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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第十九話 平行線

 五回も両校とも得点出来ず、試合は後半戦へと突入していく。内海にうまくかわされている大林高校と、雄大に力で抑えられている悠北高校。対照的な両者だったが、エースが奮闘しているという意味では同じであった。


 六回表、大林高校の攻撃。打順は一番からだったが、先頭の雄介は三振に打ち取られてしまった。打席には二番の青野が入る。彼も右打者であり、芦田と同じくこの試合で鍵を握る存在だった。


「「かっとばせー、あおのー!!」」


 青野はバットを構えると、じっとマウンドの方を見た。内海は冷静にサインを交換し、第一球を投じる。外角へのストレートだったが、青野は見逃した。しかし審判の右手が上がり、ストライクとなった。


「ストライク!!」


「ナイスピー!!」


「いいぞ内海ー!!」


 試合後半になっても、右打者に対するまなの指示は変わらず「内寄りの変化球を叩け」というものだった。青野もそれに従い、外の球には手を出さずにいた。ベンチでは、雄大とまなが話し合っている。


「まな、そろそろ向こうも狙いに気づいてるんじゃないのか?」


「だとして構わないよ」


「っていうと?」


「仮に向こうが外一辺倒になったら、そっちの方が狙いやすいでしょ?」


「そりゃ、そうだけどよ」


「とにかく、狙いは変化球だよ」


 内海は何球か外の直球を続け、カウントをワンボールツーストライクとした。そして、彼は第四球に内角へのスライダーを投じたのだ。しかし僅かに高く、甘い球となってしまった。青野はそれを逃さず、思い切りバットを振り抜いた。強い打球が、一気に左中間を破っていく。これで二塁打となり、青野は塁上でガッツポーズを見せた。


「よっしゃー!!」


「ナイバッチ青野ー!!」


 大林高校の選手たちは、青野のバッティングを讃えていた。ここに来て、初めて内海の変化球をまともに捉えることに成功したのだ。まなもガッツポーズを見せ、雄大に発破をかけていた。


「ほら、言った通りでしょ! 雄大も頑張って!!」


「おうよ、分かったって」


 そうして、雄大はネクストバッターズサークルへと向かっていった。状況は一死二塁となり、打席には三番のリョウが入る。彼は第一打席で内野安打を放っており、悠北のバッテリーも警戒していた。


(久保先輩はあの悠北打線を完璧に抑えてる。何とか援護しないと)


 リョウは気合いのこもった表情でバットを構えた。初球、内海は内角のストレートを投じる。リョウはこれを見逃し、カウントはワンボールとなった。悠北の捕手である森は、今日の大林高校の攻撃に違和感を覚えつつあった。


(右も左も、ほとんどこのコースの真っすぐに反応しない。変化球が狙いなのか)


 彼は大林高校の狙いを悟り、試しにアウトコースに構えてスライダーを要求した。内海もそれに頷き、セットポジションに入る。そして小さく足を上げると、第二球を投じた。


(来たッ、外の球!)


 リョウはスイングを開始したが、白球は本塁手前で軌道を変えた。手元から逃げるように沈んでいき、彼はバットに当てるだけで精いっぱいだった。


(なんとか、右に……!)


 彼は辛うじて右方向に弾き返した。打球はセカンドの正面へと飛んでいく。青野はそれを見てスタートを切り、三塁を狙っていた。二塁手は打球を捕って三塁を見たが、すぐに諦めて一塁へと送球した。これで進塁打となり、二死三塁で雄大に打順が回ることとなった。


「ドンマイドンマイー!!」


「ナイス進塁打ー!!」


 リョウは悔しがっていたが、部員たちは最低限の働きに拍手を送っていた。そして場内アナウンスが流れると、観客が一斉に沸き上がった。


「四番、ピッチャー、久保雄大くん」


「頼むぞー!!」


「打てよ久保ー!!」


 雄大が打席に向かって歩き出そうとすると、森がタイムを取って内海のところへと向かっていった。六回表で、スコアは〇対〇のまま。両校とも、簡単に先制されるわけにはいかないのだ。


「内海、変化球を狙われてるぞ」


「変化球?」


「ああ。青野には変化球を打たれたし、さっきの平塚も外のスライダーに反応してた」


「言われてみれば、右バッターがアウトコースに反応してないな」


「そして左でインコースを打ったのは久保だけだ。球種というより、コースで狙いを絞ってるのかもな」


「で、どうする?」


「最悪、久保は歩かせても仕方ない。とにかく低めを突いていこう」


 そうして会話を交わすと、森はマウンドを離れた。厳密に言えば、大林高校の右打者は内寄りの変化球を狙い、左打者は逆方向への打撃を意識している。しかし森をはじめとした悠北の選手たちにはその見分けがつかず、彼らはやや混乱していた。


「プレイ!!」


「「かっとばせー、くーぼー!!」」


 審判が試合を再開すると、応援団が威勢よくエールを送り始めた。雄大は打席の中で配球を読みつつ、真剣な表情でバットを構えていた。


(三塁ランナーがいる以上、先制点が欲しい。ここは軽打だ)


 内海はセットポジションに入り、小さく足を上げた。そして、第一球に内角のストレートを投じた。雄大は打ちにいかずに見送ったが、審判の右手が上がった。


「ストライク!!」


「オッケー、それでいいぞ」


 森は内海に声を掛けながら返球していた。さっきの打席でこそインコースの球を叩いたものの、雄大は再び外の球に狙いを絞っていた。


(まなに何か考えがあるみたいだし、ここはやっぱり従っておくか)


 続いて、内海は第二球を投じた。再びインコースの直球だったが、雄大はこれも見逃した。カウントはノーボールツーストライクとなり、早くも追い込まれた。


「狙っていけ久保ー!!」


「落ち着いていけよー!!」


 ベンチからも、選手たちが必死に声援を飛ばしている。三球目、内海は外へのカーブを投じたが、雄大がなんとか見極めた。これでワンボールツーストライクとなったが、依然として投手有利のカウントだ。


(最後にインコースが来たら、カットするしかねえな)


 雄大は少しバットを短く持ち替えた。内海は森のサインを見て、セットポジションに入る。三塁ランナーをちらりと見たあと、第四球を投じた。直球が外いっぱいのコースへと向かって突き進んでいく。


(来たッ、アウトコース!!)


 その球を見て、雄大はスイングを開始した。しかし一瞬、彼の脳裏にスライダーがよぎった。バットの出方が中途半端になってしまい、捉えきれなかった。キンというやや鈍い音が響き、力の無いライナーが三塁方向へと飛んでいく。そのまま野村がキャッチして、スリーアウトとなった。


「っしゃあ!」


 内海は雄叫びを上げ、ベンチへと戻っていった。雄大は悔しそうに口を一文字に結び、その場に立ち尽くしている。


「「あ~」」


 大林高校のベンチからも、ため息が聞こえてきていた。まなも険しい表情になり、じっとグラウンドの方を見つめていた。これで六回表も無得点に終わり、先制点を挙げることは出来なかった。


 雄大は六回裏を三者凡退で凌いだが、大林高校は七回表も無得点に終わった。試合は七回裏へと進んでいく。この回の先頭打者は、三番の尾田だ。なんとか先制を――ということで、悠北高校の応援団はさらに勢いを増していた。


「七回裏、悠北高校の攻撃は、三番、ライト、尾田くん」


「頼むぞ尾田ー!!」


「出ろよー!!」


 当然ながら、四番の野村の前に出塁を許すわけにはいかない。雄大と芦田のバッテリーは、慎重に配球を考えていた。ここまで直球を狙っていた悠北に対し、雄大はカットボールを織り交ぜることで打ち取ってきた。


 初球、雄大はインハイのボールゾーンにストレートを投じた。尾田は打ちにいったが、バックネットに突き刺さるファウルボールとなった。それを見て、芦田は次の一球を考えていた。


(まだ直球狙いのままか。とすれば、コイツだ)


 芦田がサインを出すと、雄大は頷いて投球動作に入った。威圧するように大きく振りかぶり、第二球を投じる。ボールは高めのコースで、本塁へと突き進んでいく。尾田は今度も打ちに来たが、彼の手元でボールが一気に落下した。バットが空を切り、これで彼は早くも追い込まれた。


「ナイスピー久保ー!!」


「追い込んでるぞー!!」


 悠北打線は、依然として雄大の変化球に対応することが出来ていない。直球に狙いを絞っていたこともあるが、それ以上に雄大の変化球がキレていたのだ。


(クソ、当たらないな)


 尾田は悔しそうにマウンドの方を見つめ、再びバットを構えた。それに対して、雄大は表情を変えない。そして大きく振りかぶり、第三球を投じた。先ほどと同じような軌道で、白球が本塁へと向かっていく。


「くっ……!」


 白球が本塁手前で落下していくのを見て、尾田は何とかバットを出していった。ガンという鈍い音を響かせて、打球は左方向へと転がっていく。


「ショート!!」


 芦田はマスクを取り、遊撃手の潮田に指示を飛ばしていた。潮田は必死に前進してくるが、打球の勢いが弱い。彼はなんとかそれを掴み取って一塁に送球したが、尾田の快足が勝った。これで内野安打となり、無死一塁となった。


「いいぞ尾田ー!!」


「よく出たー!!」


 完全に詰まらされていたが、尾田はなんとかその足で安打を掴み取ってみせた。彼は塁上で苦笑いを浮かべていたが、応援席からは大きな拍手が送られていた。


「四番、サード、野村くん」


「野村打てよー!!」


「お前が決めろー!!」


 野村の名前が読み上げられると、応援席がさらに盛り上がっていた。彼はネクストバッターズサークルからゆっくりと歩き出し、打席へと向かっている。芦田は外野手に後退するよう指示を出し、長打に備えていた。


「雄大、落ち着いてー!!」


 まなはベンチから声を出し、励ましていた。野村は打席に入るとキッと表情を引き締め、マウンドに対した。芦田はここまでの二打席を思い返しながら、何を要求すべきか考えていた。


(一打席目はセンターフライで、二打席目はカットボールを打たれて二塁打。今日はバットが振れてるみたいだし、低めでゴロを狙うしかないな)


 彼は外角低めに構え、直球を要求した。雄大もそれに同意し、セットポジションに入る。尾田のリードは小さく、足でチャンスを広げるというよりも野村の打棒に託しているようであった。


 雄大は小さく足を上げ、第一球を投じた。尾田はスタートを切っていない。白球は芦田の構えた通り、外角低めに向かって進んでいく。野村は見逃したが、審判の右手が上がった。


「ストライク!!」


「ナイスボール!!」


「いいぞ久保ー!!」


 雄大は芦田からの返球を受け取ると、ふうと息をついた。一方で、今の直球を見た野村はあることに気づいていた。


(久保くん、まだ本気じゃない。僕が打席に入った程度じゃピンチじゃないってことか)


 彼はやや複雑な心境だったが、深呼吸をして気持ちを静めていた。状況は依然として無死一塁。雄大は小さく足を上げ、第二球を投じた。さっきと同様の、アウトローへのストレート。完璧なコースだったが、野村は思い切り足を踏み込んだ。


「なっ……」


 芦田が思わず声を上げたが、時すでに遅し。野村はバットを振り抜き、完璧に直球を捉えてみせた。スタジアム全体に打球音が響き、鋭いライナーが一塁方向に飛んでいく。悠北の応援席がどよめいたが――今度はすぐに大林高校の応援席が沸いた。


「っしゃー!!」


 リョウが思い切り飛び上がり、打球を掴み取っていたのだ。彼は着地と同時に一塁を踏み、飛び出していた尾田をアウトにしてしまった。珍しく雄叫びを上げた彼を、雄大も大きな声で称えていた。


「よく捕ったぞ、リョウ!!」


「ありがとうございます、久保先輩!!」


 これで一気にツーアウトとなった。アウトになった尾田は呆然と立ち尽くし、野村も思わず天を仰いでしまっていた。ベンチのまなも肝を冷やしたが、ほっとして表情が和らいでいた。


 その後、雄大は五番の森を外野フライに打ち取り、無失点で七回裏を終えた。大林高校と悠北高校の対決は、両者無得点のまま八回へと突入していく。均衡を破り、勝利に近づくのはどちらの高校か――

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