第十一話:学問の街ベッツ、その名に嘘無し
学問の街ベッツ、その名に嘘はないと一樹は確信した。
「やっぱこの街、落ちつかねぇなぁ」
同感である。
一樹たちは今、大図書館に向けてベッツの街を歩いている。
赤い煉瓦造りの家々と道を歩き、地に着くほどの白いローブを身につけている人々とすれ違う。試験がどうたら聞こえたので、学生なのだろう。
活気も王都ほどではないもののかなりあり、テラスでは男女が入り乱れてバカ騒ぎをしている。中には体操服に似た格好の男もいるので体育のようなものもあるかもしれない。
「ロイド君勉強嫌いだもんねー」
「好きな奴がいてたまるかっての。カズキ、お前もそう思うだろ?」
話を振られて、それでも一樹は躊躇なく頷く。
「思う。なんだかここの人たち見てると違う世界に来た感じが全くしないし……。首席にいる人の気持ち知りたいよ」
テスト前、一夜漬けをして赤点をぎりぎり免れてきた一樹にとって、ベッツの雰囲気はテスト期間を思い出させる。
テスト結果が返ってきて、次はがんばると意気込むも家に帰ればゲームをする日々がいい意味でも悪い意味でも学生だと信じている。
「じゃあ気をつけろカズキ。ここにいるリィナはな、騎士ならばだれもが半年に一回受ける試験を首席で合格するやつなんだぞ。俺らの敵だ」
「敵って、失礼だなぁ! そんなこと言うんだったらもう勉強教えてあげないから!」
リィナはふん、と頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ごめんなさい」
すぐに折れるロイドも、ノリがいい。
一樹は首をごきりと鳴らし、肩から下げている袋をぶつけないよう慎重に背負い直す。
「なぁロイド、ダイナがいきなり起きて暴れだすなんてことはないよな?」
「激しい衝撃あたえなきゃ大丈夫だと思うけどな」
「――でも袋の中だと可哀想だよね」
「うん」
こうして背負っている一樹にも多少の罪悪感はある。できれば外で飛び回っていてほしいのだが、それができないからこうしているのだ。
ベッツから出たら、思い切り遊んでやろう。
「お、大図書館が見えてきたぞ。相変わらずデケぇなぁ」
一樹も真正面に聳える大図書館を見上げる。
今までの家々とは違い真白な煉瓦で造られ、水色の瓦屋根と合わさり清潔感が感じられる。大きさは王都の図書館とは比較にならない。端から端まで行くのに走って十分はかかるのではないだろうか。
誰が見つけてくれたのか知らないが、この膨大な蔵書の中からよく記録を見つけてくれたものだ。
「それじゃ入口にずっと立ってるわけにも行かないし、入ろっか」
「うん」
リィナに促されるまま大図書館の扉を開け、中に足を踏み入れた。
中は大理石の床が広がっており、外の雰囲気より落ち着きがあるように感じられた。まっすぐに歩き、書類整理をしていた受付の司書官に声をかける。
「すいません」
「? なんでしょうか」
動かしていた手を止めて、女の司書官は顔をあげた。
「あの、異世界からきた者のことが書いてあると言われてる本を見たいんですけど、どこにあるかわかりますか?」
司書官は怪訝そうな顔つきで一樹を見る。
「……申し訳ありませんが、どういったご利用ですか?」
「えっと、俺気づいたらこの世界にいて……」
「おいカズキ、そんな説明してないでゼネットさんから預かった文書見せろよ」
脇腹を小突かれて、ようやくそのことを思い出す。
一樹は腰につけていた袋から何重にも絹で巻かれた文書を取り出す。それをそのまま司書官に渡した。
文書を受け取った司書官は丁寧に絹を広げていき、一枚の紙を取り出してよむ。
一読し、もう一度目を通している。
「――少々お待ちください」
司書官は立ち上がり、奥のほうへと歩いて行った。
だだっ広い受付の間で三人はとり残されることになってしまった。
ロイドが、
「なんか態度悪いな、あの司書官」
「仕方ないよ、そういう対応心がけてるんだもん」
リィナがそれをなだめる。
「それより大丈夫かな……、もしダメだとか言われたらどうしよ」
「そんときゃ強行突破するだけだ。成功するか分からんけど」
「だめだよ、そんなことしちゃ」
そんな話をして時間を潰していると、先ほどの司書官が戻ってきた。手には十センチを超えるほどの大きさの鍵が握られている。
「失礼しました。上の者と話したのですが、通してもよいとのことでしたのでこれをお渡しします」
傷一つない机越しに鍵を受け取った。予想より重い。
「お求めの本ですが、そこの階段を下りていただいて突き当りにある部屋にお入りください。すぐに見つかると思います」
「あ、ありがとうございます!」
一樹は司書官に一礼して、ロイドとリィナに親指をたてて喜びをアピールする。
三人はすぐそばにあった階段に向けて歩き出した。赤い絨毯が敷かれている階段を一段一段おりて、一本道の道を突き当りまで歩いた。
南京錠で閉じられている扉は厚手のカーテンで中が見えないようになっていた。
鍵をつかって錠を開け、カーテンをくぐって中に入る。
「……………………」
言葉を失った。
地下の部屋は一帯が貸出禁止の本があるようで、保存が徹底していた。
風化を遅らせるために光が入る場所がなく、全体的に薄暗い。さらに魔術がかけられているのか、年代物の本棚は淡い光に覆われ、特殊な光る文字で動かすな、と書かれていた。
全体的に息苦しい場所だなと一樹は思う。
それより。
「……なあロイド」
「……なんだ?」
「あの司書官、すぐに見つかるみたいなこと言ってたよな」
「おう、それは確実だ。実際すぐに見つかったじゃん」
そう、一樹が求めていた本は目の前の机にある。それはいい。
問題なのはその本の量である。なにゆえ十冊単位でずらりと並べられているのだろうか。
「まさかこれ全部記録書なのか?」
リィナが本を一冊だけ手に取り、背表紙を確認する。
「――そうみたい。”異世界航行のまとめ その一”って書いてあるし」
一樹はロイドと共に肩を落とした。
記録書は一冊だけだと思っていたのに、まさかこの量は予想していなかった。帰還方法が書かれている本を引き当てるのにはどれくらいの時間を要すればいいのだろう。
「なぁリィナ、だめもとで聞くけど目次みたいなものは……」
最後の望みを捨て切れないロイドが訊ねた。
「ないよ」
リィナはその望みをあっさりと蹴散らした。ご丁寧にぱらぱらとページをめくり、文字の小ささと濃縮度があらわになる。
頭痛がしてきた。
「……本当にごめん、探すの手伝って…」
申し訳なさそうに一樹は頼む。二人は重く頷いた。
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本を読みふけり初めてから怒涛の時間が過ぎて行った。
実際にはこの部屋に時間を計るようなものがないのでどのくらいの時間が経ったのかは分からないのだが、少なくとも一樹にはそう感じられた。
最初のほうこそダルそうに皆は話していたのだが、いつの間にか黙々と作業に没頭してしまった。
未だ目的の本は見つからない。
「本当にあるのかな……」
もはや記録書を疑い始める。
記録書は確かに事細かく記されていた。
分かった事は、最初にこの世界へ来た異世界者は三百年ほど前で、自分を含めて四人しかいないこと。しかしここ最近は現われておらず、一樹の前は九十六年前に召喚されたものがいるだけだった。
このように召喚された者のことは何回も見かけたので覚えてしまった。
問題の帰還については一切触れられていない。
「なぁロイド――」
ロイドに話しかけようとして、やめた。
ロイドは非常識にも机に寝転がり記録書を枕にしていた。気持ちよさそうな顔をして夢を見ている。
いい度胸だ。
「リィナー、あったか……」
お前もかブルータス。
思わずそんなセリフを言いそうになってしまった。
自分の両腕を枕にして机に突っ伏してリィナは寝ていた。わずかに揺れる肩から静かな寝息がする。
「……まぁいいけどさ」
そう言いながらも一樹の顔は悔しそうである。
一樹はよし、と背伸びをして腕をまくる。帰るのは自分なのだ、自分で探すしかない。
そう思って一樹は本の続きを読み始めた。
次は土曜日の朝九時に投稿をするかと思います