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攻略対象のアニキと擬態するケナゲなオレ〜え?身代わりのオレが溺愛ッスか?〜

「あぁ。ミリシラーヌ嬢は愛らしいな。君の輝く髪に口づけても?」


「そんな…シル様ったら。恥ずかしいです」


「残念だ。では、私に捕われてくれた君の髪で我慢するとしよう」


「え」



 スルリと手櫛で撫で、毛束から離れた数本のピンクブロンドの髪を落とさないように絡め取る。


 その髪を愛おし気に口づけて見せると、側近くに並んで座っていた少女は、上半身を少し仰け反らせた。表情は固まっている。



 そんな彼女の目の前で、絡め取り口づけた髪の毛をハンカチに包んで懐にいれた。




 今日も、アニキからの みっしょん は くりあ 出来ていそうだ。




 『涼し気な目元なのに熱っぽい視線』を作って流し目攻撃をしながら、オレは大きな安堵を味わっていた。




(この調子で『ミリシラーヌ嬢だけにキモがられる すとーかー 作戦』を続けるッス!)





+————————+





 オレは乗っ取られた貴族家のせがれらしい。三歳のとき、オレの両親が事故で帰らぬ人となり、爵位が叔父に移った。そのまま、引き取ってもらえれば良かったが、引き取られる手続き中に、人前に出たことのなかったオレが何故か、人拐いに遭った。らしい。


 物心ついた頃には孤児院にいたし、五歳になったオレを探し出してくれた執事と家政長が泣きながら教えてくれたが、よく分からなかった。



 ただ、その頃から、オレは孤児のセグレとして生きてきた。






 それから半年後、予期せずオレは孤児院から引き取られることになった。引き取り主はオレと何処となく似た顔をした、同じ蒼い瞳の男の子供だった。二歳年上らしい。



「セグレって言うッス。はじめまして」


「私の名前はシルヴェストルだ。今日から、お前には私と同じ生活をしてもらう」


「なんでッスか? オレはアニキに引き取られた従僕ってやつになるんだろ?」


「あ、アニキ? まぁいい。お前にやってもらいたいのは、身代わりだ」


「局所的な影武者とも言えます」


「みがわり? かげむしゃ?」



 シルのアニキと、アニキ付従僕のロランドの話では、八年後に現れるピンクブロンドの少女撃退のため、演技のできる身代わりが必要だという。


 少女にメロメロあぴーる をしつつ、 すとーかー という嫌悪される行動をして少女に去ってもらうらしい。



「学のないオレがッスか? アニキがやった方ができるッスよ」


「我が主は困ったことに、恋愛事では極度の照れ性となるのです」



困ったように笑いながらロランドからはそう返された。


(シルのアニキは演技が苦手で、演技ができる身代わりがほしいってことッスか。引き取られたからにはやり切ってみせるッス!)





 アニキに連れられてきた場所は、目が潰れそうなほどキラキラした豪邸だった。五歳の中でもチビなオレじゃあ、庭に入る門から、豪邸の入口まで一日走ったってたどり着けない広さだ。豪邸の中も凄かった。



 そんなところで、シルのアニキが言ってた通り、アニキと同じ生活をすることになった。ゆくゆくは演劇も学ぶことになるらしい。アニキの反応を学習して物真似できるようにだ。


 三歳までしか貴族の生活をしてなかったオレは、学問に礼儀作法を学ぶ。アニキと同じ学習段階まで追いつかなければならなくて、そこは少し大変だった。二歳差は学習速度にも体力差にも出てくるものだ。


 オレが出来るようになるまで、追加で家庭教師を雇ってくれて、アニキ自身もオレが分からない所を教えてくれる。



(それに、あったかい寝床にごはん、石鹸の匂いの自分が石鹸の匂いの服を着ていられるのは、すげぇことだよな。学べることだってアニキのおかげだ。アニキの物真似するのがんばろう)





 家庭教師の授業が終わり、アニキに割り当てられている応接室でお茶を飲んでいるときに声を掛けられた。


「セグレ? な、何してるんだ?」


「アニキの真似っこッス!」


 隣りに並んで座っていたアニキが髪を掻き上げたから、オレもおんなじ動きをする。顔の造りと目の色は似ているが、髪の色は違う。アニキが青灰色で、オレは薄いクリーム色だ。


「アニキの動きを覚えて、おんなじにするッス」


「ふむ。動きも揃えることで違和感は覚えにくくなる。私も真似っこはおすすめします」


 オレの主張に、お茶の準備を終えたロランドが応えるように何度も頷く。賛成する意見が出て、得意げになるオレとは対照的に、アニキは困った顔をする。


「いるか? それ。なんか、背中がモゾモゾする」


 アニキが肩上から背中を掻いたから、続いてオレも同じ動きをする。なんか、うっすらと居心地の悪い感じがした。アニキも同じなんだろうか? 今度は少し赤くなった顔を逸らして襟足の髪の毛を抓んでくるくるした。顔色を変えることと顔を逸らすことは難しいけど、襟足の髪の毛のくるくるは真似てみた。



 アニキは公爵家の子息らしいけど、ロランドとオレだけの場では話し方が変わる。こっそりロランドに聞いてみると、気を抜いている証らしい。


 嬉しいなと思ったけど、オレが真似るところは気を張ってるときのアニキの行動だそうだ。真似っこは家庭教師が居る前のときにしよう。



(気を張ってるアニキの真似っこ頑張るッス! 貴公子のアニキはいつもよりも男前なんだから、オレも負けてられねぇ!)





「は? 髪染め? 化粧? 要らないだろ、そのままで綺麗なんだし」


 シルのアニキの真似っこを強化するべく提案したところ、とぼけた答えが返ってきた。


 最近の気を抜いたアニキは、貴族っぽさがあまり無い。どちらかというと、孤児院で聞いていたような口調だ。何処となく荒っぽい。そんなアニキの口調は孤児院育ちのオレには馴染み深く、さらっと、流している。大事なのは話し方よりも話の中身だ。



「綺麗スか? あざまーっす! でもオレ、アニキの身代わりするんで、アニキに似せとかないと」


「あ、あーあーあ〜〜あぁ〜。そそそそそ、そうだな。そっか!! すげぇ必要だな!!」


 身代わりのための話をしていたつもりだけれど、数拍置いてアニキの反応が追いついてきた。しかも、顔が真っ赤になっている。



「アニキ! 顔、真っ赤になってるッスけど、具合悪いンスか?」


「いえいえ、今のはさっぱりと目的を忘れて返事をしていましたね」


心配になって声を上げたオレの背後にすすすっと音もなく横滑りしてロランドが答えた。


(目的? 身代わりのことだよな??)


「あ、赤くなっていない!! ロランドは黙れ!!」


「セグレ、我が主はこういう方なのです。感情を出す場面では演技そのものが難しいのですよ」


顔が赤いままのアニキがロランドに食って掛かっているが、ロランドは全然堪えていない。



「へぇー。これがロランドが言ってた照れ性ってやつッスかー」


「セグレ、おい、納得してんじゃねぇ!!」


 頷くオレに、支離滅裂なアニキにニヤけているロランド。話しは全くまとまらなかった。



 暫くして平静を取り戻したアニキから、やっと身代わり対策の話を聞けた。


「なるほどな。個性の違いの弊害か。髪は鬘を用意するとして、顔は化粧で似せるか。俺も化粧をすることでより判別が付きにくくできる」


「他にも、二歳の年齢差の弊害もあるかと」


「それもそうだな。体格差はシークレットブーツを内蔵した筋肉スーツで誤魔化せるんじゃないか? あとは、変声機くらいか」


「しーくれ? きんにくすーつ??」


 アニキから、意味の分からない言葉が出てきて、そのままの単語を繰り返してしまう。ロランドも不思議そうな顔をしている。


「首から下が俺と同じ形の服を着るってことだ」


「首から下に肉人形を着ると。どう人体に似せるのか、腕の見せ所ですね。我が主の声に変換するへんせいきなるものも、考えてみましょうか。幻術に転移術などの魔術教育や他の追加教育も入れましょう」


 アニキの説明で納得したのか、すぐにロランドは手配に動き出したけれど、オレは分からないままだった。何にしても、いろいろ勉強することが増えそうだ。


「なんか分かんないッスけど、すげぇッスね。オレも頑張るッス!」


(オレは身代わりの立場だけど、こんなに仲良くしてもらえて嬉しいッス。ずっと、こんな風に仲良くしてもらえたらって思うけど、できねぇだろーな)






「まず、謝らせてほしい。お前を引き取ったとはいえ、私……いや、俺の勝手な都合で人を騙すような事を強いる。すまない」


 すとーかー演技の特訓開始の初日。アニキはそんな事を口にして頭を下げた。


 オレは何も言えず、ポカンとしてしまった。シルのアニキの目的は、引き取られた日に聞かされていたし、オレだって納得して学んでいる。オレの中では、今さらな話しだった。けど、シルのアニキの中ではそうじゃなかったのか。


「アニキ、そんな事言いっこなしッスよ。オレは高度な教養を身に付けられるし、アニキは苦手な事の対策ができる。それだけッス」


「そう言ってもらえると助かる。お前には手間を掛けるが、どうか協力してほしい。公爵邸内で困ったことがあれば、使用人にも手助けするよう、伝えておく」


 安心させるように、念押しするように、シルのアニキは頷いた。そんな配慮をするほど、この身代わり作戦がアニキにとって大事なことなのだと伝わってくるみたいだ。




 そして始まった すとーかー 演技の特訓。目指すは『猫可愛がり溺愛型なのに、ケチで美意識の足りない、萎える すとーかー 』らしい。


 ロランドからは嫌悪する対象としては、印象に残らないのではないかと意見が上がったけれど、シルのアニキの心象的に でぃーぶい や もらはら は避けたいらしい。 でぃーぶい や もらはら とは何かは教えてもらえなかった。


 すとーかー の行動としては、


 『①出会った初期はひたすら笑顔で対応する』


 『②感性のズレた贈り物をするようになる』


 『③微妙にケチ、大切にされてない心象を与えるように演出する』


 『④本当に大切にされているのかと、第三者からピンク令嬢の耳に入るようにする』


 『⑤明から様に私物を収集する』


 『⑥好意がある故だと思わせるようにする』


 『⑦他人には すとーかー っぽさを匂わせない』


 ということらしい。



「む、難しいッスね」


「俺もできない事を要求してるしな。無茶振りだとは思うが、なんとか頑張ってほしい」


 項目の多さと、それを演った結果が読めなくて、ぽろりと零すと、アニキも苦々しそうに同意する。アニキと同じ意見なのは嬉しいけど、言ってる理由が違う気がする。


「背後に音もなく近寄るとか、私物を収集するとかでしょうか。 『君のものは何だって手に入れたいんだ』   ――――こんな感じでしょうか」


 また背後にすすすと移動してきたロランドが、役者がかった話し口と動きで見本らしきことをやってくれた。


「お前……恐ろしいな。ストーカーっぽさは想像通りだが、気持ち悪い」


(アニキが唸ってしまうほどの完成度! あれを目指すンスね)


「そ、それを見習うンスね。頑張るッス」


「いや、だめだ、あそこまで落ちるな!」



 アニキに全力で止められた。






「ミリシラーヌ嬢は美しい。あぁ。俯かず、どうか私をもっと見つめてほしい」


 演劇の役者のように立ち姿(ポージング)をとる。


 左手は恋に鼓動の速度を上げる胸を抑えるように添え、右手は相手の気持ちを乞うように伸ばす。右手の指先は人差し指から扇状に広げられ、優美に見せる。顔に乗せるのは、憂いを帯びた表情だ。相手の愛を乞うものだ。……頬を赤らめられないところは見逃してほしい。



 体勢と表情をしばらく固定していると、ぱちぱちと拍手が上がった。



「アニ、シルヴェストル様、ロランド。こんな対応でどうでしょうか」


「俺が勝手に喋ってるみたいで気持ち悪いくらいだ」


「素晴らしい出来ですよ、セグレ」


 今までの学びの成果を二人に見せたところだけれど、ロランドは試験の合格というように拍手を送ってくれた。シルのアニキの腕には鳥肌が立っていて、二の腕を擦っていた。寒気がするほど似ているということなら、合格だろうけど、加減をするのはやはり難しい。



 シルのアニキに引き取られてからあっという間に八年が過ぎ、アニキが学園に通う十五歳の年となっていた。これからの三年間をアニキの身代わりとして務める予定になっている。



「この姿で幻術や転移術を使って入れ替わればよさそうだな」



 寒気が落ち着いたらしきアニキが、アニキなりきりせっと姿のオレをしげしげと見つめて、感慨深そうに頷いている。


 シルのアニキとアニキなりきりせっとを纏ったオレは、気味が悪いほど似ているらしい。身代わりとしての目的完遂できそうな反応に、胸が熱くなる。これが、誇らしさというものかもしれない。


 本来のオレの体格では、身長も足りず、肩幅も筋肉量も不足ばかりで情けないけれど、なりきりせっとでそれを乗り切れるのだから凄いことだ。



 学園内では、基本的に寮の個室に待機し、ピンクブロンドの少女と接触する際に転移術と幻術を併用して成り代わる手筈だ。



「なんとも大掛かりですね。我が主に演技の才があれば済んだところを」


「コレを演るなら泡吹いて使いもんにならなくなるぞ」


「え。そこまでなんですか?」


 泣き真似をしてハンカチを目元に当てていたロランドがシルのアニキに真顔で言い換えしていた。


 これは つっこみ というらしい。アニキから教えてもらった。






+————————+






 ピンクブロンドの少女は貴族子女の通うアクォランディア学園に入学と同時に現れ、絡まれるようになるそうだ。


 アニキの話では、ピンクブロンドの少女『ミリシラーヌ』は、何故かアニキともう一人の青年、エヴァルドの特定の期間の行動を知っているらしい。特定の期間の行動とは、 げーむ という物語の内容のことで、アニキの話では、過去編の げーむ 内容を回避しようと動いたけれど、ことごとく げーむ 内容通りになってしまったそうだ。


 昔の事を思い出したのか、ガタガタと震える自分の肩を抱きながら教えてくれたアニキの背中をそっと撫でて宥めた。



(何でもできるアニキ。でも、色恋の演技だけは苦手で、げーむの物語ではさらに避けることができないってことッスよね。……オレが、しっかりしねーと。今までの恩をアニキの役に立って返したいッス)






 ミリシラーヌ嬢は、とっても可愛らしい令嬢だった。


 ピンクブロンドの長い髪に、宝石のように綺麗な碧色の瞳。話しかけてくる声は小鳥のようで、頬を染めて恥ずかし気に笑う姿は花が咲いたように可憐。


 一言で現すと、砂糖菓子のような少女だ。



 入学式での学園内での迷子になっていた彼女を転移術で入れ替わって見つけると、貴族令息の規範となるように冷静な対応をしつつも軽く笑みながら彼女を一学年に割り当ての学舎へ案内した。


 猫可愛がり溺愛という設定なら、シルのアニキの真似っこをしつつも大げさに見えるくらい溺愛する演技が必要になる。ミリシラーヌ嬢にはできるだけ優しくしなければと心に決めた。


 当日はそれ以降遭わなかったけれど、ロランドの報告で帰りがけにはもう一人の青年のエヴァルドに会っていたらしい。


(これが三角関係ってやつッスか? 良く分かんねーけど、アニキに報告するッス)



 寮に帰り、ミリシラーヌ嬢に接触した


報告に合わせて三角関係の意味を確認すると、室内の執務机に座っていたアニキが両手で顔を覆った。


 答えないアニキを訝しみながら、アニキの後ろに待機しているロランドを見ると、見覚えのある表情をしていた。


「さ、三角関係っていうのは、だな。共通の個人を恋人にと、二人が争うことをいう」


 顔を上げて、振り絞るように答えてくれるアニキ。顔が真っ赤だと気づくと、ロランドが同じ表情を浮かべねいたところを思い出した。


 アニキは『照れ性』だと言っていたときだ。つまり、今のアニキは『照れ性』を発症中だ。



「そうなんスね。今からエヴァルド様にケンカ仕掛けた方がいいッスか?」


「いや、まだ早い。演技の対策で教えただろう。覚えているか?」


 気にしないようにしながら、明るく提案すると慌てた調子の静止の返事が返ってくる。エヴァルド様の話しなら、変えられない げーむ 内容の話しだろうか。


「意中の相手と遠出の逢引(デート)した時期(タイミング)ッスね!」


「それは半分正解でしょう。二人が争うのですから、エヴァルド様とも遠出の逢引(デート)した時期(タイミング)ですね」



「うーん。難しいッス」





 それからは、教室移動の合間や昼休憩、放課後などの至る処で転移するようになった。シルのアニキの言っていた通り、順調に絡まれている。


 始めはあいさつ程度で切り上げていたが、だんだんと学園行事などの話題で立ち話をするようになる。そしていつしか、学園内の四阿に腰を落ち着けて話をするようになった。


 学舎とは別に学園の敷地内に建てられた休憩所で、友人としての距離となる。


「さあ、ミリシラーヌ嬢はこちらへどうぞ」


 彼女に声を掛けながら私物のハンカチを広げ、そこへ腰掛けるように誘導する。


「シルヴェストル様、ありがとうございます。こんなに優しくエスコートしてくださって、嬉しいです」


はにかみながら、そう口にすると、ミリシラーヌ嬢はオレの誘導に従ってハンカチの上に腰掛けた。


(このハンカチを収集品として保管する予定ッス。気付かれないものからコツコツと実績を作るッス!)



 ミリシラーヌ嬢とは魔術の入学実技試験の結果や受けてみた所感を話し合った。


 座った後のハンカチをアニキに渡すと、そのままロランドに渡っていった。一応、何処かに保管しておくらしい。それから、エヴァルド様とミリシラーヌ嬢の親交具合を教えてもらった。あちらも順調に仲良くなっているらしい。


 オレはアニキには褒められたので満足だ。





 課外授業、実力試験の試験勉強期間など学園行事や、遠出の逢引を熟していく。



 その間に彼女との距離は近くなり、並んで歩いていると不意に髪に触れたり、二の腕あたりや手に触れたりという接触が増えたり、特には許してはいないはずの愛称呼びを始めていた。


(何故か、報告した後には接触部分をアニキにパタパタ払われたッス。ゴミでも付いてたのか?)



 こちらからは優しくエスコートしつつ、愛を囁きながら、彼女の使用済みのものを思い出として目の前で収集したり、全面に余すことなく刺繍された、飛び切り重量があるが美しいハンカチを贈ったり、彼女をお茶の葉に例えた詩集を金縁の便箋に認めて送ったりしていた。渡す時の笑顔は忘れてないようにする。


 受け取った彼女は戸惑ったように眉を下げつつ微笑んでみせていた。貴族の品を保ちながら感性のズレた贈り物をするのは意外と難しいけれど、許容範囲のズレ具合に収まっているらしい。


次の段階では、微妙にケチな贈り物となって、またさじ加減が難しくなりそうだ。装飾品を強請られたら、領地の税収だから婚約者になった暁には贈らせてほしいと伝えたらいいだろうか。





 ミリシラーヌ嬢はオレと交流を続けながら、同時にエヴァルド様とも均衡を保って交流をしているとロランドから聞いていた。可愛らしい外見だけど、アニキの予想していた通りの遣り手のようだ。


 もう一人の恋の相手のエヴァルド様は、いつの間にか本物のシルのアニキが対応することになっていた。中々にミリシラーヌ嬢に入れあげているらしく、事あるごとにアニキに張り合ったり、ミリシラーヌ嬢にアニキの不当な評価を耳に入れたりしているそうだ。


(オレは口説く専門の身代わりで、エヴァルド様に絡まれているアニキの助けになれないけれど、アニキを悪く言われるのは悔しいッス。やっぱオレからケンカ仕掛けとくんだった)


 それをアニキに伝えると、オレの肩を叩いて宥めてくれながら、都合が良いから放っておけと笑っていた。





 一年はあっという間に過ぎ、学年末のダンスパーティーが開催が間近に迫ってきたころ、ミリシラーヌ嬢から手紙での呼び出しがあった。


 シルのアニキに報告したところ、『計算通りだ』と口元だけで笑っていた。目は笑ってなくて、オレはすこし背中が寒く感じた。


(何の用ッスかね? ダンスパーティーのパートナーのお誘いッスか?)


それだと、オレの振る舞いが拙いってことで、反省会が必要になるだろう。





「ごめんなさい、シル様っっ!」


 そんな事を考えてたけど、何か違うみたいだぞ。と気づいたのは、待ち合わせ場所にいたミリシラーヌ嬢が大げさな仕草で嘆きながら謝罪を始めたときだった。その隣りには、勝ち誇った顔をしたエヴァルド様が居る。


「……いいえ、シルヴェストル様。あなた様の気持ちは痛いほどいただいています。でも、受け取ること自体が恐れ多いことなのだと、やっと実感できました。


 わたしでは身分も気持ちも釣り合わなくて、分不相応だと分かったんです!」


 『いいえ』と言われたけれど、特に反論も反応もしていない。声を掛けようと笑顔を作ったところだった。そのまま彼女の声の張り具合や肺活量の多さに少し関心している。


「これからは、良き友人として、仲良くしていただきたいのです。どうか、お願いいたします、シルヴェストル様」


 最後は碧の目に涙を浮かべながら言い切ると、頭を下げてエヴァルド様の胸に飛び込む。エヴァルド様もしっかりと抱きとめ、背と腰に腕を回していた。


 続けてエヴァルド様が何か言っていたけれど、初めての顔合わせに下手に口を開けず、一方的に言われる形になった。


 この話が成立しないエヴァルド様の相手をしていたシルのアニキに惚れ直してしまっていた。ミリシラーヌ嬢を口説く方がよっぽど容易に感じる。




 最後は訳のわからない形になったけれど、ミリシラーヌ嬢とは、友人という間柄になった。これからは、近づいてこなくなるということになるだろう。


 三角関係のライバルだった青年、エヴァルドには勝ち誇った顔をされたが、 みっしょんくりあ だ。




 これで、オレの役目は完了だ。






+————————+





「セグレ、長い間身代わりをさせてしまって済まなかった。そして、深く感謝している」


 寮に戻り、最後の報告を終えると、大きな大きなため息をついた後、シルのアニキは安堵したように淡く笑った。学園の寮内という半公の場では見せないはずの、素のアニキの表情だった。


「勿体ないお言葉です、シルヴェストル様」


 意外に思いながら頭を下げると、楽にするようにと手を振られる。ロランドも居ない場でのことに少し戸惑いながら対面の席に腰掛ける。


「長く務めてくれたお前のためにも、今後の話しをしよう。今のお前は、貴族として十分な教養を身につけられている。そこで、是非にも進めたい養子縁組の話があるんだ。お前の力を十二分に活かせるはずだ」



 居心地の悪いまま聞かされた話に、オレは返事ができず軽く混乱したけれど、無理やり立て直す。


「いえ。折角のご縁のお話しですが、誠に申し訳ありませんが、養子縁組は辞退させていただきます」


「何故だ? 出自でも気にかかっているのか?」


 オレの返答に、アニキも戸惑ったようだ。今までアニキに忍従してきたオレが、初めて異を唱えたからかもしれない。叶うなら、オレもアニキの提案を受けたかった。


「いいえ。違うのです。私の、わたくし(・・・・)の身では、養子縁組は意図せぬ不幸を呼んでしまうからです」




 それでも、この話は受ける訳にはいかない。




「え?」


「ずっと隠しておりましたが、わたくしは女性として生を受けていました。シルヴェストル様の身代わりを務めたままの養子縁組では、不幸な結果となるでしょう」


「は?」


「主として仰ぎながら、性別を偽っておりましたこと、謹んでお詫び申し上げます。本当に、申し訳ございません」


 アニキ、いや、シルヴェストル様は衝撃に固まっているようだけれど、『ワタシ』はそのまま言い切って深く頭を下げ、そのまま主の次の言葉を待った。




「ま、まて、待ってくれ。まずは、頭を上げてくれ」


「はい……」


 きまりの悪い気持ちのまま、下げていた頭を上げる。


 目の前には、眉根を寄せて首を傾げているシルヴェストル様。引き続き混乱されているみたいだ。申し訳ない気持ちに埋め尽くされて、目を伏せる。忙しなく組み変えるシルヴェストル様の指が見えた。


「セグレ、は、女性? なのか?」


「はい、左様です。申し訳ございません」



「いや、謝るな! 謝る事ではないだろう?」


 改めて頭を下げると、絡んでいたシルヴェストル様の手は『ワタシ』の身を支えとするように広げられる。そのまま伸ばされて、性別を思い出したのか、途中で手は止まった。


「そう、でしょうか」



 あの手が届かないことに、『ワタシ』の心は沈み、沈んだことに『オレ』の意識は愕然とする。


 咄嗟に『ワタシ』は目を瞑ってシルヴェストル様の手を視界から追い出した。言葉遣いは『ワタシ』のまま、心は『オレ』になるように、『オレ』で在ることを保つように。



「しかし、どうやって」


「し、シルのアニキのなりきりせっとのお陰です」


「そ、そうなのか?」


「はい」


 オレの言葉に半信半疑というように唸られる。


 けれど、こればかりは本当だ。ロランドが手配したなりきりせっとは、背も体格も手指の骨格も筋肉量でさえなりきれるせっとだ。毎月アニキの数値に更新していくなりきりせっとをいつも着用していれば、外見だけでの判断は難しくなる。さらに、屋敷内では過ごしやすいように手配してくれたのだから、身近な使用人以外には凡そ気付かれない。


 色々と手配してくれたロランドには、嫌でもバレてしまっていたが。



 もう、秘密をバラしてしまったのだから、これまでのことはいい。大事なのはこれからのことだ。


「わたくしは、身代わりの務めが終わりしだい、市井に降りる心積もりでおりました」


 落としていた視線を上げると、大きく肩を跳ねさせたアニキと目が合う。


「は? ま、まままままってくれ! 姿を消すつもりなのか!?」


 先ほどから待てが連呼されているが、シルのアニキはどれだけ待ってほしいんだろうか?


「はい」


 アニキの言葉にオレは平然と頷いて見せる。


 疾うの昔に乗っ取られた貴族家の子どもだ。今さら貴族として生きようとは思っていなかった。


 シルヴェストル様のお役に立ち、役目を終えたら、孤児院を出た後と同じように、『ワタシ』は生きて行くつもりだった。



「待ってくれ! ホントに待ってくれ!」


「は、はい」


(アニキ、大丈夫ッスか? 頭抱えてるッス)


 捲し立てるような静止の声に、驚いたまま返事をしてしまった。アニキはアニキで、ブツブツと自分に言い聞かせている。


「……よし。今の俺は混乱している。冷静に考える必要がある」


「それは本当に、仰るとおりかと」


「ああ。だから、今回の話は一旦保留だ」


「承知しました」


 大きな息と一緒に吐き出された言葉に、オレも同意する。今のアニキの混乱具合では、話しをしても伝わらないだろう。



「ほ、保留だからな!? お前の身柄は引き続き、俺が預かっているってことだからな!? 勝手に出ていくんじゃないぞ!?」


「? はい。仰るとおりにいたします」


 オレの反応に慌てた調子で言い募られた。シルのアニキの混乱はよほど強いらしい。





 課題が保留の間は、引き続きシルのアニキの侍従として行動しようとしたけれど、何故かシルのアニキの言動がぎこちなくなり、お茶や書類の受け渡しさえ難しくなっていた。


 困ったオレとロランドは話し合い、下働きのような、主人に関わらない仕事を受け持ってみたのだが、オレの姿が見えないことに不安を覚えるのか、大物の荷運びをしているところを呼び出され、アニキと同じ部屋でひたすら待機することになった。


(『勝手に出て行くな』と言われたくらいだし、それだけ心置きなく仲良くしてくれてたってことだろうッスけど、どうしていいか分かんねぇ)



 今もチラチラとアニキの視線を受けながら、ため息をついていると、ロランドの乾いた笑いが聞こえた。


「このままては、お互いに疲弊するばかりでしょう。この際、シルヴェストル様には現実を思い知ってもらったほうが良いのではないでしょうか?」


「現実を思い知る?」


「なんだか嫌な予感がするんだが」


 シルのアニキの言葉を華麗に流し、ロランドは大きく頷く。


「まずは、男装を解きましょう! 身代わりの男装せっとのままでは、お互いの距離を測りかねるはずです」


「あ、アニキ、それは」


 長い間、男性の衣装を身に着けてきた身としては、イキナリ女装をするのは抵抗感がある。


「それは一理あるな。やってみる価値はある」


「一先ず、侍女のお仕着せに着替えて下さい」


「は、はい……」


 けれど、我が主のお言葉だ。逆らいきれず、ロランドからお仕着せを受けとることになった。





 シルのアニキなりきりせっとを解除して、変装なしの娘姿になる。


 言葉にするには簡単だが、鬘を取り、顔似せ化粧をとり、厚底を履いた筋肉人形を脱いで、侍女のお仕着せを着て現れたオレは、別人と言ってもいい。



 その姿を見たシルのアニキは、衝撃を隠せずに項垂れてしまった。さらには、ロランドに言われて変声機を使わずに発した声を聞くと愕然とした表情をして、ついには崩折れてしまった。




「俺はなんてことをしたんだ……セグレの無邪気な子どもの頃と花も盛りの頃を、男装で潰してしまっただと!?」


「アニキ、元々男として生活してたッスから、気にすることないッスよ」


崩折れたまま、呻くように呟くアニキに助けるつもりで声をかけるけれど、思った以上に高い声が出てしまい、さらにアニキを追い詰めてしまったようだ。


「そもそも、セグレという名も女性名ではありませんし、偽名でしょうね」


そこにさらにロランドが追い打ちをかける。



抱えていた頭をがばりと起こして、シルのアニキに見つめられた。狼狽えてはいるけれど、真剣な眼差しだ。


「そうだ、その通りだ。おま、あ、あなた、の、名前を教えてほしい」


「いえ、オレはセグレとして生きて行くつもりで」


「貴女の名が知りたい」


 怖いほどの真剣な眼差しとは、こういうものを言うのか、たじたじになって口ごもるけれど、逃げられそうにない。


「……セヴェーラ、ッス」


「セヴェーラ……」



 消え入りそうな声で答えたのに、残らず聴き取ったシルのアニキは、噛みしめるように名を呟いた。


 名乗っていなかった、呼ばれていなかった年月が長すぎて、呼ばれても自分の名のように思えず、居心地が悪く感じる。


「変な感じッス。オレは、ずっとセグレって名乗ってたッスから」


「あな、っっ、お、お前は、セグレとして生きたいのか?」


 苦い本音を吐露すると、アニキに問われる。その質問にはすぐに返事ができず、曖昧なままに答える。



「それは、分かんねーッス。身の安全のためには、セグレって男の子どもでいた方が良かっただけッスから」


「そうか……あの状況であれば、安全を図るのも道理だ。それなら、その話も保留でいい。セグレが、セヴェーラが、どうしたいかを教えてほしい。知りたいんだ」


 オレの答えに頷きながら、何を考えてかアニキの眉間に皺が寄り、それを振り払うように穏やかな笑みを浮かべた。


「アニキ……」


「はははっ。何でも保留では締まらないけどな」




 それからは、不思議な生活が始まった。


 切りよく年末のダンスパーティーが終わり、冬期休暇に入ったシルのアニキに付き従って、公爵邸に戻ってきた。けれど、今までの身代わりとしての勉強がなくなったオレは、毎日のやることがなくなってしまった。


 代わりに増えたのは、装いの変更だ。女装をしてみたり、男装をしてみたり、シルのアニキなりきりせっとで男装してみたり。装いを変えては、シルのアニキの前に出ては唸られる毎日だ。



 あとは、保留とされている課題、オレがどうしたいかを考えてみたりする。


 そして、どう考えても最後はいつも同じ答えに行き着く。




 シルのアニキの、シルヴェストル様のお役に立ちたい。




 今までのオレの原動力はそれで、シルのアニキの嬉しそうだったり、ほっと安らいでいたりする様子が分かると、嬉しくて満ち足りた気持ちになる。役に立てたことが嬉しい、喜んでくれることが嬉しい。それが今まではセグレの男装で叶っていた。



 アニキの元を離れるなら、新しい目標や目的を見つけなければならないのに、上手くいかない。





 シルのアニキからは、度々、花が届くようになった。それだけでなく、シルのアニキ直々に花束を贈られることもあった。オレに割り当てられていたこぢんまりとした使用人部屋に贈られた花が乱れ咲いている。  


 さすがに置くところがなくなってきて、ロランドにアニキの意図を聞いてみたけれど、苦笑されて「嫌でなければ受け取ってください」と言われて、しばらくすると使用人部屋から格の高い客間に引っ越しすることになった。さらに世話役のメイドも付くようになって、ますます困惑していた。



「こ、これ、やる」


「あ、ありがとう、ございます」


 今も、公爵邸内の温室の四阿で対面の真正面から差し出されている。アニキの『照れ性』を遺憾なく発揮されて、顔から耳、首まで真っ赤にして差し出される花束は、受け取る側まで顔が熱くさせる効果がある。



「な、何だ。前みたいにこんな俺の反応は流すんじゃないのか?」


 シルのアニキも赤くなっている自覚があるのか、アニキの『照れ性』へのオレの反応が違うのを指摘してくる。


「お、オレは今、シルのアニキの真似っ子中ッス、から」


 あれだけ特訓した、ピンクブロンドの少女用の甘い口説き文句は、アニキの前では全然役に立っていない。



「え。俺の顔こんなになってるのか……?」


「こ、こんなってどんなッスか??」



 返事はせずに赤くしたままの顔を背けるアニキ。オレも嬉しさと悲痛さを綯い交ぜにした気持ちで赤い顔を花束の影に隠す。



 シルのアニキ……いや、シルヴェストル様。


 『ワタシ』はこんなにもちっぽけで、お役に立てないからなんて理由をつけて逃げようとしている。


 そんな『ワタシ』を繋ぎ止めてくれている、両腕から溢れそうなほどの花を贈って慰撫してくださるシルヴェストル様。その人を思い遣る心遣いが、嬉しくて、どうしようもなく心に痛みが走る。




 『ワタシ』が欲しいのは人を思い遣る心遣いじゃないと、駄々をこねる。




 お役に立てないなんて大層な理由は、嘘で固めたセグレを隠せなくなったときのために付けた、逃げ出すための口実だ。


 嘘のセグレの正体を知られて、シルヴェストル様に冷たい目で見られることが怖かった。騙していたのかと、責められるのが恐ろしかった。



 シルヴェストル様に嫌われることが、何よりも怖かった。




「ど、どうした!? 何で泣いてるんだ!?」



 アニキの慌てた調子の声が聞こえて、はっとした。


 いつの間にか滲んでいた視界は、瞬きをしてもすぐにぼやける。せっかくアニキが贈ってくれた花束に雫が散らばってしまった。


 拭おうとして、花束が両手どころか両腕まで塞いでいたことに気づく。片腕で持ち直すより早いと、花束にまた顔を埋めて隠そうとすると、アニキから静止の声がして、目元に少し手荒くハンカチが当てられる。





 ……ああ、好きだな。



 涙と一緒に、どうしようもない恋い慕う心が零れる。


 最初は、恐縮しながらも従僕として身に余るほどの心遣いを享受できていられたら満足だったのに、いつの間にかそれよりももっとと求めるようになった。みなと同じように享受できるものじゃない。



 『ワタシ』だからこそ、シルヴェストル様からいただける特別なものが。あなたの心が欲しい。



「教えてほしい、何を泣いているのか。花を贈ることは迷惑だってことか?」


 目元にハンカチを当てたまま、途方に暮れたようにシルヴェストル様が肩を落とす。突然泣き出してしまったのだから無理もないだろう。『ワタシ』は慌てて首を横に振る。早く弁明しなければと、花束を下ろして口を開いた。



「ごめ、なさい。シル、ヴェストル、様」


「あ、ああ」


「ごめ、なさい。ワタシ、お、お慕いして、しま、て」


「え」


「き、きっと、ご迷惑、おかけ、ぅから、離れ、方がいい、て思っ」


「―――そうか」


「っのに、お傍、に、居られる、こと、願ってしま、んです」


「―――っっ」



 ごめんなさい、嫌わないで。



 振り絞った最後の声は涙で震えていた。言い切った『ワタシ』はシルヴェストル様を見れずに、また俯く。


 突然泣き出したことも、話した内容も支離滅裂でどうしようもない。



 と、思ったところで、両腕を掴まれ、頭突きをされた。



「!?」


「良かった……! けど、俺の気持ちは全っ然伝わって無かったんだな……」


 鈍い音と痛みに声も出せずに悶えていると、シルヴェストル様の話しが聞こえてくる。



「き、気持ち、ですか?」


「お、俺は、せ、セヴェーラを綺麗だと思ってる! 今すぐに飾り立てたいくらい、だ」


 顔を上げた先には、『ワタシ』を真っ直ぐに見つめるシルヴェストル様。顔は相変わらず真っ赤で、言葉を切ると視線を逸らす。


 『照れ性』を発症中なのだろう。……もしかすると、両腕が塞がっていなければ顔ごと逸らしていたのかもしれない。



「か、飾り立てたる?」


 開き直ったのか、真っ赤な顔のまま視線を戻すと、『ワタシ』が埋もれている花束から一輪引き抜いて、首を傾げる『ワタシ』の髪にそっと差し込みながらシルヴェストル様は話しを続ける。


「ん゙ん゙。まぁ、今までセグレのことを弟分の臣下だと思ってたくせに、すぐに惚れるとか、チョロすぎて嫌になるというか」


「ほ、惚れ?」


「俺はお前と交流をし続けることを前提に将来のことを考えていた。俺とも交流が持てて、お前にとってもより良い将来に繋がる選択を渡したかった。それが、お前の養子縁組の紹介だったんだ」


 うるさい心臓の音に阻まれながら、シルヴェストル様の言葉を聞く。真似っこしている場合じゃないのに、シルヴェストル様の頬の赤みが『ワタシ』に移ったまま返っていかない。


「俺は、セヴェーラを手放すつもりなんて、最初から無かったんだよ。そこに女で平民になるなんて、傍を離れるなんて言われて、混乱したんだ」


「『ワタシ』を、お傍に置いていただけるんですか?」


「ああ! セヴェーラという女性だからこそ、セヴェーラだけに捧げたい、とっておきの場所だ」


 いや。真似っこなんて嘘だ。嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったい。『ワタシ』が欲しくてたまらなかったもの。


「セグレ、セヴェーラ。どうか俺の、私の求婚を受けてほしい。お前に傍に居てほしい」


 叶わないと思っていた想いが結ばれて、また涙が零れたけれど、何度も頷いて答えると、埋もれた花束ごとぎゅっと抱きしめられた。


「よし! 早速、養子縁組の先は隣国の親戚に変更だ」


 嬉しそうなシルヴェストル様を見ていられるのは嬉しいけど、意思の疎通を図るためにロランドを呼んだ。




+————————+





 オレは……ワタシは、伯爵家の令嬢らしい。この度、婚約者である公爵子息との婚姻のために隣国から帰国したという。三歳頃に不幸にも両親を失い、親戚の細い繋がりを頼り、保護してもらっていたのだ。


 それはもちろん表向きの話。アニキと幼馴染も同然で育ったワタシは、隣国の貴族としての身分を作って、公爵子息との婚約を行ったのだ。



 七歳になったある日、手を差し伸べてくれた公爵子息に甘いときめきを覚えた。


「セヴィー、セヴェーラ」


 その頃から、オレ(ワタシ)はアニキにずっと心を捧げて生きていたのかもしれない。









スマホ直打ち習作です。盛りすぎるので、引き算の加減の練習中です。勿体ないから投稿しちゃう。


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