第十九章 進軍
金髪のジュニーヴルが地の底で嘆いているころ――
イストモスの樹海の最奥のエルフたちの隠れ里バラ・アクヘゼルの奥つ城で、女王イムールドが、栗色の髪の若い――不死なるエルフの基準としてはまだ少女のように若い――同族の華奢な背を、愛しい猟犬の背でも撫でるように撫でながら訊ねていた。
「なあアナイス・ニレノール、海エルフの最後の姫よ。どうしてお前は人間ともう関わらないことにしたのだ? お前の遠い子の子らがそんなに気がかりなら、いっそのこと一緒に行ってやればよかったろうに」
「シシャ・エオシャーニィ、輝かしきわが主君よ、それはできません」と、若いエルフは項垂れたまま応えた。
「わたくしの夫が死んだあと、わたくしはしばらく人間たちの国に留まって子や孫たちの健やかな栄えを見守ろうと思っていました。
けれど駄目なのです。死すべき者たちのなかに不死なる者が独り混じると、彼らはまるで幼子のようにわたくしを頼ろうとする。
わたくしは強くも賢くもない。種族としては長く生きてさえいない。それなのに彼らはわたくしが間違わないと信じる。もしもわたくしが赤子を生贄に捧げろとでも命じたとしても、きっと彼らは捧げたでしょう。代々の子や孫を夫としてさしだせと命じたとしても、きっと従ったでしょう。だから駄目なのです。不死なる者は死すべき者と関わるわけにはいかない。――どんなに愛していても」
若いエルフの最後のほうの声は震えていた。
年ふりたーー地上に生きる者としては岩と同じほど年ふりたエルフの女王は微苦笑しながら、滑らかな薔薇色の頬を伝う涙を無造作にぬぐってやった。
「やれやれ、強情なことだ。お前の愛と哀しみは時折まるで死すべき者のようだ」
「女王よ、アガラーエスが滅びたあと、わたくしは故国の仇たる人間の族長に育てられました。ロージオンの妃となるまで、自分を人間だと、ずっとそう信じていたのです――」
*
ガウフリドゥスとの別れはあっさりしていた。
ドワーフたちが親切にも手入れをしてくれていたもともとの装束に身を包み、返してもらった剣を携えたガウフリドゥスは、分岐広場での別れ際、
「ではみな幸運を祈る。無事に故郷へ戻れよ」
とだけ言い置き、アマーリエの顔を見ようともせずに足早に歩み去ってしまった。
「……ジェフリー殿もお気をつけて!」
「そちらも幸運を祈っていますよ!」
アーデルハイトとハインツが慌てて声をかける。
アマーリエは何も言えなかった。
声を出したらそのまま大声で泣き叫んでしまいそうだった。
ガウフリドゥスの足音が完全に遠ざかりきったところで、アーデルハイトが不意にふわりと肩を抱いてくれた。
「――アマーリエ様、もう泣いて大丈夫ですよ?」
「……わたくしは!」
泣いてなどいません――と、続けようとして、アマーリエは初めて、自分の頬を二筋の涙が伝っていることに気付いた。
「強情ですねえ、うちのお姫さまも、あっちの王弟殿下も」と、ハインツが苦笑しながら、アマーリエの頭をぽんぽんと叩いてきた。「まあなんだ、世の中でよく言われていることだが、初恋ってのは実らないものなんだ。大抵ね。お前さんの器量だったらすぐ次の男が見つかるって」
「ハインツ、あんたちょっと黙っていなさいよ」と、アーデルハイトが眉を吊り上げる。「今この状況で、それが慰めになると思っているの?」
アマーリエは思わず泣きながら笑った。
今しがた胸が張り裂けたような気がしたのに、まだきちんと笑えている自分が不思議だった。




