第一章 ゼントの地下迷宮 3
階段は険しく長かった。
ようやくに至った底部も天井が低くて狭い。
大柄ながらも女性であるアーデルハイトと、十八歳の少女としてはやや小柄でやせ型のアマーリエと、男性としては格段に小柄な年寄のヨハンという組み合わせだから問題はないものの、大柄な成人男性が通ろうと思ったら相当苦労するかもしれない。
「ずいぶん細い道を拵えたものですねえ」と、しんがりを来るヨハンが呆れたように言う。
「おとぎ話にある通り、本当にドワーフが拵えたのかもしれませんわね」
アマーリエが冗談交じりに応じると、前を歩くアーデルハイトが意外にも真剣な口調で訊ねてきた。
「ねえアマーリエさま、そういうドワーフやエルフなんていう人間以外の言葉持つ種族は、遠い昔には御伽噺ではなく存在していたのですか? エルンハイムの聖堂では、修練士がたにそういう古い伝承を教えていると聞きますけれど」
「ええ、彼らは勿論存在していたし、今も存在している――と、思います」
癒しの女神ニーファの加護持ちで七歳から十年間を聖堂都市エルンハイムの修練院で過ごしたアマーリエは、学者の卵らしい慎重さで考えながら答えた。
「そもそもドワーフってのは何なのですか? 人間とはどう違うので?」と、アーデルハイトが前から訊ねてくる。
「聖堂の教えでは、死すべき定めの人間の肉体は、《外なる天主》から命じられてこの世に形を与えた《造物主》ユルゲンが土と水から形作ったものだと言われていますの。
その器に、《外なる天主》が光を介して魂を注ぎこまれました。だから、人間は肉体が朽ちると物質界から解き放たれてこの世の外へと還る。
でも、エルフというのはそれとは違う種族で、この世の初めの混沌が自然に生じたとき、水や土や大気が分離するにつれて自然に生じた存在なのです。だから彼らは死にません。少なくとも物質界が存在する限りは」
「なるほどーー」と、アーデルハイトが分かったような分からないような相槌を打つ。「じゃ、ドワーフといいうのは?」
「ドワーフは《造物主》の眷属だった鍛冶神ティバルクが作った種族だと言われています。ティバルクは《外なる天主》の赦しを得ずにドワーフを造ったから、初めは魂を与えられず、ドワーフの始祖たちはずっと地中に埋められていたそうです。
でも、時を経て人間たちが造られたあとで、《造物主》が、自らこそが唯一無二の神だと驕って一部のエルフや人間たちを率いて《外なる天主》に背いたとき、戦いのために、ドワーフの始祖たちにも魂が吹き込まれたのです」
「そうなると、ドワーフのほうは、エルフとは違って、我々人間と同じく死すべき者に属するので?」と、ヨハンが考え考え訊ねる。
アマーリエは頷いた。
「ええ。ただ、ドワーフのほうが、今の人間たちよりもはるかに長命ですわ。彼らは三〇〇年から四〇〇年は生きるそうですから」
「同じように魂が吹き込まれたのに、どうしてそんなに違うんでしょう?」
「もともとは人間のほうが長命だったのです」と、アマーリエはため息交じりに応えた。「でも、人間の体を形作った《堕ちたる造物主》が《外なる天主》に背いたとき、人間の大部分も同じように背いたから、《堕ちたる造物主》が破れて地中深くに封じられた後には、人間たちは今のように命短い種族になったと聞きます」
「……その《堕ちたる造物主》ってのが、昔話によく出てくる《闇の主》とか、《冥王》とか、そういう悪い奴の親玉なんですね?」と、ヨハン。
「そういうこと。《堕ちたる造物主》の叛乱はそのあとにもう一回あったの。その戦いが終わったあとで、言葉持つ種族たちはそれぞれの領域に分かれて暮らすようになった。今から一三〇八年前の《大分離》以来ね」
「一〇〇〇年以上前ですか! そうなると、私たちの領域では、もう生きたドワーフとは会えないってわけですね」
アーデルハイトが残念そうに言う。
ちょうどそのとき狭い通路が終わって、目の前にやや広々とした八角形の空間が現れた。
地上で言うなら小型の礼拝堂みたいな、今までに比べれば天井の高い空間だ。
八つの角に配された八本の柱の頂から弧を描く梁が伸びて登頂で合わさっている。
「ここはなかなか綺麗な場所ですよ」
アーデルハイトが自分の居間を自慢するように言って角灯を高く掲げる。
すると、琥珀色に煙る明るみのなかに、青と金色の顔料の名残が煌めいてみえた。八区画に分かれた天井に星辰が描かれていたらしい。
出入口は正面と右と左の三か所に開いていた。
今出てきたひとつを加えれば四か所だ。
アーデルハイトは迷わずに右手の道を選んだ。