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第六話:図書館の悪夢

 一樹がヘイムガルドに来てから一週間が経とうとしている。

 二日前からはロイドとの相部屋から離れ、多少の整理をした倉庫の隅で過ごしている。ロイドは気にしないと言っていたのだが、せっかくの個室にいつまでもいるわけにもいかない。

 男にはいろいろあるのだ。同じ男の自分が言うのだから間違いない。

 そして今一樹は図書館で世界地図と睨めっこしている。


「えーと、ここが首都だろ? で、ヨルダム平原がここ、と。あんまり離れてないんだなぁ」


 司書官からもらったパンをこぼさない様にしてがぶりとかぶりつく。中に入っているレーズンの仄かな香りが、胃袋を刺激する。

 本来は飲食禁止なのだが、ここ3日ほど朝から晩まで図書館に入り浸ってろくに食事もとらない一樹が心配だと、司書官に先ほど無理やり渡された。

 非常にありがたかった。

 食事をしなかったのではなく、食事ができる時間帯がよくわからないで食べなかっただけなのだ。

 パンを少し千切って、足もとにいるダイナに分ける。

 ダイナは転がったパンを前足で器用に挟み、がっつき始める。


「はは、本当によく食べるなぁこいつ。本当にドラゴンかよ」


 一樹はそう言って、世界地図を閉じる。脇に山と積んである分厚い本からドラゴンの生態書を取り出し、ぱらぱらとページをめくっていく。目的のページに差し掛かり、指で止める。

 本は漢字など当たり前のように使われておらず、一樹は隣にはこの世界の言語表を備えている。

 言語表はリィナがわざわざ作ってくれた。最初は隣に座ってよく翻訳してくれていたのだが、やはり騎士としての仕事もあるようで、変わりに置いていったのがこれである。

 そのかいあってか、難しい字はいまだ解読できないが、頻出文字はある程度理解できるようになってきた。

 そうして当たり前のようにぶち当たる疑問。

 なんで自分はこの国の文字は読めないくせに言葉を話せるのか。

 ロイドに相談したところ、曰く“この世界来るときになんかあったんじゃね”らしい。

 そんな単純な話なのだろうか。


「ドラゴンとの初遭遇はバルディア歴千八百六十二年、六月二十四日とされている。腹部を除く全身が強靭な鱗で覆われており……。うわー、難しい本読んでるね」

「うわっ!!」


 一樹は口から心臓が出るのではないかと思うほど、心底驚いた。

 危うく椅子ごと倒れこむところだったが、なんとか踏みとどまった。

 一樹の横で、リィナは前かがみになり、くりくりとした碧眼できょとんとした顔になっている。

いきなり登場するだけでも驚くというのに、肩越しに朗読されるとは思わなかった。

 荒れる心臓をなんとか落ち着かせる。


「カズキ君、いまびっくりしたでしょ」

「ははは、何をばかな。リィナが背後から気配を消して近寄ってきただけで驚くなど」

「叫んだくせにー」

「うぬ……」


 リィナは椅子を引いて、ぺたんとそこに座り込む。

 足もとにいるダイナに膝の上へ来るようアピールするが、当のダイナはそれを無視して黙々とパンを咀嚼している。


「ちぇー、やっぱり懐いてくれないかぁ。それで、ニホンについて何か分かった事あった?」

「いや特にないかな。俺のいた世界の情報は一旦諦めて、ダイナのことについて調べてる」

「だからドラゴン生態書をこんなに見てるんだ。ちょっと貸して」


 伸ばされた手に、読みかけの本を渡す。

 リィナは小言で朗読している。黙って読むことができないのだろうか。

 小難しいことをかみ砕いて本に書いてあることを要約すると、ドラゴンは成長の過程で鱗の色彩が変化する。個体により幼少時に違いはあるものの成体になると雄が黒、雌が赤くなる。

 さらに、年を追うごとに好戦的な性格が顕著に現れるが、幼少時でも親以外の他の生物には攻撃を仕掛けることも記されている。そのせいで研究者や軍隊、たまたま縄張りの近くを通っていた行商人がいくつも壊滅させられている。

 ベビードラゴンの保護も過去に何度も行われているが、その全てが暴れだしたベビードラゴンの手によって挫折している。


「そこに積んである本全部似たようなことしか書かれてないよ。どれも正しいってことが分かるけど、ダイナには当てはまらないんだよなぁ……」

「すっごい大人しいもんねダイナちゃん。そういえば研究室の人たちは、接触してきたの?」

「監視下に置かせてくれとかはちらほらあった。でも、ゼネットさんが研究者の人に呼び掛けてるらしくて、そのおかげでこの程度ですんでるのかもしれない」

「ゼネットさんが?」

「ああ、研究者の人が言ってたから間違いじゃないと思うけど」


 それに、と一樹は付け加える。


「ベビードラゴンでも挫折させることはあったらしいしさ、下手に手を出して台無しにされるほうが怖いだろうし」

「そっかぁ、そういう考えもあるんだ……」

「でもこれは推測だからな、推測。信じるなよ?」

「でもたぶんそれ当たってるよきっと!」


 リィナは本を閉じて山へと戻す。


「そういやリィナはなんでここに?」

「あ、そうだった。えっとね、ガロンさんがカズキ君とロイド君を探してるから、それを伝えにきたの」

「ガロンさんが? なんだろ……」

「ロイド君はさっき会って伝えたから、残りはカズキ君だけだよ。遅い方はげんこつだって」

「は!? なんだそれ!」


 一樹は椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。ダイナは難なくその動きを避け、一樹の顔の高さまでゆっくりと上昇し始める。


「こうすれば皆早く集合するってガロンさんが提案した、」

「じゃなくて! ロイドにはさっき伝えたって……」

「うん、伝えたよ。それがどうかした?」


 リィナは小鳥のように首をかしげる。

 もはやスタートの時点でロイドに負けているではないか。しかし今さら慌てて走り出したところで間に合うわけもなく、仕方なく一樹はゆっくりいこうと心に決めた。

 本を数冊持ち上げて、元あった場所へと戻していく。


「あれ、貸りないの?」

「これ全部貸し出し禁止」

「ホントだ。じゃあ私も片づけるの手伝うね」


 残っている本をリィナは手慣れた手つきで本棚へと戻していく。

 一樹はこれから殴られることを心配しながら、ダイナを呼び寄せる。あんまり痛くないことを祈ろう。

 そうしてリィナと一樹が本をすべて片付け終わったとき、図書館の扉がゆっくりと開けられていく気配がした。無意識にその扉のほうへ視線を動かせば、リィナと同じく後ろで髪を結えている女性と目が合った。

 結えているというのに燃えるような色をした赤髪は腰まで伸び、全体的に細い体からは大人の雰囲気が漂っている。お世辞なしで美人だと思う。着ているものも朱色と黒色を基調にした色合いの衣装である。


「あら、リィナじゃないか」


 その女性はリィナに親友のように片手をあげて挨拶する。


「こんにちわ、ヴィオラさん」


 リィナは軽く会釈をする。


「えっと、知り合い?」

「うん。一から三番隊までの戦術指南してる先生だよ。すっごい強いんだから!」

「だからぁ、それは買いかぶりすぎだって」


 それから、とリィナは小声で一樹に耳打ちする。


「ロイド君の好きな人」

「へー……、好きな人。―――え?」

「こらー、聞こえてるぞー。それに、ロイドは無類の女好きでしょうが」


 ヴィオラは扉を閉めてリィナのもとへ歩み寄ってくる。

 ロイドが女好き、というのは初耳だった。意外だな、と思う反面、あぁやっぱり、という納得もある。


「ヴィオラさんも調べものですか?」

「そうだよ。ちょっと明日までに調べたいものがあってね。――ところで、そこの坊やは……」

「あ、そういえばヴィオラさんは初対面でしたよね。彼は、」

「ドラゴン坊や、だろ? 噂には聞いてたけど、本当に懐かれてるんだね」

「俺のこと知ってるんですか?」


 一樹はダイナと自分を交互に見比べているヴィオラに尋ねた。


「噂程度には、ね。ベビードラゴンといつも一緒にいることや、異世界からの訪問者とか、リィナの彼氏とか、」

「……えっと、ヴィオラさん、でしたっけ?」

「ん、なんだい? 何か間違ったこと言った?」


 言いました。しかも聞き流すことのできないレベルのことを。

 そのことを反論しようとしてため息交じりに口を開いたら、


「かっ、かか、彼、彼氏じゃありませんっ!」


 トマトのように顔を真っ赤にしてリィナが叫んだ。言葉だけでは表現が足りないと思っているのか、両腕をぶんぶん振りまわす。

 実際彼女でも彼氏でも何でもないのだが、そこまで力一杯否定されるとなんか悲しい。

 それをみたヴィオラは、悪魔のような笑顔になった。これはいじることが可能な限りいじり通そうとしている者の笑顔だ。


「あれ、でもある筋の情報だとリィナは基礎訓練の最中この図書館をチラチラ見てるって聞いたんだけどなー」

「そ、それはカズキ君が困ってないか心配で……」

「しかも、今はこの図書館の中で二人っきり。馬にも仲良く二人で乗ったとも聞くし、今のさりげない耳打ち、奥手に見えて、実は積極的なんだねぇリィナは」

「だっ、だから違いますってば!」


 リィナはもはやヴィオラに掴みかからんとする勢いで反論する。

 それを見ているとなんだか加勢して反論するのがバカバカしく感じられて、一樹は本日二回目のため息を吐いた。


「あははっ、分かった分かったって。リィナとドラゴン坊やはただの友達。これでいいんでしょ?」

「……うう…ヴィオラさんのいじわるぅ…」


 さんざんリィナで遊んですっきりしたヴィオラは今度は一樹のほうを向く。

 今度のいじめの対象は自分なのだろうかと身構えていると、ヴィオラは手を差し伸べてきた。


「ヴィオラ・エルゼンリートだ、よろしくねドラゴン坊や」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 手を握り返して、思う。指先まで冷たい。今日は別段暑いわけでもなく寒いわけでもないのに、なぜそんなに冷たいのか。冷え症なのだろうか。

 視線を感じるから顔をあげてみれば、ヴィオラは一樹の顔をまじまじと見つめている。その眼には冗談はなく真面目な光を放っている。


「同じ……? けど…」

「え?」

「! あ、いや、なんでもないよ」


 そう言って握手をやめた。

 ヴィオラはもはやエネルギーが尽きたリィナに再び向きなおり、


「いやー、一番隊のやつらも二人みたいに可愛げがあればいいんだけどねー」

「可愛げでいじられてちゃ身が持ちませんよ~……」

「一番隊の人たちとかにリィナみたいな人とか居ないんですか?」

「あいにくね。笑えって命令しないと笑わないんじゃないかね、あいつらは。あ~あ、訓練したくない」


 そのセリフは先生としてどうなのだろう。


「ま、世間話はこれくらいにして。ドラゴン坊や達はなんで図書館にいるんだい?」

「ダイナ、あ、このベビードラゴンの名前なんですけど、こいつの生態とか、俺のいた世界について調べものしてただけです」

「へぇ。で、何か分かったかい?」


 一樹は首を横に振る。


「なにやら大変そうだね……。ま、なければ探せばいいだけなんだから、挫けずにがんばりな」


 ヴィオラは乱雑に一樹の頭をわしゃわしゃとかき回す。

 その笑顔には心の底から応援しているような、そんな表情が見て取れたような気がした。


「はい。また明日も探してみます」

「うん、その意気が大事だよ。ほらリィナ、彼氏が前向きなんだからあんたも前向きになりなって」

「だーかーらーあー、彼氏じゃないですってばー」


 ヴィオラが笑い、つられて一樹も笑う。

 それに反応したリィナは、


「むー、なんでカズキ君も笑うのさ」

「いや、つられ笑いだって。あるだろ?」

「あるけど、ここでしなくたっていいじゃない!」

「まぁまぁリィナ、そんなに否定するとドラゴン坊やが可哀想じゃないか。いくら嫌いでもそれは駄目だ」

「べっ、別に嫌いなわけじゃ……」

「じゃあ好きなんだ」

「! ――ちがっ!」


 小学生か、と突っ込みたい気持ちを抑えて、一樹ははっと気づく。

 ガロンの呼び出しに完全に遅刻した。

次は明日の9時くらいに上げれると思います。

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