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第二十一章 方陣聖域 1

 五日後である。


 風神殿の北側の階段状の埠頭の手前に小さな方陣が形作られていた。


 川岸を除いた三つの片を形成するのは、約6尺《*約1.8m》間隔でずらりと並んだ象牙色のマントの軍団兵(レジナリウス)たちだ。

 みな目深に青銅の兜をかぶって、赤い房飾りのついた(ランス)の穂先を陽に煌めかせている。


 そして残る一辺たる川沿いには、1丈《約3m》ほどの高さのある木製の桟敷が組まれて、この左右にも一人ずつ軍団兵が並んでいる。


 桟敷と兵士で造られた完全な正方形の陣の中央にいるのは、鮮やかな緋色のマントを纏って右肩に隼を留まらせた女戦士シグルーンだ。

 彼女はつい昨日、「北方の女大公の使者として巫女の生贄の儀式を見届けたい」と申し出、同行してきた軍団兵たちによる警護を申し出たのだった。


 正装の軍団兵がこれだけ揃うのは南部では壮観だった。

 見物人たちがまさに黒山の人だかりとなって陣の周りにびっしりと群がっている。


 アマーリエとハインツも、ヴェヌーレスの氏族長に貰った毛織のコートの頭巾を被って顔を隠した状態で見物人の群れに紛れている。

 焔神カレルの加護持ちであるアーデルハイトだけは、のちのち方陣聖域の一角となる予定の右手の角の位置で、兜を目深にかぶって長いマントで体型を隠し、軍団兵のふりをして槍を掲げている。

 凝り性の彼女は念のためにと顎に黒山羊の毛で拵えた付け髭まで貼り付けている。

 女性にしては大柄なアーデルハイトの男装は思いのほか様になっている。


 生贄の儀式を待ちわびる群衆たちは陽気だった。

 避難も半月を数えて食料に不足があるだろうに、熱いワインや大麦菓子や、山羊のチーズと蜂蜜を巻いた薄焼きパンを売り歩く輩や竪琴を抱えた芸人まで現れている。


「祭りだな、まるで!」と、ハインツが頭巾の陰で低く吐き捨てる。

 近くにいる竪琴弾きが歌っているのは海エルフの王国の滅びの歌だった。



  真白き都は燃え盛り 

  乙女(アクハ)は北へと逃げ延びる

  天主の眸をたずさえて

  森の怒りの雲をさけ



  

 ――とんでもない歌だわ。アガラーエスが滅びたのは配下の人間に背かれたためだとネル様が仰っていた。それをまるで森エルフの女王の謀のように歌うなど!



 これが何もかもジュニーヴルの策謀だとしたら、彼女は一体何を望んでいるのだろう?


 アマーリエが腹立ちを堪えて耳を傾けていた時、不意に歌が止み、代わりのように左手からわっと大きな歓声が生じた。


「いらしたぞ、《風の乙女》さまだぁ――!」


 途端に歓声が弾ける。


「ジュニーヴルさま! ジュニーヴルさま!」

「暗雲をお払いください!」

 声が近づくに従って人垣が二手に分かれ、群衆のあいだに自然と道が生じる。

 アマーリエとハインツも慌てて右へと寄った。


 ややあって、風神殿の方角から、眩いばかりに白いローヴを纏って金髪を長くなびかせたジュニーヴルが歩いてきた。


 アマーリエは一瞬息が止まるような気がした。


 久々に見る巫女の姿が、記憶のなかにあるよりもはるかに美しかったのだ。



 銀色をおびた金髪と雪花石膏のような膚。

 海のように青い眸。

 紅薔薇のような唇。


 この世のあらゆる美しいものを写して名工が丹念に刻んだかのような美貌だ。

 群衆たちが声を忘れて陶然と見入っている。


 

 ジュニーヴルは腕に黒い天鵞絨に包まれた球体の何かを抱いていた。

 アマーリエは首筋の毛がチリッと逆立つような恐怖を覚えた。


 あれが《冥王の眸》だろうか?



 ジュニーヴルの左右を護るのは、額に革の紐を巻いて白鳥の羽を角のように飾った黒髪の若者たちだった。一方にはレビヌス氏族らしき入れ墨が見えるが、烏の羽はつけていない。もう一方も氏族のトーテムは身に着けていないようだ。

 この連中が話に聞く《白鳥の戦士たち》だろう。


 彼らの後ろから、同じく白鳥の羽を飾った若者たちが四人、無蓋の輿を担いで続いてくる。


 輿が近づくにつれてハインツの目が見開かれる。

 四人担ぎの輿の上に躯のように横たわっているのは、これも真っ白なローヴを着せられたフレデリカだった。

 掌を胸の上で重ね合わせて瞼を閉ざしている。


「……――死んじまえエルフ女!」

 群衆のなかの誰かが甲高い声で叫ぶ。

 前後して石礫が飛ぶ。


「――!」

 ハインツが目を見開く。今にも飛び出してフレデリカを庇いそうだ。



 ――ハインツどの、落ち着いて!



 アマーリエが慌ててハインツの腕を掴んだとき、前を行くジュニーヴルが足を止めて振り返り、銀無垢の鈴が鳴るような澄み切った声で命じた。

「みな控えなさい! その者の罪はじきに償われるのですから!」

 頭の芯へと沁みとおって思考を奪うかのような美声だ。

 群衆は気おされ、一拍置いて熱狂的な歓声をあげた。


 アマーリエとハインツは思わず顔を見合わせた。


 聞いてはいたが、何という熱狂ぶりだろう!

 この群衆のなかからフレデリカたちを助けて逃げおおせることが、本当にできるだろうか?


 二人の不安を他所に行列は続いていた。


 フレデリカの輿のあとにアルベリッヒとエーミールの輿が続く。

 二人とも灰色のローヴを着せられて死体のように瞼を閉ざしていた。

 

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