第十八章 冥王の眸 4
「最長老さまが会うと言っている。皆ついてこい」
空気を読まないカムラクが相変わらず淡々と命じる。
一行は粛々と従った。
サフラとヒータはついてはこず、後ろで深々とお辞儀をしていた。
今度の向かう先は下の階層だった。
ハインツとガウフリドゥスにはあまりにも天井の低すぎる狭い階段をひたすらに下り、またも複雑な通路を辿って、半球型の光の球と色鮮やかな大小の天然石をちりばめた豪奢な扉の前へと出る。
カムラクが扉の右側に垂れている鈍い黄金色に輝く鎖を引くとよく澄んだ深い鐘の音が鳴り響いて、豪奢な扉が音もなく内側から開いた。
「入られよ。人間の客人がた」
扉の向こうから低くひび割れた、しかし耳に心地よい声が響く。
「アルタ・ヌメールグ」と、カムラクが恭しく答え、客人たちに入るよう目だけで促してきた。
扉の内は天然の鍾乳洞を思わせる歪んだ円形の空間だった。
四方を囲む岩壁には滑らかな凹凸があり、頭上からは幾本もの鍾乳石に混じって大小さまざまな光の球が金鎖で吊るされている。
その部屋とも洞穴ともつかない空間の真ん中に座椅子というより天蓋付きの寝台のような大きな家具が据えられ、天然の苔を思わせる滑らかな深緑色の天鵞絨のクッションに埋もれるようにして、雪のように白い髪と髭を半円形に広げた老いた小柄なドワーフが坐っていた。
よく見れば、光のあまり届かない寝台の後ろには、闇に溶け込むような黒いケープを羽織って黄金色に輝く兜を被り、月のように鈍く光る戦斧を携えた屈強そうなドワーフが三人ずつ、壁面の彫像さながらに居並んでいるのだった。
――精鋭部隊って感じね……
こちらの男二人はよく見れば武具をとりあげられている。
あの六人のドワーフ戦士が一斉に切りかかってでもきたらまずもって勝ち目はないだろう。
アマーリエが微かな恐怖を感じたとき、白髭の老ドワーフが目を細めて笑った。
「長い生に倦む老人は客人がたに会えて嬉しい。名乗りはいらない。カムラクから仔細は聞いている。汝らがイムールドの座所で見つけた碑文の写しというのはどれか?」
物柔らかながらも簡潔で有無を言わせぬ問いだった。
ガウフリドゥスがわずかに逡巡するように眉をよせてから、緋色のケープの下でずっと握っていたらしい羊皮紙の筒を差し出した。
「これです」
カムラクが羊皮紙を受け取って老ドワーフへと渡す。
老ドワーフは真ん中に皴のよった羊皮紙を広げてざっと目を通すなり、いかにも興味深そうに頷いた。
「お読みになれるのか?」と、ガウフリドゥスが心配そうに訊ねる。
「当然だろう」と、カムラクが不本意そうに応じる。
老ドワーフが羊皮紙から目をあげて喉を鳴らして笑った。
「怒るなカムラク。客人がたへの礼儀を弁えろ。客人がたよ、汝らは未来からきたのだな?」
老ドワーフがずばりと訊ねる。
アマーリエは愕いた。
その点についてはカムラクにも全く話していなかったのだ。
「……どうしてお分かりに?」と、アーデルハイトが怖ろしげに訊ねる。
「ここに記してある」と、老ドワーフは当然のように応えた。「これはアガラの子アヌビルから汝らにあてた言づてだ。すなわち、過去世へと飛ばされたアガラの子と入れ違いに未来から飛んできているのであろう同族に向けて、どうしたら帰還できるかを記したものだ」
「……そんな大事なことを、あいつはどうして誰にも読めない文字で記したんだ?」と、ガウフリドゥスが眉根を寄せて独り言みたいに呟く。
老ドワーフが聞きとがめてふさふさとした眉毛を軽く上げた。
「運の悪いことに、アガラの子は、飛ばされてくるのは当然おのが近しい同族だと信じていたのであろう。戻り方は容易い。アガラの子の所有していた護符は時間の移動を促すもので空間の移動はできない。すなわち、汝らはまず元々いた場所へ戻る必要がある」
「え、それだけですの?」と、アマーリエが思わず声をあげる。
「あともう二つ条件がある」と、老ドワーフが続ける。「汝らは夜にその場へ戻り、《廻りの主》テアへの祈祷を唱えながら夜明けを待たねばならない。過去世でアガラの子が同じように祈りを唱えていたならば、汝らは夜明けとともにもとの世へと戻れる」
「……そういう手順なら、アヌビルはあたうるかぎり毎晩毎朝祈りを唱えているはずだ」と、ガウフリドゥスが友への信頼を滲ませた声で請け合う。
「それじゃ、帰れるんですね?」と、アーデルハイトが堪えかねたように言う。「私たち、本当に帰れるんですね……?」
そこまで口にしたところで肩を震わせて泣き崩れてしまう。
「ハイジさん、落ち着いて。大丈夫、大丈夫。ヨーゼフは絶対助かりますって」と、ハインツが優しくその肩を抱く。
よく見れば彼の薄青の眸も喜びと安堵に潤みかけているようだった。
アマーリエは戸惑っていた。
喜ぶべきことなのになぜか喜びが湧いてこない。
ふと見るとガウフリドゥスも同じような途方にくれた顔をしていた。
「アマーリエ……」
迷子の子供みたいな声が呼ぶ。
「なんですの?」
務めて平静を装って応じると、ガウフリドゥスは眉根を寄せ、目を逸らして小声で言った。
「よかったな。戻れそうで」
「……ええ」
アマーリエも目を逸らして答え、自分自身に言い聞かせるような気分で続けた。「わたくしね、この護符を元の婚約者から託されたのですけれど」
「ああ、そう聞いたな」
「彼ね、あなたの遠い子孫なの。ロージオンのシャルル・ド・ベルフォールと言って、優しくて誠実な騎士です」
「そうか。それはいい」と、ガウフリドゥスが強張った声で応じる。
そのとき、老ドワーフが愕いたように青い目を瞠った。
「客人はロージオンの貴族なのか?」
「いかにも。ロージオンのガウフリドゥスと申します。国王アイストゥスフスの異母弟です」と、ガウフリドゥスが心外そうに答える。「カムラクどのにそのように名乗ったつもりでしたが」
どうもそのあたりは伝わっていなかったらしい。
老ドワーフがじろりとカムラクを睨む。
カムラクは彫刻みたいな無表情のまま視線だけ上の方に逸らした。
老ドワーフが嘆息する。
「あれはとても言葉が少ない。必要なことしか言わない。ときには必要なことも言わない。若い客人よ、汝がロージオンの王族ならば訊きたいことがある」
「なんでしょう?」
「ロージオンの初代国王が海エルフの最後の王女を娶ったというのは本当か?」




