第十五話 狙い球
両チームの選手たちがベンチ前に並び、試合開始の時を待つ。今日は大林高校が先攻であり、悠北高校は内海を先発投手としている。去年の準々決勝での激闘もあり、既に観客席から多くの声援が飛んでいた。
「整列!!」
審判の号令で、両校の選手たちが本塁へと向かって駆け出していく。彼らがホームベースを挟んで向かい合うと、試合開始が告げられた。
「大林高校と悠北高校の試合を開始する。礼!!」
「「「「お願いします!!!!」」」」
選手たちが元気に挨拶をすると、スタンドから拍手が巻き起こった。悠北のナインは各守備位置に散って行き、体を動かしている。雄介も軽くバットを振り、打席に備えていた。
「雄介頼むぞー!!」
ベンチから、雄大が声を張り上げている。先攻である以上、先制点を取って主導権を握りたいところである。そのためには、雄介が出塁するかどうかが重要だった。
「一回表、大林高校の攻撃は、一番、ライト、久保雄介くん」
「「かっとばせー、くーぼー!!」」
早くも応援席が盛り上がっており、ブラスバンドの演奏に乗せて大声援を送っている。雄介はその声援を背に打席へと向かった。
「内海、まず先頭なー!」
一方で、悠北の捕手である森もマウンドに向かって声を掛けていた。内海は軽く頷くと、ふうと息をついて雄介の方を見ていた。
「プレイ!!」
審判がそうコールすると、雄介はバットを構えた。左打者の彼は、サウスポーである内海とは相性が悪い。彼は脳内で狙い球を考えながら、打席に入っていた。
(昨日言われた通り、外の球を逆方向に打ち返す)
雄介はアウトコースのボールに注目し、バットを強く握った。内海は森からのサインを確認し、投球動作に入った。右足をプレートにかけ、左足を上げる。そしてスリークォーターのフォームから、第一球を投じた。白球が、雄介の胸元目掛けて進んでいく。
(インコース!)
彼はそのボールに戸惑い、バットを出さなかった。しかし審判は右手を突き上げ、大きな声でコールした。
「ストライク!!」
「ナイスボール内海ー!!」
「いいぞー!!」
悠北の応援団から、マウンドに向けて歓声が飛び交っていた。意表を突かれた雄介は思わず天を仰ぎ、悔しがっている。続いて、内海は第二球を投じた。これもインコースの直球だったが、雄介は打ちにいく。しかし一塁線を切れていくファウルボールとなり、これで追い込まれた。
「いいぞ内海ー!!」
「追い込んでるぞー!!」
悠北の選手たちは盛り上がっているが、打席の雄介は険しい表情になった。ベンチでは、雄大がまなと話をしている。
「まずいな。追い込まれると外の変化球が来る」
「雄介くん、見極められるかな」
二人が心配している中、内海は第三球を投げた。その左腕から放たれた白球が、アウトコースに向かって突き進んでいく。
(来たッ、ストレート!)
雄介は直球だと思って打ちにいくが、本塁手前でボールが大きく変化した。そのままバットが空を切ると、内海がガッツポーズを見せた。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「っしゃー!!」
内海はさらに雄叫びを上げ、十分に気合いが入っていることを表していた。彼が最後に投じたのは、外角へのスライダーだ。左打者にとっては、この球の見極めが難しいのだ。
「二番、セカンド、青野くん」
「頼むぞ青野ー!!」
「狙っていけよー!!」
次に、二番打者の青野が打席に向かった。彼は右打者であるため、左打者よりもいくらか易しく内海の投球に対することが出来る。悠北のバッテリーも、慎重にサインを交換していた。
「まな、青野にはなんて指示してあるんだ?」
「狙いは内に入ってくる変化球。甘く入ったら迷わず打てって伝えてあるよ」
雄大が尋ねると、まながそう答えた。彼女の言う通り、大林高校の右打者は内海の変化球を狙い球にしている。内海はスクリュー等の右打者から逃げる変化球は持ち合わせていない。そのため、インコースに入ってくる球を狙おうと企んでいたのだ。
「「かっとばせー、あおのー!!」」
大林高校の応援団が大きな声を出す中、内海はサインに頷き、第一球を投じた。白球がインコースへと向かったかと思えば、そこからさらに角度をつけて曲がってくる。青野はそれを見逃さず、しっかりとバットを振り抜いた。カキンという金属音が響くと、左方向に強いゴロが転がった。
「ショート!!」
森が指示を飛ばすと、遊撃手が打球に飛びついた。そこからなんとか体勢を立て直し、一塁へと送球する。青野も懸命に走っていたが、僅かに及ばずアウトとなった。
「アウト!!」
「よっしゃー!!」
「ナイスショートー!!」
盛り上がる悠北の内野陣とは対照的に、青野は悔しそうにベンチへと戻っていった。その様子を見て、雄大はやや表情を険しくしながらベンチを出る。リョウもネクストバッターズサークルから歩き出し、打席へと向かった。
「三番、ファースト、平塚くん」
「頼むぞリョウー!!」
「打てよー!!」
ベンチの声援を背に、リョウは左打席へと入る。落ち着いてバットを構え、投手と対していた。
(リョウ、三者凡退ではまずい。頼むぞ)
雄大はネクストバッターズサークルから、なんとか出塁をと祈っていた。内海はリョウに対して慎重に外角を突いていく。リョウはなんとかついていくが、ツーボールツーストライクと追い込まれてしまった。
「そろそろ変化球が来そうだね」
「はい。対応出来るといいんですが」
まなとレイは心配そうに打席の方を見つめていた。しかし、リョウは冷静な顔つきで打席に立つことが出来ている。彼は第五球に外のスライダーを投じられたが、何とかバットの先っぽで当ててみせた。高く跳ね上がった打球が、再び左方向へと飛んでいく。
「ショート!!」
森の指示を聞いて、遊撃手が前進してくる。彼は打球を掴み取って一塁へと送球したが、リョウの足が勝った。審判が両手を広げて「セーフ」の判定を下し、これで内野安打となった。
「ナイバッチ-!!」
「よく出たぞー!!」
リョウが塁上でガッツポーズを見せると、ベンチから彼を讃える声が飛んでいた。そして間もなく場内アナウンスが流れると、観客席が一気に沸き上がった。
「四番、ピッチャー、久保雄大くん」
「頼むぞー!!」
「ホームラン打てよー!!」
雄大は歓声を聞きながら、ゆっくりと打席に向かって歩き出した。それを見た森は立ち上がり、外野手に後退するよう指示を出す。状況は二死一塁であるが、悠北高校は何としても先制点を阻止しようという構えを見せた。
「内海、高さ注意な」
三塁手の野村も、マウンドに向かって声を掛けていた。内海はそれに応じると、じっと雄大の方を見る。まだ序盤だが、試合はいきなり重要な局面を迎えようとしていた。
(基本は外の変化球に注意だけど、雄介の時みたいにインコースを突かれることもあり得るな)
雄大はバッテリーの配球を読みながら、バットを構えた。内海は森のサインを見て、セットポジションに入る。彼が一塁に牽制球を送ると、球場が少しどよめいた。まだ二回戦の序盤だというのに、観客たちは選手の一挙手一投足を食い入るように見つめていたのである。
内海はもう一度セットポジションに入ると、そのまま第一球を投じた。白球がインコースへと突き進み、本塁に向かっていく。雄大はそれを見て、スイングを開始した。カーンと快音が響き渡り、打球が右方向へと高く舞い上がる。
「うわ、いった!」
「いや、切れるぞ」
観客たちは次々に歓声を上げたが、打球は僅かにポールの右を通過していった。一塁塁審がファウルを宣告するとどよめきが起こり、マウンドの内海はほっとした表情を見せた。
「惜しい~!」
「いいぞ久保ー!!」
ベンチからも雄大に対して声援が飛んでいた。内海は少し動揺したが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようと努めている。
(今のを仕留めきれなかったのは痛いな。これでインコースには来ないだろう)
雄大は外の球に狙いを絞り、バットを強く握り直す。彼の予想通り、内海は外角の球を多く投げるようになった。雄大もなんとか外の球に食らいついていくが、なかなか捉えきれない。カウントはワンボールツーストライク。内海はセットポジションから、第五球を投げた。
「ッ……!」
精一杯腕を伸ばし、苦し気な声を漏らしながら、なんとか雄大は外のスライダーにバットを当ててみせた。打球音が響き渡り、強烈なゴロが三塁方向へと飛んでいく。
「おっと!!」
しかし、打球は野村の正面を突いてしまった。彼は思わず声を出しつつも、しっかりと体の正面で打球を受け止めた。零れたボールを素早く拾い直すと、二塁へと送球する。一塁走者のリョウがアウトになり、これでチェンジとなった。
「っしゃー!」
二塁塁審がアウトを告げた途端、内海は大声を上げてガッツポーズを見せた。サードゴロに打ち取られ、雄大は思わず天を仰ぐ。落ち込んだままベンチへと戻っていったが、それを見たまなが大声で励ました。
「雄大、切り替えて!!」
「うわ、びっくりした」
「何言ってるのよ、君の仕事はここからでしょ!!」
雄大ははっとして、まなの方を向いた。そう、彼の役目はエースとして悠北打線を抑えることである。内海はしっかりと大林高校の打者を抑え、無失点で凌いでみせた。それと対する彼は、簡単に打たれるわけにはいかない。まなは親指を立て、笑顔で彼を送り出した。
「頼むよ、エース!!」
「ああ、行ってくる!!」
そうして、雄大はマウンドに向かって駆け出していった。いよいよ、大林高校のエースが姿を現すことになるのだ。野村をはじめとする悠北の打者たちは、今か今かと打席を待ちわびている。強力打線か、豪腕のエースか。さあ、力と力のぶつかり合いが始まる――




