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第一章 ゼントの地下迷宮 4

 アーデルハイトの言う通り、地下道は長く、何か所か分岐点があったものの、伝説の地下迷宮というほどの複雑さではなかった。

 最後の分岐点を左手に折ると、長く険しい階段の上に、真四角の白い光が見えた。


 出口である。

 月光が射しているのだ。


「さあ着きましたよ」と、アーデルハイトが優しい声で言う。「あの外はもう市外です」

 角灯の火明かりに先導されて長い階段を上る。

 冷たく新鮮な夜の風が顔へとかかって、アマーリエのフードが外れた。

 逃亡中に肩までの長さに切ってしまった艶やかな黒髪が月光を受けて光る。

 外へ出るなり、煌々と照る満月の目映さに目が眩んだ。


「――愕いた。月夜ってのは明るいものなのですねえ」

 ヨハンがしみじみと呟く。


 外は松林だった。

 背後に、枯れ草に覆われた円い塚山がある。

 左手から射す月光を背にして歩いていくと、じきに林が終わって、広々とした牧草地へと出る。枯れ草に蔽われた地面が月光を浴びて銀色に光っていた。左手の遠くの中空にぽつぽつと火明かりが浮かんでいる。

「ゼントファーレンの東門ですよ」と、アーデルハイトが教える。「もうしばらく行くと羊飼いたちが使う番小屋があります」


 無人の番小屋で一夜を明かした翌日、まだ陽が昇りきる前に、一行は目立たない農道を選んで北へと急いだ。

 じきに右手の丘地の向こうから朝日が照り始めるころ、行く手に、一定の間隔をあけて一直線に生えるすらりとしたポプラの樹の連なりが見えた。

「ランサウ街道です。わたくしがご案内できるのはここまでです。フォン・ヴェルンの姫君、アマーリエさま。どうかお気をつけて。御身の守護たる聖ニーファのお慈悲が道中つねに注がれますように」

 アーデルハイトがとび色の眸を潤ませながら言う。

 アマーリエは涙ぐみながら頷いた。「ありがとうアーデルハイトどの。御身の守護たる聖カレルの恵みが末永く注がれんことを」

 互いに加護を与えている神々の名で祝福を祈りあってから別れる。

 そこからはヨハンと二人の道中になったが、幸い何の災難にも見舞われなかった。

 五日後、アマーリエはようやくに、冤罪を晴らすべく目指してきた帝国直轄都市ランサウの南門を目にしたのだった。




 ちょうど同じころ――


 ゼントファーレン市内南の倉庫街の通りを、またしても奇妙な四人連れがコソコソと歩いていた。


 先頭を行くのはふわふわした麦わら色の髪とよく輝くとび色の眸、毛織のシャツに赤煉瓦色のベストを重ねた華奢な体躯の少年――要するにヨーゼフだ。


 すぐ後ろを、赤褐色の巻き毛をふさふさと垂らした十歳前後の少女が来る。手編みっぽい灰色の肩掛けを羽織ってくすんだ赤いスカートを履き、毛糸の靴下に木靴を合わせている。


 さらに後ろを並んでくるのは、スカートが緑であるほかは前の少女とほぼ同じ服装をした肩までの金髪の背の高い少女と、ベストが茶色である以外はヨーゼフと似たり寄ったりの服装をした、背が低くがっしりした体格の短い黒髪の少年だ。


 全員年頃は十歳前後、身なりは町場の富裕な職人か小売り商人の子供らといったところだろう。だれも大金持ちには見えないが、かといって貧民にも見えない。



「ねえヨーゼフ、本当に本当なんでしょうね?」と、赤褐色の巻き毛の少女が尖った顎をツンと持ち上げて言う。濃く反りのある長い睫に縁取られた明るい灰色の眸は、子供ながら自分の美しさを重々承知している感じだ。

「もし嘘だったらあんたが皆に糖蜜キャンディをご馳走するんだからね? 全部あんたのお金でよ?」


「そうそう、クララの言う通りだよ」と、黒髪の少年が加勢する。「《ゼントの地下迷宮》なんてさ! 今時六つの子供だってそんな御伽噺は信じないぜ?」


「うるっさいなあ!」と、前を行くヨーゼフが苛立たしげに振り返る。「お前ら俺が嘘つきだっていうのかよ?」

「そ、そんなことは言わないけどさ」と、金髪のっぽの青白い少女がおどおどと口を挟む。「でもさ、ほら、人間って、つい思わず大げさに話しちやうことってあるじゃない? ヨーゼフもさ、もしそうだったら、今のうちに――」


「なんだよルイーゼ、お前まで疑うのかよ?」と、ヨーゼフは下唇を突き出した。「俺は嘘なんてついていないし、何も大げさになんか言っていないっての。ほんとのほんとに見つけたんだよ。《地下迷宮》への入り口をさ。――ほら、そこだよ。そこの葡萄酒組合の空き倉庫」

「ここ?」と、クララが疑わしげに言う。

「この扉、鍵がかかっているぜ?」

「待ってろ。いま開けてやるから。俺はそういうの大得意なんだよ」

 ヨーゼフは得意そうにうそぶくと、敏捷な小動物みたいに、建物と建物のあいだのごく細い路地へと駆け込んでいった――……

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