第二十四話 一発勝負
体調不良で昨日の更新をお休みしました。申し訳ありません。
審判の右手が上がった瞬間、球場が大歓声に包まれた。雄大は雄叫びとともにガッツポーズを見せ、喜びを露わにしていた。ナインも互いを讃え合い、整列のために本塁へと向かっていった。
「終わり……」
一方で、野村は打席に立ったまま静かに呟いた。一年生の頃から古豪の悠北高校で野球に打ち込み、甲子園を目指してきた。辛いときでも歯を食いしばって耐え、自らの実力を伸ばした。そして主将として迎えた、最後の夏。その結末が二回戦敗退というのは、彼にとってあまりに受け入れがたい事実だったのだ。
野村に限らず、悠北の選手たちは敗北を受け入れられず目に涙を浮かべている。なんとか整列しようと本塁付近へと歩き出す彼らの姿に、観客席から惜しみない拍手が送られていた。
「一対〇で大林高校の勝利。礼!!」
「「「「ありがとうございました!!!!」」」」
両校の選手たちは挨拶を終えると、互いに握手を交わした。内海は芦田に手を差し出し、決勝本塁打を讃えていた。一方で、野村は目を腫らしながら雄大のもとへ向かい、声を掛けた。
「久保くん!!」
「今日はありがとう、野村くん」
「こちらこそありがとう。最後の打席、完敗だよ」
「君こそ、真っすぐを捉えていたじゃないか。参ったよ」
雄大がそう言うと、野村は少し照れたように笑った。彼はこほんと咳ばらいをして、再び口を開いた。
「でも、勝ったのは君たちだ。必ず頂点まで行ってくれ」
「ああ。俺だって、去年の借りがある」
「……森山くんだろう?」
「そういや、春の大会で対戦したんだったな。どうだった?」
「たしかに調子は悪かった。僕だって、万全の彼と戦いたかった」
「けど、アイツのことだ。必ず調子を取り戻すよ」
「うん。だから――」
野村はそう言うと、雄大の手を取った。そして、さらに話を続けた。
「森山くんを倒すのは、君たちに任せるよ」
「ああ。楽しみに待っててくれ」
そうして、雄大はその手を握り返した。彼は尾田や森とも話をして、健闘を讃え合っていた。そのとき、悠北の応援団から大きな声援が聞こえてきた。
「「フレー、フレー、おおばやしー!!」」
悠北の応援団が、大林高校に向かってエールを飛ばしていたのだ。敗れた学校は、勝者にその夢を託していくしかない。そのことを理解していたからこその行動だった。
「「ありがとうございました!!」」
雄大は皆を整列させ、脱帽して礼をした。悠北の応援席から、今後の活躍を祈る拍手が巻き起こっている。一発勝負の高校野球ならではの光景だった。一方で、スタンドでは観客たちが試合について振り返っていた。
「今年も大林が勝っちまったな」
「でも、あの久保がいるなら当然だろう」
「初めて見たけど、ビックリしたよ。何であんな投手が大林なんかにいるんだろうな」
大林高校は、去年に続いて悠北高校を破る偉業を成し遂げた。しかし観客たちはもはやそれに驚いておらず、むしろ雄大の底知れぬ実力に期待感を抱いていた。バックネット裏で試合を見ていたスカウトたちも、彼の逸材ぶりに興奮を隠せていなかった。
雄大は後片付けを終えて帰ろうとしていたが、新聞やテレビの取材に捕まってしまった。二回戦ながらも、剛腕投手と強力打線の対決ということで注目されていたカードだったのだ。
「久保先輩、なんか記者の人に囲まれてますね」
「すっかり有名人だねえ」
マネージャー二人は、その様子を見て会話を交わしていた。特にまなは、少し寂しそうな表情で遠くから雄大を眺めていた。彼女にとって、雄大が有名になるのは喜ばしいことである反面、どこか遠くへ行ってしまったような気がしていたのだ。
雄大が取材を終え、大林高校の選手たちは球場を後にしようとしていた。皆で歩き出そうとしたとき、雄介が口を開いた。
「あに――久保先輩、第二試合は自英学院の二回戦みたいすね」
「そういや、アイツら第二シードだもんな。誰が投げるんだろうな」
「もうスコアボードにスタメン表示されてるんじゃないすか? 見てくるっす」
雄介はそう言うと、電光掲示板が見えるところまで走って行った。しばらくすると、彼は目を丸くして皆のところへと戻ってきた。
「ちょっと、信じられねえっすよ!!」
「え、何が?」
「健二が四番に入ってるっす!!」
その言葉を聞き、雄大は耳を疑った。あの自英学院が、一年生である健二を四番に抜擢したというのだ。いくら中等部で四番を打っていた強打者とはいえ、到底信じがたいことだった。
「ちなみに先発は誰なんだ?」
「森山さんっす」
「一年生が森山の球を受けるのか。それもすごいな」
「なに呑気なこと言ってんすか!!」
「健二ってそんなに凄いやつなのか?」
「……自英学院じゃ、健太さんを超える逸材だって言われてたっす」
健太というのは、去年まで正捕手を務めていた松澤健太のことである。健太も自英学院を甲子園準優勝に導いたキャッチャーであり、今では東京の名門大学で野球を続けている。しかし、健二はそんな兄を超えるほどの逸材だというのだ。
「分かった。どうやら、森山復活のカギは健二にありそうだな」
「でも、まさか四番だなんて」
「どうせ自英学院と当たるのは決勝だ。それまでに、健二が本物かどうかは判断がつくだろう」
雄大はそう言って、歩き始めた。皆もそれに従って足を進めていく。自英学院がどうなろうが、大林高校の目標はあくまで甲子園出場だ。雄大もそれを理解しており、あくまで次の試合を見据えていたのだ。
***
その二日後――雄大たちは柴山学園高校との三回戦に挑んでいた。悠北を破って自信をつけた彼らにとっては、難しい相手ではなかった。
初回、大林高校はリョウと雄大の二連続タイムリーであっさり二点を先制した。その裏の守備、先発のマウンドに立ったのはリョウである。彼は持ち前の制球力で打者を翻弄して、なかなか的を絞らせなかった。
試合はそのまま大林高校のペースで進んでいき、六回終了時点で四対二というスコアだった。七回からは加賀谷がリリーフして、しっかりと柴山学園の打者を抑え込んだ。打線は八回に追加点を挙げ、さらに突き放してしまった。
結局、雄大たちは五対二の三点差で柴山学園を下し、見事に三回戦を突破した。これで去年に続いて準々決勝に進出することになり、大林高校はさらに注目されるようになった。
三回戦の翌日、雄大たちは高校のグラウンドで汗を流していた。大会期間中、雄大は県内のテレビ番組で取り上げられることが多くなった。他の生徒たちも、話題の剛腕投手を一目見ようとグラウンドの側で見学している。マネージャー二人は、練習道具を運びながらその様子を見ていた。
「今日もいっぱい人が来てますね~!」
「う~ん、すごいね」
「久保先輩、すっかり人気者ですねえ」
「あはは、大エース様だもん」
そう言って笑うまなだったが、内心は気が気でなかった。少し表情もひきつり、道具を運ぶ手がプルプルと震えている。それを見たレイが、ニヤニヤとしながら口を開いた。
「まな先輩、やっぱり久保先輩のことが気になるんですか~?」
「!」
まなはその一言に動揺して、道具を落としそうになる。慌てて持ち直し、レイに向かって返事をした。
「レイちゃ~ん、一年前に比べて随分と度胸がついたねえ……」
「い、いえ! そんなことは」
「待ちなさ~い!!」
走って逃げるレイを、まなが全速力で追いかけていた。グラウンドでストレッチをしていた雄大とリョウは、その様子を不思議がって見ていた。
「あいつら、楽しそうだな~」
「姉さん、何やらかしたんだろう……?」
「試合のスコアでもつけ間違ってたんじゃないか、アハハ」
自分が原因とも知らず、雄大は呑気に返事していた。三回戦を突破しても、チームの雰囲気はピリつくどころか良くなっている。数日後はいよいよ準々決勝。甲子園を目指す戦いは、日に日に厳しさを増していった――




