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第七章 風の乙女 1

 亜麻色に枯れた冬草はアマーリエの丈より高かった。


 草地を抜けると目の前に四角い土の広場が現れる。

 一片一〇(ルーデ)〈約30m〉ほどの土を踏み固めた広場だ。左手に大きな厩があって、かなりの数の馬が繋がれている。


 そして、目の前には、樹皮をつけたままの丸太を組んだ二層の櫓門がそびえていた。

 左右に伸びるのは逆茂木の柵だ。

 美しい銀灰色の石積みのゼントファーレンの市壁とは似ても似つかない。


 柵の根元には幅二丈はありそうな空堀が掘られていた。跳ね橋をあげた門前に二人、露台に四人もの門衛が並んでいる。

 門衛たちはみな頭付きの灰色っぽい狼の毛皮をマントのように羽織り、長弓を手にして背には箙を追っているのだった。

 髪はみな黒っぽく、全員が髭を生やしている。


 入日を背にした彼らの姿は戦士の彫像のようだった。


 アマーリエが七歳まで育ったミッテンヴェルンの父の城――南部地方きっての《旧き剣の貴族》の誉れ高いフォン・ヴェルン一族の地下墓所の壁に描かれた、《大分離》以前の古代氏族時代の戦士たちのようだ。

 緊張しながら掘割の手前まで近づいたとき、アマーリエは自分がそんなことを思った要因に思い至った。


 狼マントの門衛たちはみな頬に赤土で渦のような模様を描いているのだった。


 南部の古代氏族の戦化粧だ。



 ――あの化粧は、たしか……



「ヴェヌーレス氏族」


 アマーリエ自身が属するフォン・ヴェルン一族の祖である氏族名を思わず口にするなり、露台の上の門衛の一人が太く鋭い声をあげた。



「いかにも吾らはヴェヌーレスの者、《風の乙女》のお求めによりこの大河ゼンテスの渡し場を守護しておる! 汝らは何者か! 見たところすべて命短き人の子のようだが、北方の女大公からの使者か!?」



 門衛の言葉は古風だった。

 語彙というより発音が古風だ。

 アマーリエは確信した。 


 この場所は過去だ。


 一三〇八年前の《大分離》以前、定命の人の子と命長きドワーフ、そして不死なるエルフたちが混在していた古代のゼントファーレンだ。



「隊長殿、此処はたぶん」

 前に立つフレデリカに小声で囁きかけると、女傭兵隊長はちらりと振り返り、分かっているという風に頷いてから、門衛たちに向き直るなり、よく徹る澄んだ声で応えた。


「いかにも吾らは使者だ! 汝らを呼び集めた《風の乙女》に御目通り願いたい!」


「使者ならば証を示せ!」


 フレデリカが口ごもる。

 アマーリエは一瞬躊躇ってから、銀鎖に提げた護符の石を外して持ち上げながら声を張り上げた。


「此処にございます! これなる護符ははるかに東方、円環山脈に秘められしドワーフの王国、シャハル・ネアルグの王子アヌビル殿下にゆかりの品です! 我らはこの品を託されてまいりました!」

 誰から誰に――とは敢えて言わず、ぎりぎり本当のことだけを伝える。


 途端、門衛たちがざわめいた。

 感嘆でもなければ疑いでもない。

 明らかに動揺している。


 アマーリエは狼狽した。



 --え、これどういう反応なの?



 露台の上の門衛たちはそのまましばらく頭を寄せ合って何か話し合う様子だったが、ややあって一人が姿を消したかと思うと、もう一人、他の四人よりも背の高い黒いマントの男を伴って戻ってきた。


「そこなる女!」と、黒マントの男が露台から呼ばわる。「そなた、その護符とやら、シャハル・ネアルグの王子当人から託されたのか?!」


 声はまだ若そうだった。

 アマーリエは一瞬口ごもってから、

「はい、その通りです!」

 と、応えた。

 黒マントの男は無造作に頷くと、

「開門を」

 と、短く命じた。



 ギイイ――と軋んだ音を立てて跳ね橋が降りてくる。

「客人がたは外で待たれよ! 私がそちらへ行く!」

 濠に橋が架かるなり、黒マントの男がツカツカとした足取りでこちらへ渡ってきた。


「アマーリエ、ハイジ、動かないでね」

 フレデリカが背の後ろにアマーリエとアーデルハイトを庇う。左右にエーミールとハインツが、しんがりにハインツがすっと移動する。


「女、その護符とやらを見せろ」


 フレデリカの肩越しに、男がアマーリエを睨みつけてくる。


 黒髪と浅黒い膚に似合わない明るい琥珀色の目をしている。

 鼻筋の細く通った、息を呑むほど端正な顔立ちをした男だ。


 アマーリエは場合にもなく一瞬だけ見惚れ、次の瞬間、奇妙な苛立ちにかられて言い返していた。

「その前に、あなた様は何者ですの? お顔立ちもご装束もヴェヌーレス氏族のようには見えませんけれど」


 顎をあげ、妙に挑発的な気分で訊ねる。

 男は一瞬ひどく意外そうな顔を――兎か小鳥に口をきかれた人間のような顔をしてから、眉間にしわをよせ、心底不本意そうに訊ね返してきた。

「アヌビルを知っているのに、この私を知らないのか?」

 端正な造作に似合わない拗ねた子供みたいな口調だ。


 左隣のアルベリッヒが眉をあげて囁いてくる。「アマーリエ、こいつ結構餓鬼だよ、たぶん」

「ええそうね。私もそんな気がしてきたわ」


 同い年のアルベリッヒとひそひそ声を交わしていると、男はさらに焦れたように吊り上げて怒鳴った。

「とにかく護符を見せろ! それから、私はロージオンのガウフリドゥスだ。ロージオン国王アイストゥスフスの異母弟だ。王弟ガウフリドゥス! 覚えておけ!」

 苛立ちも露わに言いながら、アマーリエの掌の上の護符を覗き込んでくる。

 艶やかな黒髪に覆われた頭がすぐ目の前にくる。

 松脂油と汗の入り混じった独特の臭いがした。



「――本物だな、どうやら」

 男――ロージオンのガウフリドゥスは口の中で呟くと、顔を上げ、つくづくと目の前の一同を見てから、腹を決めたように頷いた。

「みな入れ。《風の乙女》に引き合わせる」

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