第十三話:青年と老人
昨日の宿屋で話した結果、一旦王都へ戻ることが決定した。
そうして一樹達は宿屋の主に別れを告げて宿屋を後にし、街の入り口にまっすぐに続いている道を歩いている。ダイナは遊び疲れて袋の中で未だ寝こけている。
「にしても思った以上に短い滞在だったな」
「仕方ないよ、詳細が書かれてないなんて思わなかったんだし」
会話しながらロイドは女子学生を実にいやらしい目つきで追っている。
あえてそれには突っ込まないでリィナと一樹は街路の脇にある店を珍しそうに眺めている。食物屋は当たり前として、王都では見かけなかった購買部らしきものが至る所にある。
風になびく旗には魔術でコーティングされ絶対に破損しないペンが大々的にアピールされていた。
実用性はあるのだろうか。
そんなことを思いながら歩いていると、路地裏に続く細道の入り口で、初老の男と二十五歳ほどの青年が口論をしていた。
「喧嘩かな……」
「ん、ほんとだ。あの若者が無銭飲食したと見た!」
そう言われると本当にそう見えてくるから困る。
「そんなこと言ってないで、止めてあげようよカズキ君」
「そうだなぁ……」
回りにいる学生たちは関わりたくないとばかりに遠回りに過ぎ去っていく。しかし気にはなっているようで、皆歩幅が緩くなっている。
一樹はその中を突っ切り、口論している二人の間に割って入った。
「すいません、落ち着いてください二人とも。どうしたんですか、口論なんかして」
すでに頭に血が上っているのか黒髪短髪の青年は突然入ってきた一樹を一瞥し、静かだが重みのある声で、
「なんなんですか貴方は。今私はこの方と話をしているのです、邪魔をしないでください」
まるで相手にされなかった。
当然の反応だよな、と一樹は思いながら青年を見る。そして、どきっとした。
街路からは青年の身体が邪魔で死角になっていた位置に、大太刀が立てかけられていた。漆黒の鞘は不気味なほどの光沢を放ち、見る者を圧倒していた。
「ああ旅の方、どうかシュウを止めてくだされ」
初老の男が一樹の腕に縋りついて懇願した。
遅れてロイドとリィナが間に入る。
「何があったかしらねぇけど、傍から見りゃいい年した大人が老人をいじめてるようにしか見えないぞ、あんた」
シュウと呼ばれた青年は二人を鋭い目つきで睨みつける。
「――貴方達には関係ないことです。ほっておいてください」
「いやシュウよ、もう一度考え直してはくれぬか。お前が行ったところでユイリはどうしようも……」
「いえ、もう決めたことなのです。――どうやらこれ以上話していても無駄のようですね」
それだけ言って、シュウは大太刀を逆手で軽々と持ち上げる。地に着くようなボロボロのコートのようなものを翻し、初老の男の静止を振り切って歩き去って行った。
男は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、全身を震わせて嘆き始めた。
一樹はぽんと肩に手をかける。
「あのすいません……、いったいなにがあったんですか?」
「――討伐じゃよ」
「討伐?」
初老の男は擦れた声で、
「シュウは、ここら辺では少しは名の知れた道場の跡取りで、妹のユイリと二人暮らしをしているんじゃ」
「妹さんがどうかしたんですか?」
「半年ほど前、初等部の子供を遠足に連れて行った時に魔物に襲われ……、しかし学生のおかげで命は助かったのじゃが、」
老人はそこでいったん間を開けて言う。
「呪いを受けてしまったんじゃ」
「呪い……」
「それからは道場の仲間もワシも、皆あらゆる医者や魔法を扱うものにあたってみた。しかし、その呪いは日に日に強さを増してあの娘の身体を蝕み……」
それからの言葉は声にならなかった。涙と鼻水の混じったぐずった声が響くだけであった。
一樹は顔をあげてロイドとリィナに振り向く。
「じゃああのシュウって人はその呪いをかけたやつを倒しに行ったのか」
「はーん。んだからあんなピリピリしてやがったのか」
「可哀想……」
細く長い息をゆっくりと吐いて、一樹は勇気を振り絞って口を開いた。
「なぁ、俺達もシュウさんの後追わないか? 力になってあげたいし……」
「って王都にもどるんじゃねぇのかよ。それに、それはシュウの問題であって俺らは無関係だぞ」
当然の返答だった。わざわざ危険な道に首を突っ込むやつなど、長生きはできない。
「……はぁ。仮に追ったとして、カズキは何ができんだよ。完全に丸腰じゃねぇか」
「それは……」
反論できない。
自分にはロイドのような銃も、リィナのような剣もない。仮に持っていたとしても、それは小さい子が石を投げた程度の差しか変わらない。
ロイドの言い方もきついが、それはなるべく自分を危険な目に合わせないように言っている言葉だ。
今度はリィナが、初老の男の肩に手を置いて屈んだ。
「お爺さん、私たちはこれからシュウさんを追います。どこに向かったのか教えてくださいませんか?」
「っ! おいリィナ!」
「――ごめん、勝手なことして。でも、私もカズキ君と同じ意見なの」
口ごもるリィナを見て、ロイドはいかにも面倒くさそうに、
「……わぁったよ。カズキ、危ないと判断したらお前は逃げろ。いいな」
「――あぁ。ありがとう、ロイド」
謝ると、ロイドは口元をわずかに持ち上げた。
「ったく、お人よしだよなお前らは。というわけでだ爺さん、早くしないと追いつけなくなっちまうから場所をいってくれ」
初老の男は血管が浮き出てぷるぷると震える指で北東の方角をさした。
「場所はここから五キロほど行った先にあるツベル山じゃ……。しかしお前さんがた、本当によろしいのか……? 見たところやることがあるようじゃが」
「爺さんは気にスンナって。別に帰るだけだったんだし」
「それで、魔物の姿はわかってるんですか?」
リィナが顔を覗き込むように体を動かした。
「いや、姿までは……。ただ、霧に気をつけろと学生は言っておりました」
「霧……?」
一樹は首をかしげる。霧といえばやはりあの霧なのだろう。見通しが悪くなるということだろうか。
とりあえず考えていても仕方ない。言いだしっぺの自分がここでぐずっているわけにはいかない。よし、と勢いをつけて一樹は立ち上がった。
「今から行けばシュウさんに追いつける。早く行こう!」
「へぇへぇ。そうだ、一応これもっとけ」
ロイドは上着を少しだけめくり、上体に括りつけていた布のベルトから手慣れた手つきで刃渡り二十センチほどの短剣を取り出した。くるりと刃を自分に向けて、グリップを一樹に向ける。
「さすがに手ぶらはな。まぁ切れ味は期待すんなよ、せいぜいがほっそい枝を切れるくらいだ」
「……こんなとこまで武装してたんだな」
「当たり前だろ。でも俺よりリィナのほうがもっと武装してるぞ」
ロイドから短剣を受け取り、その重みを心で感じながら一樹は驚いた。
「――リィナも武装してるのか?」
「うん。何かは秘密だけどねっ」
すかさずロイドは一樹に耳打ちする。
「液体の着火剤と短剣、カプセルに詰めた火薬とかだ。炎の魔法ってより、爆破魔法だな」
「……けっこうえぐいね」
「ちょっ、ロイド君嘘教えないでよ! うそうそ、今言われたのは全部ウソだからね!」
心なしか一樹は少しだけリィナと距離を置いて、遠慮がちに頷いた。
「っ、ほらカズキ君信じちゃったじゃないどーしてくれるのよもー!」
珍しく怒ったリィナはロイドに殴りかからん勢いでまくしたてる。
地べたに座っていた男はいつの間にか泣くことをやめてしわくちゃな笑みを見せ始めた。
「ほっほっほ、面白い方じゃなぁ」
「……お恥ずかしい限りです」
男は片膝に手をついてよっこらしょと立ち上がる。垂れがちな瞼を閉じて両手を合わせる。
「どうか無理だけはしないで下され。あなた方までなにかあっては……」
「大丈夫、そうならない様に努力しますから。ほら二人とも、もう行くよ」
一樹は男に軽くお辞儀をして、ロイドの両耳をひっぱっていたリィナを、リィナに両耳を引っ張られちょっと涙ぐんでいたロイドの背中を押して歩きだした。
遅くなりました…。次もまたしばらく時間が空きます。すいません