったあとでお聞きするほかないでしょう。次の問いについては、その球が先程の《屍樹》を呼び出したことからしても、《冥王の眸》であることは間違いないと思います。そうであるなら人間が触れるのは危険です。それはかつて人間の族長たちを傀儡として使役するために冥王が与えた呪具ですから」
「――ならばエルフに渡せと?」と、シグルーンが低く唸るように言う。
その鋭い鉛色の眸には明らかに不審の色が滲んでいた。
この時期の東方での人間とエルフの関係はそもそもあまりよくないのかもしれない。
「いえ」
アマーリエは慌てて否んだ。
今しがたまで森エルフの女王イムールドに預けるよう忠告しようと思っていたのだが――軍団兵を率いるこの女騎士がエルフに不審を抱いているのなら、残る選択肢はひとつだ。
「この《眸》はもともとイルービエン島の北方のアルハナ山脈のドワーフがたが、彼らの創造神である鍛冶神ティバルクに命じられて秘していたものだと聞きます。そのアルハナ山脈のドワーフの一族の末裔が今はペラギウ山脈に住んでいますから、彼らのもとに返して護ってもらうのが筋でしょう」
「理にかなっているな」
女騎士は納得してくれた。「ならばすぐランセウスからペラギウ山脈へ向けて使者を発たせなければ。それからアヌビルだ。すっかり忘れていたが、猶予はあと二日しかない。お前たちが未来へ戻ればアヌビルは必ず戻ってくるのだろうな?」
女騎士が切羽詰まった口調で訊ねてくる。
その言葉に、アマーリエはたった今まで忘れていた期限をようやくに思い出した。
「――ええ。我々は今夜東丘の洞に籠って《廻りの主》に祈りを捧げます。明日の朝にはきっとアヌビル王子が戻るはずです」
アマーリエの言葉が終わったとき、思いがけずわっと泣き伏した者があった。
見ればアーデルハイトだった。
未来で眠り続ける息子を目覚めさせる縁である白竜の鱗を収めた巾着を握りしめ、「ヨーゼフ、ヨーゼフ、よかった」と、息子の繰り返しながらしゃくりあげている。
丸められたまま震える背を、フレデリカとハインツが両側から撫でたり叩いたりして慰めている。傍でエーミールとアルベリッヒも手を取り合って泣きながら喜んでいた。
皆が戻れることを大喜びしているのだ。
アマーリエは唐突に鋭い孤独を感じた。
――わたくしには誰かいるの? 何に変えても再会したい大切な相手が、未来に誰かいるの……?
なんともいえない寂しさに駆られて泣きながら喜ぶ仲間たちから目を逸らすと、じっとこちらを見つめている琥珀色の眸と視線が合った。
ガウフリドゥスだ。
まるで迷子の子供のように途方に暮れた顔をしている。
アマーリエは何か言おうと思ったが、全く言葉が見つからなかった。
「アマーリエ―ー」
ガウフリドゥスが掠れた小声で呼ぶ。
「何です?」
感情を隠そうとしたために自分でも思いがけないほど刺々しい声が出てしまう。
ガウフリドゥスは一瞬傷ついたような表情を浮かべ、わざとらしく目を逸らしながら続けた。「いや、なんだ、その――ペラギウ山脈のドワーフたちが引き取りにくるまで、《冥王の眸》はどう保管したらいいだろうか?」
その場しのぎにしては実のある質問だった。
アマーリエは安堵しながら対応策を考えた。「そうですわね――人間の手が触れるのはやはり避けた方がいいでしょうから、このままここに放置して、まわりを軍団兵の方々が警備するのが一番でしょう。それよりジェフリー、ネル様を暖かいところに運んでくださる? 夜までまだ時間がありますしね。せっかくだから手当を致します」
口早に事務的なことばかりを話す。
そうしなければ口走ってしまいそうだった。
戻りたくないと。
ずっとあなたと一緒にいたいと。




