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第八章 謎の怪異 1

 狭い地下道に分岐はなかった。


 じきに、美しい装飾を施された八角形の小広間へと出る。

 八つの角からそれぞれ伸びる黄金色の柱の頂から、これも金色に彩られた梁が伸びて頂で合わさっている。

 梁に区切られた天井が鮮やかな青に塗られて、梁よりも鈍い黄金色で星辰が描かれている。


「綺麗でしょう」と、前を行くジュニーヴルが得意そうに言い、銀細工の《鬼火の燈篭》を高く掲げてみせた。

 出入り口が正面と左右の三か所に開いている。

 ジュニーヴルは迷わずに左側へと向かった。


 

 ――ああ、集会堂というのは、未来の市庁舎の位置にあるのね。



 左手の口から伸びる路を少しばかり進むと、すぐに険しい階段が始まっていた。

 登った先に木製の扉が嵌まっている。

 ジュニーヴルが拳で扉を叩くと、すぐに外から開いて、暖かく赤らんだ火明かりと松脂の臭いが流れこんできた。


「ジュニーヴルさま、幾度も歩かれてお疲れではないか?」

 火明かりの向きから気づかわしそうな男の声が言う。


 ガウフリドゥスだ。

 松明を手にしている。


「大丈夫よ。わたくしはそれほどお婆さんではないの。――おいでなさい、薬師どの」

 促されたアマーリエは無言で地下道から外へ出た。


 木製の柱の立ち並ぶ回廊のようなどこかだ。

 石張りの中庭の向うに一対の篝火が見える。


「女、着いてこい」と、ガウフリドゥスが顎で促す。

 アマーリエは無言で従った。

 後ろからジュニーヴルが、相変わらず殆ど足音を立てずについてくるのが分かった。



 一対の篝火の左右には、滑らかな茶の地にクリーム色の斑の散った美しい鹿皮をマントのように羽織って頬に大青で模様をえがいた戦士と、なめし皮のマントの襟元に黒光りのする烏の羽を飾って額に赤土で模様をえがいた戦士が、それぞれ槍と長弓を手にして居並んでいた。


「二人ともご苦労様。これが最後よ。扉を開けて頂戴。たびたび手間をかけるわね」

 ジュニーヴルが銀無垢の鈴を振るような声でねぎらうと、鹿皮マントの若い戦士が頬をさっと紅潮させ、

「勿体ないお言葉でございます」

 と、上ずった声で応じるなり、両開きの扉を叩きながら呼ばわった。


「長がたよ、《風の乙女》がお戻りです! 扉をお開けください!」


 数秒おいて、重たげな樫の厚板の扉が内側から開く。

 そして重々しい男の声が響いた。


「《乙女》よ。入られよ。ロージオンの王弟と、最後のお客人もな」




 扉の内側は暖かかった。

 縦四丈〈約12m〉、横二丈ほどの、天井の高い長細い広間だ。

 真ん中に大きな地炉が掘られて、林檎の丸太がくべられて赤々とした焔をあげている。

 焔を囲んで七人の男が坐っている。

 殆どが白髪の老人たちで、みな顔に様々な文様を描いている。

 火からやや離れた左右の壁に懐かしい面々が立ち並んでいた。


 フレデリカとハインツ。アルベリッヒとエーミール。それに勿論アーデルハイトだ。

 みな武器をとりあげられ、それぞれが二人の戦士に挟まれている。


 

 ――みな無事だったのね!



 アマーリエは内心で歓喜の叫びをあげた。

 五人もアマーリエを認めると歓びと安堵の入り混じった表情を浮かべるのが分かった。


「さて若い客人よ――」

 アマーリエから見て正面に坐った頭付きの狼皮のマントの老人が口を切る。

 髪も長く髭も長い。

 雪のように白いあごひげの垂れかかる胸元に、狼の牙を連ねた首飾りをかけている。

 ヴェヌーレス氏族の長だわーーと、アマーリエは検討をつけた。



 ――つまり、わがフォン・ヴェルン男爵家の遠いご先祖様ってわけね。


 

「ほほう」と、老人がフサフサと長い片眉をあげる。「すると、汝はわが遠い子孫というわけか」


 アマーリエはぎょっとした。

「――心が読めるのですか?」

「どの天主の加護から知らぬが、近しい血族の心は、時としてな。――ああ、もう読めぬよ。汝が儂を警戒し始めた時点で読めぬ。しかし方々、これでひとつ確実なことが分かった」

 と、老人――ヴェヌーレスの氏族長が、焔の周りの同輩たちをぐるりと見渡して告げる。


「この娘は間違いなくわがヴェヌーレスの血族だ」


「つまり、あの者たちの話すことはすべて本当だったと?」と、鹿皮の氏族長が愕きの声をあげる。

「儂はそう思う」

 ヴェヌーレスの氏族長が重々しく頷いたときだった。


 不意に、アマーリエの背後から堪えかねたような嗚咽が聞こえた。

 ハッと振り向くと、ガウフリドゥスが端正な顔を歪め、肩を震わせ、口元を抑えて、涙を零しているのだった。


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