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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第三十一話 去年と今年

 打球が消えていった瞬間、観客席から大歓声が巻き起こった。応援団は皆飛び跳ねて喜び、ベンチの選手たちも喜びを露わにしている。


 それに対し、足立は目をつむって天を仰いでいた。和泉高校の選手たちは打球方向を見上げて呆然とするしかなく、ただただその場に突っ立っている。この八回裏で、両校の立場が一気に入れ替わってしまったのだ。


「ナイスバッティング!!」


「ナイバッチ!!」


 ベンチに戻ってきた雄大を、皆が破顔して出迎えていた。互いにハイタッチを交わし、喜びを分かち合っている。特にまなはとびきりの笑顔で出迎えていた。


 これで四対二となり、大林高校が二点のリードを奪うことになった。その後、足立は後続の打者をなんとか抑え、八回裏を終えた。しかし――雄大の本塁打によって勢いを削がれた和泉高校に、もはや反撃する力は残っていない。


 九回表、もちろん雄大がマウンドへと向かう。和泉高校の攻撃は一番の鎌田からだったが、雄大の前になすすべなく三振に倒れた。二番打者も三振に打ち取られ、二死走者なしで三番の野口が打席に入る。


「野口出てくれー!!」


「諦めんなー!!」


 必死の声援が飛ぶ中、野口は必死に雄大の球をカットしている。ネクストバッターズサークルでは、足立が自らの出番を待ちながら、懸命に声援を送っていた。


 カウントはワンボールツーストライク。雄大は慎重にサインを交換し、大きく振りかぶる。野口は焦った表情でマウンドを見つめ、テイクバックを取った。そして、雄大の右腕から高めにストレートが投じられ――野口が空振りした。


「ストライク!! バッターアウト!!」


 次の瞬間、スタンドが大きく沸き上がった。観客たちは選手たちに拍手を送り、その健闘を讃えている。大林高校の選手たちも笑顔で本塁付近へと向かっていったが、足立はネクストバッターズサークルでただただ立ち尽くしていた。


「よくやったぞ足立ー!!」


「頑張ったぞー!!」


 和泉高校の応援席から、足立に向けた温かい声が聞こえてきた。それを聞いた足立は、目に涙を浮かべながらゆっくりと歩き出す。やがて他の選手たちと合流し、本塁付近で整列すると、審判が号令をかけた。


「四対二で大林高校の勝ち。礼!!」


「「「「ありがとうございました!!!!」」」」


 選手たちは互いに握手を交わした。それに合わせて、改めて観客席から拍手が巻き起こる。和泉高校の選手たちは、雄大たちに準決勝に向けたエールを送っていた。特に足立は目を腫らしながら、雄大の手を強く握った。


「久保くん、ナイスバッティング。君たちなら準決勝も大丈夫だ」


「ありがとう。三年間、お疲れさま」


 雄大は労いの言葉をかけ、その手を強く握り返す。試合が終わるたび、敗者と勝者は必ず生まれる。甲子園に出場するためには、常に勝者側にまわり続けるしかないのだ。


 これで大林高校は二年連続で準決勝に進出することになった。かつて弱小校と呼ばれた姿はもうなく、れっきとした実力校に成り上がっていたのである。


「今年の大林は去年以上だな」


「このまま上がっていくかね」


 観客たちは帰り支度をしながら、大林高校の次戦を占っていた。これから残りの準決勝三試合が行われ、ベスト4進出校が決まる。雄大たちはその結果を待ちながら、球場を後にした。


***


 翌日、大林高校のナインはグラウンドで練習を行っていた。次の試合は明後日の予定であり、まなは選手の疲労を考慮して軽めのメニューを組んでいた。


 休憩時間となり、この間と同じように皆で地元紙のスポーツ欄を読んでいる。特に皆が注目しているのは、昨日の準々決勝の結果であった。


「向こうの山はやっぱり自英学院だったか」


「背番号10の松下が完投だってよ、選手層半端ないな」


 自英学院は当然のように勝利を収め、準決勝進出を決めていた。昨日の試合では森山の手を借りるまでもなく、相手打線を抑え込むことに成功していた。自分たちと圧倒的な差がある、自英学院の選手層。大林高校のナインは、甲子園までの道がまだまだ果てしないことを実感していた。


 そんな中、雄大は次戦の対戦相手に注目していた。次の相手は、雄大たちと同じくシード校を倒して準決勝進出を決めている。雄大は静かに口を開き、ひとり呟いた。


「藤山高校か……」


***


 藤山高校は、雄大にとって印象が強い学校である。一年生の頃、夏の一回戦で対戦し、彼のタイムリーでサヨナラ勝ちを収めた。そして二年生の頃に行った練習試合では、リョウが好投してその才能が皆に知れ渡ることとなった。


「なんかの因縁かなあ」


「ね、まさかここで藤山高校とは思わなかったよ」


 部室では、雄大とまなが準決勝に向けて話し合っていた。本来は全員でミーティングを行うところだが、他の選手たちはまだグラウンドで練習を続けている。


「それで、話ってなんだよ」


「ああ、それなんだけどね」


 実は、まなが雄大だけを呼び寄せていたのだ。彼女は準決勝に向け、ある計画を立てていた。


「雄大、あなたを――準決勝で投げさせるつもりはないから」


「どういうことだ?」


「決勝は間違いなく森山くんとの投げ合いになる。決勝は準決勝の次の日だから、あなたを万全な状態で投げさせたい」


「つまり、準決勝はリョウと加賀谷で乗り切るってことか?」


「そういうこと」


 まなが話を終えると、雄大は熟慮していた。決勝を見据えれば、たしかに雄大を温存するのは悪くない案である。しかし、高校野球は負ければ終わりの一発勝負。戦力を出し惜しみして負けるという話も、決して珍しくはないのだ。


「……分かった。準決勝の先発はリョウに任せて、加賀谷に準備しておいてもらおう」


「ありがとう。エースのあなたには、先に言っておかないとと思ったから」


「心遣いありがとな。その代わり、ひとつ約束してくれ」


「なあに?」


「迷ったら――俺を出せ」


 雄大は真っすぐにまなの瞳を見つめ、力強く言った。その迫力に思わず気圧されそうになりながら、まなは返事をした。


「……分かった。その時は頼むから」


 二人は他の選手たちをグラウンドから呼び寄せ、ミーティングの準備を始める。全員が集まると、まずまなが投手の説明を行った。


「藤山高校のエースは、左投げの金井くん。カットボールが持ち味」


「左投げでカットボールって、まさに内藤さんじゃないか」


「その通り。金井くんの投球スタイルは、あの時の内藤さんそっくりだよ」


 内藤とは、雄大が一年生の頃に対戦した藤山高校の投手である。左投げのカットボーラーで、大林高校の選手たちは凡打を量産する羽目になった。雄大も代打で辛うじて内野安打を放ったものの、完璧に捉えられたわけではなかった。


「金井くんは球速もあるし、内藤さんよりレベルが高い。立ち上がりに失点する傾向があるから、早めに叩きたいね」


「先制点が重要だな」


「そういうこと」


 雄大とまなの会話に、他の選手たちは熱心に聞き入っていた。続いて、まなは打者陣の説明に移った。


 特筆すべきは、三番の佐藤と四番の牧原である。佐藤は左打ちの三塁手、牧原は右打ちの中堅手だ。両者とも強打が持ち味で、藤山高校の準決勝進出への原動力となった。さらに金井も六番に座り、二人の残したランナーを掃除する役割を持っている。


「今年の藤山高校が強い理由は、やっぱり攻撃力だね。悠北みたいに爆発力があるわけじゃないけど、いったん勢いがつくと止まらないね」


「要所要所を抑えられるかが重要だな」


「その通り。そこで――リョウくんに加賀谷くん、あなたたちが頼りだからね」


「はいっ!」


「おう!」


 二人にも、準決勝で雄大を温存する方針は伝えてある。彼らが藤山高校の打線を抑え、打線がいかに金井を攻略していくのか。投打両面で、難しいことが要求される試合となりそうだ。


 そして、あっという間に準決勝当日を迎えた。去年と同じく、試合会場は県内で一番大きい球場である。一年生はその規模に感動し、上級生はこの球場に戻ってこれたことを誇りに思っていた。


「いやあ、戻ってきたな」


「珍しくテンション高いな、芦田」


「なに、嬉しいんだよ。甲子園はともかく、ここで野球出来るってだけで幸せだよ」


「そうか……そうだよな」


 芦田の言葉を聞き、雄大ははっとした。全国大会を経験した彼と違い、ほとんどの部員は大舞台に立ったことがない。準決勝に来るというだけでも、彼らにとっては大きな意義のあることだったのだ。


(必ず……お前らを甲子園に連れて行ってやるからな)


 芦田同様に気分が高揚している部員たちを見て、雄大は強く心に誓った。そして間もなく、試合開始の時間となる。今日は藤山高校が先攻で、リョウは先発マウンドに向けて気持ちを高めていた。


「整列!!」


 審判の号令で、両校の選手たちが一斉に本塁付近へと駆け出していく。スタンドに詰めかけた観客たちからは大歓声が起こり、今日の熱戦を期待していた。


「これより、藤山高校と大林高校の試合を開始する。礼!!」


「「「「お願いします!!!!」」」」


 大林高校は去年の戦績を越え、決勝進出を果たすことが出来るのか――

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