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第八章 謎の怪異 2

「……どうしたの、ガウフリドゥス?」と、ジュニーヴルが戸惑った声で訊ねる。

 若者は泣きながら笑って答えた。


「嬉しいのだ。あの者たちの話が――」と、壁際から珍獣を見るような視線を向けているフレデリカ隊とアーデルハイトを無造作に顎で示す。「あれらの言うことが本当だと言うなら、アヌビルは生きている。そういうことだろう? そうでなければおかしい。私はアヌビルからこのような品をまだ贈られていないのだから」

 ガウフリドゥスは溢れる涙を隠そうともせずに言いながら、黒いマントの下に提げた銀鎖を引っ張り出した。

 鎖の先に鮮やかな青と金の宝玉が輝いている。


 若者はおもむろに鎖を首から外すと、ずいっとばかりにアマーリエに差し出してきた。

「女―-否、未だ来ぬ世から来たったというヴェヌーレスの姫御よ、ご無礼つかまつった。アヌビルの護符をお返しする。姫の名は何というのだ?」

 目元に涙の煌めきを残したまま正面から訊ねてくる。

「アマーリエ・フォン・ヴェルンと」

 アマーリエは戸惑いながら答え、護符を受け取りつつ訊ねた。

「あなたは誰なのですか?」

「先にも名乗った通り、ロージオンの王弟ガウフリドゥスだ。しかし、国元の訛りではジェフリーとも呼ばれる」

 若者はそこで言葉を切り、秀でた眉をよせ、また泣き出しそうな表情で付け加えた。「アヌビルも私をジェフリーと呼んでいた。アヌビルとシグルーンも」


 若者の口から発されたのは、伝承学に通じたアマーリエの耳には聞き覚えのありすぎる名称だった。


 円環山脈のドワーフ王国シャハル・ネアルグの王子アヌビルと、セルケンバイン大公国――のちのセルケンバイン帝国――の女大公アンゲラードに仕える女騎士シグルーン。

 帝国歴の起源である一三〇八年前の《大分離》以前、物質界すべてを支配せんと目論む《堕ちたる造物主》ユルゲンとの戦いのために、人間とドワーフとエルフ、言葉持つ三種族の大同盟を目指すべく、森エルフの女王イムールドのもとへ使者として発ったと伝わる二人組の名だ。


「ええと、ガウフリドゥスどの?」

 アマーリエはおそるおそる訊ねた。

「何だ?」

「今はいつなんですの?」

 一三〇八年前の《大分離》から何年前にあたるのか――と、尋ねかけてハッとする。



 ――《大分離》はまだ起こっていないんだったわ!



 そうなると、いつを基準に年代を計ったらよいのだろう?

 アマーリエが何かいい起点は無いかと頭をひねっていると、

「今は北方の女大公アンゲラードの治世十七年目よ」と、ジュニーヴルが口を挟んできた。

「ありがとうございます」

 礼を述べながら、アマーリエは忙しく頭を働かせて、《大分離》のときのセルケンバインの女大公の治世が何年目だったかを思い出そうとした。


 

 ――たしか三十一年目だったはず。



 すると、今は紀元前十四年。

 一三二二年前の過去世ということだ。



「さて、氏族長がたよ――」

 右手の壁際からフレデリカが口を切る。

 一同の目が一斉に集まる。

 女傭兵隊長は熟練の下級指揮官らしい落ち着きをみせて、居並ぶ氏族長たちをグルリと見返しながら続けた。

「どうやら我らの身の証は立てられたようですし、あなたがたの現状をお話がてら、ひとつ食事でも振る舞ってはくれますまいか?」

「よかろう」と、この場の最長老格らしいヴェヌーレスの氏族長が頷く。「客人がた、我らの地炉を共に囲むとよい。《風の乙女》とロージオンの王弟もな。それから、アマーリエ・フォン・ヴェルンといったか?」と、不意に視線を向けてくる。

「は、はい」

 アマーリエがびくりと応えると、氏族長はわずかに口元をほころばせた。「汝は儂の隣に。同族の遠い孫じゃ」



 促されるままヴェヌーレスの氏族長の右隣に坐るとすぐ、黒髪を一本の三つ編みに編んで苔緑や林檎色の手織布のガウンをまとった女たちがパンの塊と蜂蜜酒の杯を運んできた。平たい大きい円いパンを、ヴェヌーレスの氏族長が手ずから割って一同に回してゆく。


「飲め、わが遠い孫よ」と、氏族長が促す。

 アマーリエは一瞬躊躇ってから角の杯に口をつけた。

 蜂蜜酒はとろりと甘かった。

 嚥下すると氏族長が目尻に皴をよせて微笑した。


「では、まずわたくしどもの現状ですけれど」と、向かい側に坐ったジュニーヴルが口を切る。「未だ来ぬ世から来たった方々は、円環山脈の東方のチャーノス帝国の皇帝アヌー・チャルマンによるこの頃の所業をご存じですか?」

 左側に坐ったフレデリカがアマーリエに一瞥を寄越す。

 伝承学に関してはあんたの出番だ――と、言っているようだ。

 アマーリエは記憶を掘り起こしながら頷いた。

「ええ。チャーノスの皇帝アヌー・チャルマンによる悪行の数々は後世にも伝わっております。死すべき人の身で不死を求め、エルフたちが不死の技を神々から盗んで秘していると主張して、円環山脈の東のエルフたちの住まいを次々と襲撃したのだと」


「その通りだ」と、ジュニーヴルの左隣に坐ったガウフリドゥスが頷く。「円環山脈のすぐ西の人間の領邦、セルケンバイン大公国の女大公アンゲラードは皇帝の野心が種族を越えて広がるのを恐れ、ドワーフの王国シャハル・ネアルグの国王アガラに同盟を持ちかける使者を送った。女騎士シグルーンをな」と、ガウフリドゥスは何故か妙に得意そうに言った。


「そのあとの来歴はご存じ?」と、ジュニーヴルが眉をあげる。


「ええ勿論」

 アマーリエは挑むように頷いた。「シャハル・ネアルグの国王アガラは、人間とエルフの戦いに関わるつもりはないと断じて地下王国の扉を閉ざしてしまったのでしょう? けれど、アガラ王の子息のアヌビル王子だけが事態を重く見て女騎士シグルーンとともに王国の外へと出たのですよね」


「そうだ」と、ガウフリドゥスは頷く。「そして、アヌビルとシグルーンは北方の女大公からの命令を受け、イストモス大森林の森エルフの女王イムールドに、東の皇帝の暴挙を伝えて同盟を持ちかけるべく出立したのだ。そしてわがロージオン王国へと来たった」


「ええと、それは何故?」と、下座からアーデルハイトが遠慮がちに手をあげて訊ねる。

 途端、ガウフリドゥスは凛々しい眉をキッと吊り上げた。

「何故とな? 女、それはこのロージオンの王弟に対する侮辱か?」


「いやいやいやいや王弟殿下」と、フレデリカが慌てて宥める。「忘れて貰っちゃ困りますが、我々はおおよそ一三〇〇年未来からやってきた身でしてね。この時代の常識というものをちっとも知らないのですよ」

「そこのアマーリエ・フォン・ヴェルンは良く知っているようだが」

「お姫さまは例外ですよ」と、エーミールが加勢する。「我々はもとの世界でも平均よりはずっと無教養なしがない傭兵なのです」

「ですから教えてください」と、フレデリカが引き取る。「森エルフの女王を訪ねるために、なぜまずロージオン王国へ向かう必要があるのです?」

「それはわがロージオン王国の初代王サイフリトゥスの妃がエルフだったと伝わるためだ」


「お妃さまがエルフ?」と、アルベリッヒが首を傾げる。「そうすると、ロージオン王国の王族にはエルフの血が混じっているということですか?」


「その通りだ」と、ガウフリドゥスが誇らしそうに頷く。「ゆえに、森エルフの女王イムールドが死すべき者らとの交流を厭って《惑わしの霧》で領域を閉ざしたあとにも、われらロージオンの王族だけは、霧のなかで女王の名を呼ばわればエルフたちの領域へ招き入れられるという伝承がある」


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