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第二十章 白鳥の騎士たち 3

「そうだ」

 氏族長が心底すまなそうに頷く。

 ハインツの顔がぐしゃりと歪む。

 固く握りしめた拳が小刻みに震えている。


「ハインツ、落ち着きなさいって」

 アーデルハイトが慌てて宥めつつ、きっと眉を吊り上げて氏族長を見やる。


「長さま、どういうことなのです? あの()は――フレデリカは人間ですよ? 何をどうしたら生贄に捧げるなんて話が出てくるのです?」

「すまない。順を追って話そう。カルル、人払いを頼む」

「は」

 入口の垂れ幕の前に無言で跪いていた護衛が立ち上がって外へ出ていく。

 垂れ幕が元に戻るのを待って、氏族長はおもむろに口を切った。



「事の起こりは半月前の長老会だ。その頃もうこのゼンテスの渡し場の上空はあの胡乱な暗雲に覆われ、風神殿の巫女は力を使い果たして寝込んでいた。そこにレビヌス氏族の戦士が、あの風使いを――フレデリカどのと、供の若者二人を連れて戻ってきたのだ」


「ああ、ハイナムどのですね」


「そこまでは知っているのか?」


「ええ。隊長殿(シェフィン)は――フレデリカどのは、ハイナムどのに乞われて、ゼンテスの渡し場を蔽う暗雲を払うために赴いたはずです」


「ハイナムもそう言った。しかし、実情を目にしたフレデリカどのは、自らの力でこの集落の上空だけ暗雲を払うことはできないと拒んだ。ここで払った暗雲は他所に流されるだけだと。このような事態が起こっているなら、源を突き止めてそちらを断つべきだと。私は尤もな主張だと思った。だが、他の殆どの長老は納得せず、何としても力を使わせるよう説得せんと、フレデリカどのと若者二人を集会堂に無理やり滞在させた。客人として――とは言っていたが、あれは軟禁だった」


「何ということを」

ハインツが膝の上で拳を震わせる。「それで、そのあとに何が起こったんです?」


「長老会は、フレデリカどのを翻意させるために、さらに多くの人が集まる民会の招集を決めた。そうして人が集まり始めたころ、ずっと臥せっていた風神殿の巫女が、病身に鞭打って起き上がり、埠頭で祈りを捧げた。

 そのとき、対岸から時季外れの白鳥が飛んできたのだそうだ。巫女はその鳥を射るように命じた。そして、巫女がその昔はるか北方の神殿で授かった《天なる主》の眸であるという水晶球に鳥の血を浴びせながら祈ると、巫女を中心にして激しい風が渦巻き始め、この渡し場の上空だけが目のような晴れ間になったのだ」



 氏族長が言葉を切って深いため息をつく。


 アマーリエは全身の血が凍りつくような恐怖を感じた。


「――氏族長さま」

「なんだ?」

「巫女は、水晶球に生贄の血を捧げたのですね?」

「ああ」

「確か、三十年前にも似たような事態があったと聞きます。そのときにも同じ水晶球を持っていましたか?」

 氏族長が戸惑ったように頷く。

「持っていたと思う。それがどうしたのだ?」

 アマーリエはちらりとアーデルハイトとハインツを見た。


 二人とも蒼褪めている。


「……何か知ることが?」

 氏族長が畳みかける。


 アマーリエは腹を決めた。

「ええ。わたくしども、今までペラギウ山脈地中のドワーフがたの住まいにお世話になっていました。そこで耳にしたのです。

 三〇〇年近く前、北方イルービエンのアルハナ山脈の地下で、《冥王の眸》なる禍々しい呪具が、人間たちに滅ぼされた海エルフの王女によって持ち去られたのかもしれないという話を。あの風神殿の巫女――ジュニーヴル様は、自らを半エルフとお名乗りですよね? 

 でも、イストモス大森林に住まうエルフがたのお話では、ここ三〇〇年、半エルフと呼べる存在はロージオンの二代目国王しかいないというのです」


「なんと」

 氏族長が愕きの声をあげる。「では、この頃詩人たちの謡う御伽噺は本当であったのか」

「おとぎ話?」

「ああ」と、氏族長が頷く。「ゼンテスの風の巫女は滅びたる海エルフの王家の最後の末裔だと。森エルフの女王は《天主の眸》なる宝珠を奪い取るべく、人間たちをけしかけて海エルフの王国をあえて滅ぼしたのだと」


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