このルートの悪役令嬢は幸せのようです(改題)
シリーズ、ようやく完結です。
大変長らくお待たしました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
誰がこんな未来想像出来ただろうか。
きっと黒竜の周りは死の世界。
そんな風に思っていたのに、道中は不気味なくらい静かだった。
皆嵐の前の静けさか、なんて言っている。
私はまるで時が止まっているようだわ、そう思ったら酷く頭が痛んだ。
『いーい?メルちゃん!悪役令嬢たるものこれしきの事で挫けては駄目よ?』
目の前が真っ暗になった。
誰?私にそう言って笑ったのは。
違う、誰かなんて、忘れていた事の方がおかしいのよ。
まるでその部分だけ時を止められたかの様に切り取られていた。
だって私はあの人を覚えている。
良い事をすると赤いアメをくれるその笑顔も。
泣いていると優しく抱き締めてくれた温かな体も。
『メルちゃんにも現れるわ!だって私もお父様とめぐり逢えたんだもの!』
いつだって恋する顔でそう言っていたお母様を。
「やっぱり来てくれたのね!流石リナルトだわ!」
黒竜の直ぐ傍であの頃と何も変わらないお母様が立っていた。
直ぐ傍に居たお父様がお母様の傍へ駆け出す。
「君が言った事を信じない訳ないだろう。無事か?どこも怪我などしていないか?」
そう、二人はいつもあんな風に仲良くて、お互いしか見えてないところがあって。
「大丈夫よ。でもそろそろ時を止めているのは限界かな…着いたのは少し前なんだけどね。元々一回戦った後に戻ったんだもの。でも黒竜だって前回より私が戦った時より弱ってるはずよ!」
「…どういう事だ?」
「わ、分からない。私、知らないもの、こんなの、知らない」
私は必死に『昔の私』の記憶を思い出そうとした。黒竜はラスボス。ヒロインと攻略キャラ、何よりエンディング確定したキャラがメインになって戦う、はず。
お母様は一回戦った、と言ったわ。もしかして、お母様が、不在だったヒロイン…?
お母様を見つめるとようやく私に気が付いたらしいお母様がウインクをしてきた。
「久しぶりメルちゃん!お母様が出来るのはここまで。ここから先はメルちゃんのターンよ!頑張って!!」
私の番…?そうだ、私は、黒竜をどうにかしに来た。ヒロインじゃない私に黒竜を倒す力は無い。でも極限まで弱っている黒竜なら、巫女の力で更に衰弱させて…黒竜をそのまま眠らせてあげられるかもしれない。
「カイル、私の力、全て使うわ。もしかしたら二度と巫女の力は使えないかもしれない」
私の言葉にカイルは至極嬉しそうに笑った。
「なんだそのご褒美。むしろ喜びしかない」
「貴方に託すわ。どうかあの黒竜に安らかな眠りを」
パキッと音が鳴ると黒竜がゆっくりその目を開ける。
お父様がお母様を抱えて飛び退いた。
私は自分の中の巫女の力を解き放つ。大丈夫怖くない。
私が力を託すのは、誰より信頼してきた、たった一人の愛する人だもの。
「カイル!」
「行ってくる!」
カイルが素早く駆け出すと、黒竜は翼を開く。
黒竜の金色の瞳が私だけを見ている。
大丈夫、怖くない。だって、私にはカイルが居る。だから私は祈る事を止めない。
「お前の相手はこっち、だ!!」
カイルの暗器が黒竜の身体に刺さる。本来見せる事の無い彼が本気を出す時だけ使う武器だ。
私は祈る。力を使いながら、黒竜の一番力の弱い部分を探る。
黒竜の咆哮に身が竦みそうになるのを堪えながら、一筋の光を探す。
見つけた!!
「カイル!眉間!そこから私の力を流し込んで!」
「了解!いっけぇぇぇ!!」
黒竜の眉間にカイルの暗器が刺さると、黒竜は暴れ回った。
私は既に力の全てをカイルに渡した後で、出来る事はもう本当に祈る事しか無い。
「安らかに眠りな!!」
カイルは空中で宙返りすると、まるで空を飛んだ様に着地した。
「カイル!!」
「まだ来るなメル!!」
黒竜が最期の力で爪を奮う。
嫌だ、止めて、私の大切な人を奪わないで!!
「だめぇぇぇ!!」
私の身体から光が放たれている。
何かが私を呼んでいる。
『誰もが無事な世界を見たくはないか?』
その言葉に私は動揺した。誰もが無事?
今目の前で倒れ込みそうになっている私の大切な人も?
それは酷く、甘い誘いで、私はその声をもっと聞かなくては、そんな気持ちになってしまう。
そんな私を後ろから誰かが抱き締める。
「大丈夫よメルちゃん。大丈夫。力を使っては駄目よ、私みたいになってしまうわ」
「お母様…」
「カイルくんを信じなさい。大丈夫。貴女を守る事に関して右に出る者は居ないわ。そうでしょう?」
「その通り!約束を果たさせてもらう!」
黒竜がドシンと大きな音を立てて倒れ込む。
そしてしばらく藻掻いた後、静かに眠りに就いた。
黒竜が眠りに就いてから、もう一週間経った。
私達はとても慌ただしくしていたけれど、ようやく、ひと息つける日が来た。
「お母様、ヒロインなんですか!?」
「うん」
「ヒロインの祝福は『聖なる乙女』じゃないの?お母様の力はまるで…」
「私の祝福は時をほんの少し止める事よ。過去まで遡ってしまったのは黒竜の声を聞いてしまったから。暴走したの。遡った過去で私はリナルトに拾われて、恋をして、メルちゃん、貴女が産まれたの」
お母様は指先で何かくるくると描きながら話しをする。
「私は未来に帰りたくなかった。だから力は絶対使わないと誓っていたわ。でも事故が起きた。死ぬよりはいつか会えるかもしれない未来を選んだのよ」
「じゃああのお墓には誰も居ないのね…?」
「そうだと思う。リナルトには私が未来に帰るとしたら、それは事故でしかない。私の居場所はリナルトの傍だとずっと言っていたし」
相変わらずナチュラルに惚気けるのやめてもらって良いかな?
「そうそう、そろそろ私が過去で最後に使った力も解除しないとね」
「え?未来に移動したのが最後じゃないの?」
お母様は相変わらず若々しく、ヒロインらしい愛らしい顔で笑った。
「未来の義理の息子がね。随分歳の差を気にしていたから、ちょっと外見の時を止めちゃったのよね〜」
「未来の、義理の息子…」
「誰とか野暮な事は言わないのよ?当時は本当に気にしてたんだから。ロリコンなんですかね?ってよく相談されたわ」
「…なんて言ったの?」
「私ならショタコンと言われてもリナルトを愛するわ!」
「ごめんカイル…なんかごめん」
どおりでカイルは若すぎると思っていたわ。確かにお母様が居なくなった頃から外見変わってない気がする…。
「何謝ってるの?」
「追々説明します」
「そう?奥様、旦那様がお探しでしたよ」
「今行くわ!」
お母様、若いな。そしてお父様、迎えに来たのね。抱き上げて運んで。溺愛ってああいうのを言うのね。
「何遠い目してるの?」
「溺愛が何たるかを目の当たりにしてちょっと」
「……ふーん?」
「え?なに?ちょ、ちょっと、カイル近い!」
「俺だって溺愛してますけど」
自分で顔が紅くなっただろうと分かった。ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるから身体まで熱い。
「待って!私慣れてないの!」
「慣れてたら困る。でもこれから慣れて」
「そんな、ハッ!そう、大事な話があって!!」
「それって旦那様から結婚の許しが出たって事より大事な話?」
「………………………え」
「結婚しよう、メル。メルの体にもう破滅の鎖は見えない。誰からも守るし、誰よりも幸せにするよ」
「……私、破滅、しないの?」
「しないよ。それで?返事が欲しいな」
「カイル、大好き!私の旦那様!」
あの戦いで巫女の力を使い果たした私に、もう特別な能力は無いけれど。
私もずっと、貴方を笑顔にして生きたいわ。
あの日、赤いアメを貰ってくれた貴方が、不器用に笑ってくれた時みたいに。
どうしたらカイルが喜んでくれるかな?って考えながら生きていきたいの。
神々のギフト〜聖なる乙女の祝福〜 Fin
これにてこのシリーズはおしまいになります。
最後お母様でしゃばり過ぎじゃないか、と色々悩んで書けなくなってしまっていたのですが、ヒロインなんだから仕方ない!と開き直り書き終える事が出来ました。読んで下さってありがとうございました!