第十三章 森エルフの見回り隊 1
「……森エルフの方々、か?」
フレデリカが真っ先に気を取り直して訊ねる。
大鹿がまた一歩足を進めてくる。
よく見れば、少し離れた後ろに、もう二頭同じ動物の影が見えるのだった。
「そうだ。我々はこのイストモス大森林の最奥に住まう森エルフの女王に仕える見回り部隊だ。古い木々がたが報せてくれた。森に踏み入る死すべき者のなかにロージオンの王族がいるとな」
先頭の大鹿の背から高く澄んだ声が答える。
少年とも少女ともつかない声だ。
大鹿が火明かりの際で歩みを止めた。同時にその背から、澄んだ声の主がひらりと飛び降りてきた。
声の印象より背が高い。
女性にしては長身のフレデリカよりやや高そうだ。
体つきはすらりと華奢で、春の若鹿のように長くしなやかな手足をしている。
細く長い首と小さな顔。
火明かりを弾いて艶やかに輝く短い髪は栗色で、キラキラと輝く大きな黒い眸をしている。
着ているのは目の粗い赤茶の毛織のチュニックと同じ色の短マント。
足には革のサンダルを履き、弓と革の箙を背負っている。
――これが、森エルフ……?
アマーリエは拍子抜けた。
耳たぶの先がちょっとばかり尖っているほかは、割と普通の人間みたいな姿である。
--もし男の子だとしたら、ちょっと綺麗すぎるけど。
「……意外と普通だね」
背後でアルベリッヒが小声で囁く。
と、目の前の栗毛のエルフーーおそらくエルフなのだろう――の小さく尖った耳が猫みたいにピクリと動き、黒い目が剣呑に細められた。
どうやら聞こえていたらしい。
視線を向けられたアルベリッヒがびくりとする。
栗毛のエルフは口の端でわずかに笑うと、一同にざっと視線を走らせた。
そして、ガウフリドゥスを見とめるなり、眩いばかりに白い歯を見せて破顔した。
「そなただな、ロオージオンの王族は!」
嬉しそうに言いながら、飼い主を見つけた子犬みたいに小走りに駆け寄ってゆく。
ガウフリドゥスは呆気にとられていたが、すぐに気を取り直したように背筋を正して名乗った。
「いかにもその通りだ。わが名はガウフリドゥス。ロージオンの国王アイストゥスフスの異母弟である。我ら一族の遠い母たる海エルフ最後の王女アナイス・ニレノールの末裔として、汝らの女王に目通りを願いたい。火急の事態なのだ」
王族らしい堂々とした名乗りである。
アマーリエは奇妙な誇らしさを感じた。
栗毛のエルフは黒い眸を細め、ひどく懐かしそうな面持ちでガウフリドウゥスを見あげていたが、名乗りが終わると真剣な面持ちで頷いた。
「分かった。会えるかどうかはわからないが、ともかくも案内はしよう。焔は消してくれ。古い木々がたが怖がる」
言い置くなり踵を返して大鹿のもとへと戻ってゆく。アーデルハイトとアルベリッヒが慌てて火消しにかかる。アマーリエは思わず森エルフの細い背に向けて呼びかけていた。
「あの!」
「何だ?」
「……あなた様のお名は?」
訊ねると、栗毛のエルフはわずかに目を細め、細い首を傾げて答えた。「友人たちはネルと呼ぶ。そなたらもそう呼ぶといい」
焔が消えると暗闇が落ちた。
月がもう低い位置へと傾いで木々の影に隠れようとしている。
ネルが大鹿の傍へと戻りながら小声で何か囁くと、行く手の左右に生い茂る木々のなかの幾本かが、幹の内側から光を放ち始めた。
淡く朧な黄金色の光だ。
その疎らな光の列に縁取られて森の中に路が浮かび上がる。
「エスス、リム!」
ネルが前方で待機している二騎に声をかける。
今まで流暢に操っていた人間たちの北方語ではない、耳慣れない不思議な言語を話している。
ネルはどうやら隊長格らしく、残りの二騎に何か説明する様子だった。じきに話が終わると、ひときわ大きく立派な枝角を持つ赤っぽい体色の大鹿がアーデルハイトのほうに歩み寄ってきた。
「乗れ、女」
背の上から低く深い男の声が命じる。
赤大鹿の騎主はごく淡い長い金髪をひとつに束ねた若い――人間の基準では若く見える男のエルフだった。
「エススだ」と、ネルが短く教え、こちらはアマーリエを促す。「そなたは私と一緒に乗れ。名は何という?」
「アマーリエ・フォン・ヴェルンと」
名乗りながら、ネルの手に助けられて大鹿の背中へとよじ登る。
毛は硬くザラザラとしていた。太くしっかりとした首の下で筋肉が脈打っている。
アマーリエは安堵を感じた。
一〇〇〇年の時を超え、エルフたちと出会い――まるですべてが夢物語のようだが、間違いなく此処は現実だ。
触れれば脈打つ生きた血肉を伴っている。
「発つぞ。他の者たちは走れるか?」
「問題ありません。大層明るいですからね!」と、フレデリカがいつもと変わらない朗らかな声で応える。
「ははははは、ではついてこい。出立!」
ネルがよく澄んだ声で命じるなり、行く手に列なる木々の光が明るさを増した。




