プロローグ:異世界を望む者
ゲームのような世界に昔から憧れている。
剣を手に、魔法を使い、知らぬ土地を縦横無尽に駆け巡る。敵をバッタバッタとなぎ倒し、誰からも感謝され、自由に生きられるあの世界を。
そんなことを思いながら、榎本一樹はベッドに寝転んでアクアリウムの雑誌を眺めている。
「誰かに言ったら、子供だって言われそうだよなぁ」
年をとるごとにその思いは落ち着いてきたが、未だに寝るときは異世界で英雄になることを想像して眠りにつく。
寝るときにそんな想像をするのは自分だけではないと思う。なぜかそういうときに限って妄想が膨らむのだ。
絶対無敵の主人公然り。謎の美少女然り。疼く右腕と眼帯然り。
我ながら単純だなと実感する。
「もっとこう、俺の活躍できる世界はないのかなー」
均一的な模様が並ぶ天井から、長年の雨風にさらされシミが侵食する壁へと視線を移す。
外からパトカーのサイレンに反応して遠吠えしている犬の声が聞こえた。
五月蝿いな、と誰に言うわけでもなく一樹は呟く。
と、一樹は目を丸くして勢いよく上体を持ち上げる。雑誌が重力に引かれて床に落ちる。
「ヤバ、明日のレポートまだやってない……!」
五秒ほど考えたあと、
「――ま、いっか。死ぬわけでもなし」
一樹は脱力して再びベッドに寝転がる。
ごそごそと手を伸ばし、小棚の上に置いている目覚まし時計を掴み取る。七時半にセットしなおし、元あった場所に戻す。
「やることもないし、今日も寝るかな」
証明のリモコンを手に取り、部屋の電気を消した。
次第に暗くなっていくぼんやりとした視界の中で、一樹は目を閉じる。
もしも自分がゲームの世界にいけたなら。もしも自分が勇者なら。
だらだらと面白くもない大学に通う毎日を過ごす今に比べれば、もう少しは面白いかもしれない。
そんなことを思いながら意識が遠のいていく。