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第五章 再び迷宮へ 2

 三日後――


 アマーリエは、いつかの逃亡の夜と同じように、眠り続ける少年ヨーゼフから借りた毛織のシャツと半ズボン、毛糸の靴下と革長靴という恰好で、古びた灰色っぽいマントを羽織って、埠頭地区近くの倉庫街へと続く暗い街路を歩いていた。


 月のない夜で、狭い青黒い夜空に大理石の切り屑みたいな細かな星が散らばっている。

 女傭兵フレデリカと並んで先頭を行くアーデルハイトの手にする角灯(カンテラ)の燈だけが唯一の明るみだ。



「――女隊長(シェフィン)、このような街中に、本当に地下迷宮への入り口があるのか?」

 背後からくぐもった小声で訊ねるのは、アマーリエの押しかけ婚約者のシャルル・ド・ベルナールだ。声がくぐもっているのは、石化の病が《ドワーフの呪い》だとはまだ完全には信じ切っていないゼントファーレン市参事会からの通達で、施療院の隔離病棟から出るときに、鳥の嘴みたいに尖った革製のマスクを顔に被せられているためだ。

 ちなみに、アマーリエとアーデルハイトと、ついでにフレデリカ隊十名も、全員が同じマスクを被せられている。


 住民のパニックを防ぐために暗い狭い夜道をこそこそと急ぐ嘴マスクの十三名!


 万が一、物陰から目撃する人物があったら、きっと新たな夜の怪物の伝説が生じることだろう。


「勿論ございますとも」

 フレデリカに代わって不本意そうに答えたのは地図作成者のアーデルハイトだ。「埠頭地区の風神殿の祭司長さまのくださった地図では、市内に六ケ所と市外に一か所、合計七か所の入り口がございました。この倉庫街からの入り口が、一番目立たないんでございますよ」

「ハイジ、ちょっと静かにしてよ」と、傍らのフレデリカが小声でいさめる。(ちなみにハイジはアーデルハイトの愛称である)。

「後ろの若殿も、一応は内密の任務なのですから」

「あ、それは相すまぬ」と、騎士は素直に謝った。

 存外悪い人ではないようだ――と、アマーリエは内心で思った。


 傭兵――しかも女傭兵に対して丁重な態度を崩さない騎士階級の男というのはなかなか珍しい。



 --もしもあの冤罪事件がなかったら、わたくしは今頃このシャルルどのの妻になっていったのかしら……?



「――さて方々、いよいよ到着ですよ」

 微かな笑いを含んだフレデリカの声とともに前を行く角灯の燈が止まる。

 見れば、すぐ右手の斜め前に、いつか見た通りの倉庫の扉が立ちはだかっていた。

「フレデリカ、ちょっと火を頼むよ」

 アーデルハイトがフレデリカに角灯を渡し、腰の巾着から大きな鍵を取り出して扉の閂を外す。

 ギーっと軋んだ音を立てて重い扉が開くと、相変わらずの濃い埃の臭いが流れ出してきた。

「皆入ったね? アルベリッヒ、扉を閉じてくれ」

「はい隊長殿(シェフィン)

 最年少の傭兵のアルベリッヒが扉を閉じるのを待って、フレデリカは自分のフードを外すと、革の嘴マスクを抜き取るように外して、短い金髪の小さな頭を露わにして笑った。

「ああ清々した。皆も外すといい」

「いいんですの、隊長殿?」

「いいんだよ。市参事会からのお達しでは《街路では必ず着用》ってことだったし」と、フレデリカが軽く腰をかがめ、アマーリエの顔を覗き込んでくる。「それにあんたの見立てでは絶対疫病ではないんだろ?」

「ええまあ、そうですけれど」

 アマーリエはちょっとばかり極まり悪く答えた。

 正面からこうして薬師としての技能を褒められるのは何となく気恥しい。


「さて、では参りますか。《ゼントの地下迷宮》へ」

 アーデルハイトがいつかの夜と同じような口調で言う。

「レオン、ハインツ、扉を開けてくれ」

「はい隊長殿」

 大柄な傭兵二人が地下扉の取手を引き上げる。

 するとまた険しい階段が現れた。

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