第十六話:戦いの白黒
リィナとシュウ、ロイドの三人は魔物を囲むようにして位置取っている。
魔物の動作をいち早く察知でき、なおかつこちらの攻撃が当たる場所がベストだ。その場所を三人がじりじりと探しているように見える。
「……なかなか、攻撃が当たらないものですね。私の攻撃も、当たらなければ意味のないものですし、そちらも私には意味はない」
瞼をとじ、口元に余裕のほほ笑みを見せながら、魔物はつぶやいた。
「じゃあ、そろそろ俺たちの攻撃当たってくれないかねぇ。そうすりゃ勝負がつく」
ふん、と魔物は鼻で笑う。
シュウは魔物とロイドが話している隙に、リィナのそばに近寄る。
「リィナ殿……、戦いに巻き込んでしまって申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。望んで巻き込まれたんで」
「それで、このような願いをするなど間違っていると重々承知していますが、魔物の攻撃が来ないよう気を逸らしていただけませんか? この戦いを、終わらせたい」
考える時間すらももったいないと、リィナは即座に頷いた。
それを確認したシュウは深く頭を下げると元いた位置にもどり、僅かに魔物と距離を取り始めた。
そうとも気づいていない魔物とロイドは、
「では、そろそろ地にひれ伏していただく」
「へっ、願い下げだね!」
ロイドが標準を合せ、魔物のこめかみに向かって引き金を引く。同時、地に這うほど重心を下げたリィナが霧状の攻撃を躱わしながら突進する。
無論、攻撃が効かないことを二人は知っている。
魔物は弾丸の動きを腰を回しただけで受け流し、ひねった体を戻しざまにリィナの右頬に鋭く湾曲する爪を合わせる。
鈍い音。
「――貫いたと思ったのですが……。おや?」
剣の付け根で爪の攻撃を防いだリィナは、魔物の目線が自分にないことに気づく。
「そのエンブレム――、なるほど、貴方方は王国騎士団の所属でしたか。どおりで多少骨があるわけだ」
「騎士団を知ってるの……?」
リィナは両足に力を入れ力負けしまいと踏ん張る。しかし力負けは一目瞭然で、魔物の爪が頬に触れ始めている。
「直接的な関わりは貴方方が初めてですが……ふむ。あのお方の言ったとおりだ」
「? あのお方?」
「あぁ、気になさらないでください。ここで散る貴方方には関係のない話です」
さて、と魔物は体勢を整える。右腕が細く短くなり、代わりに左腕が太く、長さを増していく。
「!?」
「ふふ、私が霧状の身体をしていることを忘れたのですか? 姿かたちなど、如何様にも変えられる」
リィナが後方に飛び退る。
が、魔物の爪が足を捉えた。
鋭く走る足の痛みに顔をゆがませたリィナは、バランスを崩しながらも地に手をついて転倒するのを防ぐ。
ロイドは補助するように、弾丸を二発魔物の両足と顔に向けて放つ。外した。
「あーくそっ! ちょこまか避けやがって!」
岩陰に隠れて悪態を吐くロイドに、腹を押さえながら一樹が近付く。
「ロイド……話を聞いてくれ」
「あぁ? 今そんな場合じゃねぇだろ! ったく、シュウも手助けしないで何やってんだ」
見れば、シュウは最初の位置から動いていない。片膝を地について、何かをぶつぶつと呟いている。
「シュウさんは何か考えがあるんだと思う。それより、あの魔物の弱点を見つけたかもしれないんだ」
一樹の話をまともに聞かずに魔物に発砲していたロイドの手が止まる。
「――なんだって?」
「だから弱点だよ。あいつの行動が、ずっと気になってたんだ。攻撃も回避も、どこか一貫性があるんだ」
「………どこだ?」
「ロイドの弾にあって、リィナとシュウさんの武器にはないもの。つまり――」
ロイドの関心が一樹に集中する。しかし、それを見逃す魔物でもなかった。
何かをしかけようとして話している二人、ロイドと一樹の真正面に、リィナを弾き飛ばしながら距離を詰めてきた。
銃の欠点。
装填の時間と、抱き合えるような距離。
あまりにも単純で、あまりにも絶望的な欠点。
「そこの少年は一般人ですか。あなたも美味しそうですね。楽しみが増えましたよ」
ゆらりと魔物の太く長い右腕が持ち上げられる。
「カズキ! 避けろォ!」
がむしゃらに飛んだ。
訓練したものとしていないものでは動きが違う。それは咄嗟の動きによく現れる。一樹は自分では間髪入れずに飛んだつもりだった。だが戦闘慣れしているものからすれば、確実にあった”硬直”。
魔物はその硬直に合わせて、一樹の胴体を狙おうと思えば狙えた。
だが魔物はあえてそれをせず、爪を右の太ももにわずかに食い込ませた。
「っくあ!」
「そんなに怯えなくてもいいですよ。そうそう、貴方もさきほどから邪魔をしてくれましたよね」
魔物は右腕を、その馬鹿みたいにぶっとい右腕を力任せにロイドへと振るった。
ロイドはその拳を銃で受けると同時に後ろへと跳躍する。それでも殺しきれなかった威力が、頭へと伝わる。地面を転げざまに、なんとか魔物に向かって標準を合わせる。
リィナもいつの間にかロイドのもとへ戻ってきていた。膝をついていたロイドの隣に立つ。
「許さない……。もう怒ったからね、私」
「怒ったからどうしたというのですか? 攻撃が効かないのはあなたが一番知っているでしょう――っ!」
魔物は身をのけぞりながら後方へ跳躍した。
四人の視線が集中している場所で、リィナは切っ先を魔物に向けている。その身に似合わぬ剣を、業火に燃やしながら。
「――炎の魔法、ですか。まだ手を隠していたとは人が悪い」
「あいにくね。本当は使う気なかったけど、覚悟してもらうからっ!」
リィナは再び魔物に切りかかる。
それを受けまいとして魔物は身体を霧状に戻した。
「おいカズキ、大丈夫かっ!?」
「あ、あぁ。なんとか……ってー、切られちまったかぁ」
ぱっくりとひらかれた服を見ながら、一樹は傷を見る。傷自体はそんなに大げさなものではなかった。防護服が役に立ってくれた。
ロイドが安堵の息を吐く。
「にしても俺の武器にあって、あいつらの武器にないもの、か。――あ」
「分かったのか?」
本当に大丈夫かな、といった目つきでロイドを見る。
ロイドの思いつくことだから心配である。
「カッコよさ、だな」
「違う!」
まくしたてる様に一樹は大声をあげた。が、叫ぶと傷口が痛い。
「分あってるよ。冗談だ冗談、そうか――じゃあシュウはあそこで機会を練ってるってわけか」
「呟いてるのをやめてるから、あとは隙を窺ってるだけだと思う。やれそうか?」
そう尋ねてくる一樹に、ロイドは拳を出して親指を立てて笑った。
「俺を誰だと思ってやがる。しかもこれは、以前一度だけやった事ある技だ。驚くこと請け合いだぜ」
それだけ言うとロイドはシュウと真正面の位置に走って行った。
目指すは魔物とリィナを中心に、直線状に並ぶ位置。
一樹は復活したダイナに心配そうに眺められながら、袋の中から荷造り用の縄を取り出し、足の付け根あたりできつく縛った。
ダイナの頭をなでる。
「大丈夫だダイナ。もうちょっとで、終わる」
そう言って一樹も立ち上がり、手頃な岩によじ登り始めた。
リィナは足の傷を思わせないほど、果敢に攻めている。
先ほどまであえて避けることをせずに剣戟を受けていた魔物は、横薙ぎの一撃を寸でのところで避けていく。
霧状になり、移動したところで人型になるのを繰り返している。そしてそのリズムもリィナはとらえ始めていた。
「っく――!」
段々と避けることが難しくなってきた魔物は、舌打ちをする。袈裟掛けを受けずに、避ける。
反撃をしようと体を動かせば、それより早く炎の刃が煌めく。
リィナは真紅に燃え盛る炎の照り返しにその身を焙られながら、それでも攻撃の手をやめない。
魔物の首を狙う太刀筋を放とうとしたときだった。
「ダイナァ! 行っけぇぇぇぇ!」
三メートルを超す巨岩の上で、一樹が天を仰いで指さしていた。その遥か上空に、その身を全力で上昇させていくダイナがいた。
魔物とリィナの視線が揺らぐ。
シュウが駆け出し、ロイドが笑った。
「リィナ、袋!」
ロイドは叫んだ後短く何かを呟き、光る指先で引き金を引いた。
一樹とダイナの奇行に目を奪われていた魔物だが、乾いた音で再び意識を戦場へと戻した。迫る弾頭部をよけようと、全身を霧状に変化させていく。
それより早くリィナが握り拳ほどの大きさをした袋を宙に舞わせる。
弾頭がその袋を突き破っていく。黒い微粒子が散布する。
「はっ!」
剣の炎を爆ぜさせた。
黒い微粒子はその身を煌めかせ、
爆音。
閃光弾ではない。焦げ付くような火薬の匂いをまき散らしながら、一瞬の間をおいて起こる、誘爆。
誘爆の炎は嘘のようにリィナをあぶらず、仇とでもいうように魔物を炎の達磨へと変える。
「があああぁぁぁぁぁぁっ!」
全身を炎に包まれ、全身を掻きむしる魔物。
それを直接的に引き起こしたリィナが一番驚いている。しかしそこから油断を見せるわけにもいかないと、リィナは再び刀身に炎を宿らせる。袈裟掛けに剣を振り下ろす。
「っっっ!」
もはや霧状になれないのか、それすらも忘れていたのか、魔物はリィナの太刀筋をまともに受けてしまっていた。
しかし、それでも膝をつかない。
巨大な右腕を、力任せに振るおうとした。
「リィナ殿、横へ!」
シュウの声だった。
言われるがままリィナは横へ飛びのく。
魔物は狂気の宿る視線を背後のシュウへと向けた。手を伸ばせば届きそうな位置にまで迫っていた。
「――ようやくお前を討てる。我が一撃、受けてみろ……」
シュウは長刀を両手で逆手に構え、そして。
地に刃が深々と突き刺さった。
「っ、はははっ、何をしているのですか! その長刀があなたの身を滅ぼしたようですね!」
「……何を言っている。誰が、」
シュウの両手に力がこもる。僅かずつではあるが、大太刀が地面を割いていく。
「攻撃の手をやめたといった!」
閃光。
その場にいる誰もが目をくらます様な、上空に行っていたダイナが驚くような、強烈な光を放ちながら、太刀は地面を完全に裂いた。
天に昇る光の帯。
シュウの放った太刀筋は完全に魔物を捉え、魔物はその閃光に姿を呑み込まれていく。
「こ……この技、は……」
「……アルベルト流奥義、斬光剣」
シュウはそれだけ言って、光に消えていく魔物を哀れな目つきで睨む。
「これで最後だ。何か言い残すことは……」
「と…くに、ありま、せん、ね……。しい、て言え、ば、もっと、多くのにんげ、んを、食べ、たかった、ことくらいで、すか……。ふふ、ふふふ、はーっはっはっはっはっは!」
薄れていく声。
光にのまれ塵と化していく魔物の身体を見ながら、四人は一言も話さずに魔物の笑い声に耳を傾けている。
自分に対してなのか、四人に対してなのか。
その笑いも、長くは続かなかった。
次は土曜日あたりに上げます