第十二話:不思議な少女
一樹たちは噴水の縁に並んで座っている。
「疲れたなー……」
結局のところ、帰還方法については記されていなかった。
さまざまな実験を幾度となく繰り返したらしいが、すべては失敗に終わった。しかし共通点もいくつか発見できて、召喚された場所は霊的作用が多く結集しているらしい。
霊的作用と言われても、とも思ったが、魔法や魔術がある世界なのでなにかそういう関係のものなのだろうと無理やり関係付けた。
とにかく、使えそうな知識は手に入れることができたが、本命の知識は手に入らなかった。
半歩前進と言ったところだろうか。
「あんなに探したのに無駄骨だとはなぁ……。王都に帰ったら文句言ってやる」
「でも有益な情報もあったんだから、無駄とは言えないんじゃない? ねっ」
膝の上に布を広げ、リィナはサンドウィッチを食べている。目の前にある屋台から先ほど人数分購入した。
「まぁね。これからどうしようかな……」
「目標失ったもんな。王都に帰ってもいいんだけど、それじゃあ味気ねぇし」
「もう少しベッツ歩いてみる?」
ぼやける夕日を背景に、一樹もサンドウィッチにがぶりとかぶりつく。ちなみにロイドはすでに平らげている。
「それも良いんだけど、ここ遊ぶ場所ねぇぞ。勉強しか頭にないカタブツばっかだし」
そう言いながら、ロイドは道を歩いている女子学生の尻を凝視している。
もう少しためらいという言葉を覚えてほしい。
「確かにこの街、活気はあるんだけど遊ぶ場所ないね。皆どうやって暇な時間過ごしてるんだろ」
「そりゃお前、勉強だろ。なにしろここの学生の将来的な目標は王都のあらゆる研究機関に入るために六歳くらいから勉強漬けだからな」
「研究機関に入るのってそんなにすごいのか?」
なんとなく実感がわかない。
「うん、すっごい頭良くないと入れないんだよ。天文学とか、新たな魔法や魔術の開発なんてのも手掛けてるんだもん」
「へー。リィナだったらそこに行けるんじゃないのか?」
「私じゃむりだよ。だっていくつもの適正試験あるんだけど、落ちちゃったし」
やはり騎士と学問ではかなり違うんだな、と一樹は思いながらダイナを入れていた袋をたたむ。
なぜダイナが居ないかなのだが、昨日の夜に目が覚めたダイナは全力で暴れまわった。それをなんとかなだめた一樹だが、これではバレてしまうと宿屋を抜け出してひとしきり遊びまわり、夜が明けると同時にダイナは散歩に行ってしまった。
まだ帰ってきていないので袋は無用の長物になっている。
「なぁカズキ」
ロイドがあさっての方向を向きながら話しかけてきた。
「なんだ、どうかした?」
「さっきからずっと気になってたんだけどよ、あの子なんなんだ?」
「あの子?」
気になった少女でもいたんだろうかと思って振り返ってみると、年は十歳に行くかどうか程度の少女が一樹のことをじっと見つめている。
少女は体の半分ほどもあるおおきな兎のぬいぐるみを抱いており、白銀の髪がやけに印象的だ。
「お前のことずっと見てるけど。隠し子か?」
「そんなわけないだろ。迷子かな」
言うが早いか、リィナが腰をあげ少女に歩み寄って視線の高さを合わせる。
「どうしたの、お母さんとはぐれちゃったの?」
「…………」
少女は無言。リィナを見て、しばらくしてからまた一樹に視線を戻す。
「ねぇ、どうしたの?」
それにも無言。もう一度迷子なのか聞いたら、今度はぶんぶんと首を横にふった。
同時、少女はリィナの横を通り過ぎて一樹の服の裾を掴む。そして、
「……………お兄ちゃん」
一樹の頭の中は一瞬で真っ白になった。
いきなりお兄ちゃんと呼ばれるなんて思いもしなかった。どう対処していいのか困ったが、小さい子の言うことなので深いことはないだろうと決めた。
「えっ……と、そうだ、名前は?」
ロイドの面白がっている視線を無視して少女に尋ねる。
「……レン」
「レンちゃんか。俺に何か用なの?」
柔らかい口調で聞いた。
しかしレンと名乗った少女はそれ以上何を尋ねても答えてはくれなかった。ずっと裾を掴んだままで、なんとか小さな手を放したと思ったら今度は違うところを掴む。
一樹は溜息をついた。
迷子でもなく用事もないのであれば、なんで自分の服を掴んでいるのだろう。
嫌というわけでもないのだが、落ち着かない。特に周りからの視線が。ロリコンじゃありません。本当です。
「レンちゃんはお母さんと旅行?」
「…………」
ダメもとで聞いたが、予想通りまた無言。間が持たない。
ロイドに助け船を出してもらおうとアイコンタクトをする。ロイドはしょーがねぇな、とリィナにも合図する。
「さて、それじゃカズキ、ぼちぼち宿屋に行かねぇと泊まれなくなっちまうぞ」
そういってロイドは立ち上がって背伸びをし、ごきごきと鳴らす。
「おう。なぁレンちゃん、そろそろ夜になっちゃうし、お家に帰ったほうがいいよ」
「そうだよ、夜になると危ないんだから。ねっ、お兄ちゃん達はこれから行かなくちゃいけない所があるの」
そう言うと、レンは一樹の服の裾から名残惜しそうに手を放した。
なんだか悪いことをしてしまった気分になって、一樹はレンの頭にぽんと手を置いた。
レンが不思議そうに顔を上げる。
「また会えたら、遊んであげるからね」
それを聞いたレンは、年相応の、満面の笑みになった。初めて表情を変えてくれた。
笑顔を見た一樹は安心したように笑い、
「じゃあまたね、レンちゃん」
肩にかかるほどのさらさらな髪ごと撫でた。
レンは嬉しそうに一度だけ頷いて踵を返し、またねお兄ちゃん、と呟いて帰宅する最中の学生たちの大群の中に走り去って行った。
手を振っていた一樹とリィナはレンが完全に見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「――不思議な子だったな」
「うん。いったいなんだったんだろうね?」
「しかしカズキもすみにおけねぇな。あんないたいけな少女にお兄ちゃんと呼ばせるなんて
」
「呼ばせてない! あれはいきなり言ってきただけだろ」
どうだかなー、とロイドはにやにやしている。
相手をするのも面倒なので、一樹は街の外に向けて歩き出した。それを疑問に感じたのかリィナが、
「あれ、宿屋はこっちだよ?」
「ん、ちょっとダイナ迎えに行ってくる。来てくれるか分からないけど。先に行ってていいよ」
ロイドとリィナの二人は五秒ほど考え、
「それじゃ宿屋で待ってるねー」
「あんま遅くなんなよ」
そう言って別れた。
考えてみればダイナはほぼ丸一日遊びまわっていることになる。明日はロイドに睡眠魔術をかけてもらわなくても済むかもな、と頭の片隅でそう思う。
すいません、諸事情により次の話はしばらくかかります(汗
一週間はかからないと思うので…