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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第十四話 武者震い

 試合が終わり、大林高校と石田商業の選手たちが本塁を挟んで整列している。審判が試合終了を告げると、両校の選手たちが大きな声で挨拶をした。


「三対十で大林高校の勝ち。礼!!」


「「「「ありがとうございました!!!!」」」」


 観客席からパチパチと拍手が起こり、選手たちへの歓声も飛び交っていた。雄大は山形と握手を交わし、互いを讃え合っていた。


「久保くん、ナイスバッティングだったよ。参った」


「いやいや、そちらこそ」


「高校最後の試合で君みたいな選手と戦えてよかった。二回戦、頑張ってくれよ」


「もちろん。ありがとう」


 雄大は深く礼をして、その場を去った。今年が最後の夏であるのは雄大も同じ。対戦相手の三年生を見て、感慨深いものがあったのだ。


(俺、お前らの分まで戦うからな)


 彼は心に強く誓いながら、次の試合に向けて気持ちを切り替えていた。夏の大会は、負ければ終わりの一発勝負である。相手がどこであろうと、雄大たちは勝ち続けなければならないのだ。


***


 次の試合は六日後で、日程的には少し余裕があった。大林高校の選手たちは入念に練習を行い、来る悠北戦に備えている。特に雄大は各球種をしっかりとチェックし、少しの隙も見せないようにと努めていた。


 今日は試合前日で、選手たちは軽めのメニューをこなしている。まなは悠北の選手たちの情報をまとめ、明日に向けた作戦を練っている。皆はグラウンドでランニングを行っていたが、その最中に雄大があることに気づいた。


「なあ、芦田」


「なんだよ、走ってる最中に」


「あそこにいるの、悠北のマネージャーじゃねえか?」


「昨日もいたな。今日もなんかメモしてるな」


 雄大の指さす先には、敷地外で練習を見守る一人の女子がいた。彼女は雄大たちをじっと見て、熱心にペンを走らせている。部員たちの視線に気づくと、ぺこりと会釈を返してきた。


「偵察しといてぺこぺこ礼をするとは、大した度胸だな」


「まあ、俺たちだって同じことだしな」


 芦田がそう言うと、雄大もはははと笑った。芦田の言う通り、ここ数日間で大林高校もレイを偵察に送り込んでいる。悠北はシードの関係で一回戦が無いことから、試合を見る代わりに練習風景から情報を集めようとしていたのだ。


 やがてランニングが終わり、ミーティングの時間となった。選手たちは部室に集まり、開始を待っている。偵察に行っていたレイもちょうど学校に戻ってきて、まなと二人で打ち合わせをしていた。


「じゃ、ミーティング始めるから!」


 まなの一声で、皆の視線が前に集まった。部員たちはその表情こそリラックスしているが、心の中はそうではない。明日は第一シードである悠北高校との対戦となるのだ。皆、どこか緊張していた。


「まず、悠北の情報から。何と言っても強みは打線だね。去年よりも厚みがあるし、攻撃力だけなら自英学院より上かも」


 彼女の言葉に、雄大も頷いていた。去年と同じく、尾田、野村が強力打線の中核を担っている。それに加えて三年生の捕手である森が五番に座るようになり、より打線の重みが増すこととなった。調子が悪かったとはいえ、あの森山を打ち込んだのはたしかなのだ。


「でも、去年と圧倒的に違うのは投手力。特に、エースの内海くんだね」


「ああ。去年の秋はしてやられたからな」


 まなの言葉に、雄大が答えた。去年の夏、内海は大林高校との試合でリリーフ登板したのだが、ワンアウトも取れずにサヨナラ負けしたという過去がある。それもあり、秋の大会ではリベンジ登板を果たしたのだ。その内海が投げるとなれば、雄大たちにとっては厳しい戦いが予想されるというわけだ。


「内海くんは左のスリークォーターで、持ち球はスライダーとカーブ。彼と対決する左バッターは、変化球の見極めに苦労している印象があるね」


「ああ、打席に立つとかなり見分けにくい」


「うん。だから――」


 まなはそう言うと、芦田と青野の二人を指した。


「上位の右打者が重要になるよ、二人とも!」


「「おうよ!!」」


 その言葉に、二人は元気よく返事した。一番の雄介、三番のリョウ、四番の雄大のいずれも左打者である。そうなれば、その二人が内海を攻略出来るかが重要になってくるのだ。すると、話を聞いていた雄大が口を開いた。


「いっそのこと、明日はリョウと芦田の打順を入れ替えたらどうだ?」


「それも考えたけどね。明日はいつも通りの打順でいくよ」


「どうしてだ?」


「雄大の後ろに右打者を置いておきたいってわけ。そうすれば、簡単に雄大を敬遠出来なくなる」


「なるほどね」


 雄大は得心した様子で、頷いていた。まなは悠北の細かい情報について話し終えたあと、今度は具体的な作戦について発表し始めた。


「さっきも言ったけど、打順はいつも通り。左バッターは無理に引っ張ると内野ゴロを打たされるから、逆方向を意識すること」


「あとは変化球の見極めだな」


「そうだね。これは打席に立たないと何とも言えないね」


 一連の会話を聞き、部員たちもいろいろと周囲と話し合っていた。少し部室がざわついてきた頃、まながぱんと両手を叩いて注目を促した。


「けど、それより大事なのは悠北打線を抑えること! 打撃ばっかに気を取られて、守備でミスしないようにね」


 部員たちははっとして、その言葉に耳を傾けていた。悠北と対戦する際に重要なのは、いかに失点を少なく抑えるかということだ。強力打線に一度火がついてしまえば、誰にもその勢いを止めることは出来ないのだ。部室が静まり返ったあと、雄大がゆっくりと立ち上がった。


「皆、明日はよろしく頼む。俺は公式戦でほとんど投げてないし、後ろで守るお前らが頼りだ」


 彼がそう告げると、少しずつ拍手が巻き起こった。秋大会で投げたとはいえ、雄大にとっては明日が公式戦初登板のようなものだ。それでも、選手たちは彼をエースとして熱く信頼しているのだ。


「久保ー、明日は頼むぞ!!」


「エース頑張れよー!!}


 パチパチという音が部室に響き渡ると、雄大は皆に頭を下げた。明日に向けて、部の雰囲気は最高に良い状態にある。このまま明日に向けて一気に――と言いたいところだったが、レイが急に割り込んできた。


「あ、あの! ちょっといいですか!!」


 ぴたりと拍手が止むと、レイが小さな歩幅で皆の前に出てきた。そしてポケットからメモ帳を取り出すと、口を開いた。


「あの、悠北の練習を偵察してきた結果をお伝えしないとと思いまして」


「そういや、そうだったな」


 雄大がそう返すと、レイはさらに話を続けた。彼女は悠北の打撃練習を見て、調子の良さそうな打者をピックアップしていたのだ。


「特に調子が良いのは、やっぱりクリーンナップの三人です。練習でも打ちまくりでした」


「レイちゃん、他に気になるところはあった?」


「恐らく久保先輩の速球対策だと思うんですが、かなり速いマシンを使ってました。明日は真っすぐに狙いを絞ってくるかもですね」


「悠北の奴らもウチを偵察してたみたいだし、俺の球種も把握してるだろうな」


「だと思います。スライダーばっかり投げてる打撃投手もいました」


「そうか……」


 雄大はほとんど公式戦で投げていないため、彼がどんな球種を投げるのか把握している人間は多くない。悠北がわざわざ大林高校を偵察していたのは、それを知る目的もあったというわけだ。雄大が考えを巡らせていると、芦田が口を挟んだ。


「けどよ、アイツらもお前の『新球』は把握してないんじゃねえか?」


「えっ?」


「遠くから眺めたくらいじゃ、お前の『新球』は分からねえだろ」


「たしかに、それもそうだな。まあ、明日投げてみないと分からねえな」


 雄大はぽりぽりと頭をかきながら返事した。間もなくミーティングも終わり、今日は解散となった。皆が明日に向けて互いに励まし合っている中、雄大はまなに話しかけられていた。


「ちょっと、雄大」


「どうした?」


「なんか今日、元気ないね」


「別にいつもと変わりないけど」


「そう? なんかいつもより静かだなって思ってさ。明日の試合、何か心配事でもあるの?」


 まながそう話すと、雄大は少し考えていた。そして思考がまとまると、ゆっくりと口を開いた。


「別に不安なわけじゃない。むしろワクワクしているんだ」


「っていうのは?」


「あの抽選会の日から、二回戦の日を心待ちにしていた。自分の実力を試すには、これ以上ない相手だからな」


「じゃあ、別に何かあるわけじゃないのね」


「ああ。どちらかというと――武者震いだな」


 そう言って、雄大はにやりと笑みを浮かべた。シード校との対決という、普通の投手なら逃げ出したくなるような状況。しかし雄大は逃げるどころか楽しみにすらしているのだ。まなは、彼の度胸にただただ圧倒されていた。


「……私も、雄大みたいにしっかりしないと」


「ん、何か言ったか?」


「べっつにー。明日は頑張ってよ!」


 まなは雄大の背中をバシッと叩いた。いてーなと言いながら笑う雄大の顔を見て、彼女も表情を緩めていた。


 そして、翌日。いよいよ試合当日となった。まだ二回戦だというのに球場には多くの観客が詰めかけ、早くも盛り上がりを見せている。バックネット裏にはプロ野球のスカウトも駆けつけ、選手たちの様子を見て熱心にメモを取っていた。


「おい、あれが久保雄大か?」


「噂の百五十キロの奴か」


 雄大が投球練習のためにグラウンドに姿を現すと、観客席がざわつき始めた。彼は岩川を立たせ、キャッチボールを行っている。悠北の選手たちは、ベンチからその様子をじっと眺めていた。


「おい野村、出てきたぞ」


「ああ。秋の借りは返さないとだな」


 尾田が口を開くと、横にいた野村がそう返事した。試合開始の時刻は刻一刻と近づいている。今大会注目の二回戦が、いよいよ幕を開けようとしていた――

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