第十九章 進軍 4
谷口を抜けて平野へ出ても激しい向かい風は吹き止まなかった。
膚を刺すように冷え切った風だ。
柳の枝や樺の小枝はおろか、路の左手に広がる湿地帯に萌し始めた葦の芽までが、今にも根こそぎなぎ倒されそうな勢いで傾いている。
アマーリエたちはその風のなか少しずつ足を進めて、おそらくは真昼と思われる頃、目の前をよぎる幅の広い土道を目にしたのだった。
地表より半丈ばかり高く造られた堤状の道で、向かい側に一列にポプラの木が植わっている。
「--ランサウ街道だ……!」
アーデルハイトが目元を右手で庇いながら嬉しそうな声をあげる。
「アマーリエさま、ハインツ、間違いなくランサウ街道ですよ! 東門側のポプラ並木はこんなに昔からあったんだね」
堤の腹に斜めに刻まれた坂路を上りながら、地図製作者はとび色の眸を潤ませていた。
土地勘のある人間にとっては、ようやくに知っている場所に帰って来たと実感させる並木なのだろう。
「街道があるなら、ランサウからゼントファーレンまでは70歩里《約105㎞》です。歩いて四日から五日で――」
話しながら先頭を歩いていたアーデルハイトが、堤の上の道に出た途端に絶句した。
「どうしたんだハイジさん?」と、しんがりを来るハインツが訝しそうに訊ねる。
アーデルハイトに数歩遅れて堤の上に出たアマーリエも、同じく言葉を失った。
堤の上の道はまっすぐ東へと伸びて、低湿地帯のなかの小島を思わせる丘の上の集落へと続いていた。
集落は――この時代で呼ぶところのランセウスの市場町は、アマーリエの目には都市というより辺境の城塞のように見えた。
円い丘がぐるりと逆茂木の柵で囲まれ、四隅に丸太を組んだ物見櫓が立っている。
建物は柵の内外にかなりの数群がっているが、みな草ぶき屋根の小屋のような代物で、後世の煌びやかな帝国直轄都市ランサウの面影は全くない。
その城塞めいた市場町の周りにかなりの数の茶色っぽい天幕が群がり、そこここに馬が繋がれていた。
行く手には丸太を組んだ即席の遮蔽物が築かれて、第二の市門さながらに、槍を手にした甲冑姿の兵士たちに護られているようだ。
槍の柄には真紅の房飾りが結ばれて右手へと靡いている。
同じ真紅の色合いが手前の右側の物見櫓の上にも見えた。
暗雲の垂れこめる暗い空のなかで、それだけが異様なほど鮮やかな緋色の三角旗だ。
「あの色――」
アマーリエは思わず口にしていた。
「帝国旗の緋色、か?」と、ハインツがアマーリエの思いを代弁するかのように言う。「金獅子は見えないようだが」
「それはそうですわ」
アマーリエは持ち前の教師根性に促されて機械的に答えた。「今現在のセルケンバインは帝国ではなく東方の帝国チャーノスに任じられた《西の太守》――私たちの言葉で言うところの大公国にすぎませんもの。エルフェンヴァイン一族が家門の色としていた緋の旗に金獅子を配するようになるのは《大分離》の後、チャーノスの皇帝が失墜して、自らが皇帝を名乗るようになって後のことです」
「……でも、エルフェンヴァイン皇帝家の旗であることには間違いないんだよね?」と、アーデルハイトが不安そうに訊ねてくる。「エルフェンヴァイン家って今この時代でも権力を持っているの?」
「ええ、大いに」
アマーリエは頷いた。「今この過去世でのセルケンバインの女大公アンゲラードはエルフェンヴァイン一族の出自です」
「要するに、あの旗と兵士は、女騎士とドワーフの王子様を派遣して森エルフの女王様に同盟を持ちかけていた《北の女大公》が遣わしてきたものってわけか」と、ハインツが結論付ける。「このタイミングでのご進軍とは、どうもあんまりいい予感がしないな」
アマーリエも全く同感だった。




