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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第十三話 一気呵成

 五回表、石田商業の攻撃。リョウは二回以降は好投を続けていたが、先頭の八番にスリーボールワンストライクとカウントを悪くしてしまった。


「リョウ、気楽にいけよ!」


 一塁から雄大が声を掛け、リョウを励ましている。石田商業のブラスバンドは依然として元気に演奏を続けており、じわりじわりとプレッシャーをかけ続けていた。リョウは第五球にアウトローのストレートを投じたが、わずかに外れて四球となった。


「ボール、フォア!」


「ナイスセンー!!」


「オッケーオッケー!」


 石田商業のベンチは声を上げ、その出塁を喜んでいた。雄大の本塁打以降、両校ともに得点を挙げられていない。となれば、リードをしている石田商業に流れが傾くのも当然のことだったのだ。


「リョウ、仕方ない。アウトカウントを増やしていくぞ」


「はい!」


 芦田の声かけに対し、リョウは大声で応えていた。これで無死一塁となり、打席には九番の右打者が入る。既にバントの構えをしており、芦田は雄大と森下に前進守備を指示していた。


 リョウは、慎重に高めのコースを突いていく。打者はなんとかバントしようとするが、なかなか前に飛ばせない。カウントがワンボールツーストライクとなると、打者はヒッティングの構えに戻した。芦田はそれを見て、バント警戒を解いた。結局、リョウは最後にスローカーブを投じて三振に打ち取ってみせた。


「ストライク!! バッターアウト!」


「ナイスボール!!」


「いいぞリョウー!!」


 内野陣からも声が上がり、リョウを盛り立てていた。続いて、一番の左打者が打席に入る。リョウはスクリューでカウントを稼ぎ、ワンボールツーストライクに追い込んだ。


「追い込んでるぞー!」


「リョウ、しっかりなー!!」


 大林高校のベンチは必死にマウンドに声援を送っている。じりじりと日差しが照り付け、リョウは大粒の汗をぽとりと落とした。彼はじっと芦田のサインを見つめ、セットポジションに入る。一拍置いて、第四球を投じた。アウトローのストレートだったが、打者はうまく左方向に弾き返した。


「ショート!!」


 芦田がそう叫ぶと、遊撃手の潮田が素早く打球に飛びついた。彼は辛うじて体勢を立て直すと二塁へと送球し、一塁ランナーをアウトにしてみせた。これでツーアウトとなった。


「ツーアウトツーアウトー!!」


「ナイスショートー!!」


 ナインは何とか試合の空気を好転させようと、必死のプレーを続けている。点差はたったの二点だが、なかなか追いつけない。部員たちには、もどかしい状況が続いていた。


 その後、リョウは二番打者を内野ゴロに打ち取り、五回表を無失点で終えた。彼がほっと息をついてマウンドを降りると、雄大に声を掛けられた。


「リョウ、ナイスピッチ!」


「ありがとうございます、久保先輩」


「暑いし、疲れてるみたいだな。ベンチで休んどけよ」


「はい。了解です」


 こうも気温が高いと、なかなか投手は辛いものである。これ以上失点できないというプレッシャーもあり、リョウはかなり神経を使ってピッチングを続けていた。


(みんな頑張っているのに、なかなか流れが来ない。俺がなんとかしないとな)


 五回裏、大林高校の攻撃は五番の芦田からだ。彼が打席に向かうと、雄大はベンチにいた岩川に声を掛けた。


「すまん岩川、受けてくれ」


「えっ?」


「いいから、先行っててくれ」


 岩川は雄大に促されるまま、ミットをつけてベンチを出た。雄大も投手用グラブを着けて、ブルペンへ向かおうとしている。その時、まなが口を開いた。


「ちょっと雄大、何してるの?」


「何って、肩あっために行くわ」


「継投なんて考えてないし、雄大は二回戦もあるでしょ」


「そうじゃないって。いいから、見とけって」


 首をかしげるまなを横目に、雄大もベンチを出た。その様子を見て、観客席が少し騒がしくなっている。同様に、石田商業のベンチからも次々に驚きの声が聞かれていた。


「おい、エースがブルペン行ったぞ」


「マジ? 久保が投げるの?」


 どよめきをよそに、雄大は岩川とキャッチボールを始めた。徐々に力を入れて、強い球を投じている。岩川も雄大の意図を汲み、わざと大きな捕球音を響かせていた。


 一方で、打席では芦田がワンボールツーストライクと追い込まれている。なんとかシンカーをファウルにして粘っているが、なかなか前に飛ばせない。そんな中、彼の目にブルペンが映った。


(久保の奴、何やってるんだ?)


 最初は訝しんでいた彼だったが、すぐに球場全体の雰囲気がおかしくなっていることに気づいた。皆の視線がブルペンの雄大に注がれており、試合よりもそちらの方に注目が集まっている。


(そうか、アイツなりに雰囲気を変えようとしているのか)


 芦田も雄大の狙いに気づいた。彼はエースである自分が投球練習を行うことで、石田商業にプレッシャーを与えようとしているのだ。もちろん、本気で登板するつもりではなく、あくまでブラフとしてブルペンに入っているというわけだ。


「「かっとばせー、あしだー!!」」


 応援団からは、芦田に向けて声援が飛んでいる。カウントは不利だが、試合の潮目は変わりつつあるのだ。芦田自身、何も感じないわけはなかった。


(仮にも五番なんだ、なんとかしないと)


 彼がそんなことを考えていると、バッテリーのサインが決まった。山形は大きく振りかぶり、第六球を投じる。低めへのシンカーだったが、芦田はバットを出しに行った。キンという低い音が響き、叩きつけられた打球が三塁方向へ高く跳ね上がった。


「サード!!」


 捕手が指示を出すと、三塁手が一気に前進してきた。芦田は一塁に向けて全力で駆け出している。打球が跳ねた分、三塁手は打球処理に手間取ってしまった。なんとか一塁に送球したが、塁審が両手を広げた。


「セーフ!!」


「よっしゃー!!」


「ナイバッチー!!」


 スコアボードの「H」のランプが灯ると、大林高校の応援席から歓声が巻き起こった。内野安打とはいえ、ノーアウトでの出塁。その意味は大きかった。


「なんか、雰囲気変わってきましたね……!」


「うん、雄大のおかげだよ!」


 ベンチでは、レイとまなが喜びの声を上げていた。二人も雄大の行動の意味を理解し、これからの攻撃に期待を寄せていたのだ。


「いいぞ芦田ー!!」


 ブルペンからも、雄大が声を張り上げている。彼も、自らの投球が流れを引き寄せていることを確信していた。このままいけば、ひっくり返せる。そう考えていた。


「六番、センター、中村くん」


 続いて、六番の中村が右打席へ向かった。二点差ということもあり、まなは「打て」との指示を出している。中村はバットを強く握り、マウンドに対していた。


(何だか、雰囲気が変だな)


 山形も、球場の異変を察知していた。彼は中村に対してシンカーを投げ込んでいくが、なかなか良いコースに決まらない。結局、ボール球四つでフォアボールとなった。


「ボール、フォア!」


「ナイスセン!」


「ナイスセン中村ー!!」


 これで無死一二塁だ。大林高校の応援団はますます活気づき、選手たちを後押ししている。続いて七番の加賀谷が打席に入ると、彼はすかさず送りバントを決めた。これで一死二三塁となり、同点のランナーが得点圏に進んだ。


「八番、サード、森下くん」


「「かっとばせー、もーりしたー!!」」


 森下は右打席に入り、山形と対した。声援を背に、彼はじっとマウンドの方を見つめている。ますますプレッシャーが高まる中、山形は徐々に制球が定まらなくなってきていた。


「落ち着け山形-!!」


「打たせてこいよー!!」


 石田商業の内野陣が必死に励ましているが、依然として彼はゾーンに投げ込むことが出来ていない。表情にも焦りが見え始めており、四回までと様子が違うのは明らかだった。


(少しは圧力かけられたかな)


 遠目からそれを眺めていた雄大は、適当なところで投球練習を切り上げた。こうなってしまえば、大林高校のペースに持ち込めたも当然である。森下はセンター前にタイムリーヒットを放ち、一気に同点に追いついた。さらに九番の潮田が安打で繋ぐと、一番の雄介が三塁打を放って二点の勝ち越しに成功した。


 さらに大林高校の勢いは止まらず、二番の青野が犠牲フライでもう一点を追加すると、三番のリョウがヒットで出塁して攻撃を終わらせなかった。そして、打席には四番の雄大が入る。この時点で三対六と大林高校が三点のリードを奪っていたが、彼は攻撃の手を緩めなかった。


「ッ……!」


 その打球音が響いた瞬間、山形は思わず声を漏らした。彼が初球に投じた、高めへのストレート。雄大はそれをしっかりと芯で捉え、バックスクリーンへと運んでみせたのだ。


「よっしゃー!!」


「二発目だー!!」


 今日二本目となる雄大の本塁打で、球場は一番の盛り上がりを見せていた。これで三対八となり、大林高校は完全に試合をひっくり返してしまった。


「一時はどうかと思ったけど、やっぱ大林だな」


「去年ベスト四に残っただけはあるよ」


 観客たちは、大林高校の実力を改めて認識していた。去年の準決勝で自英学院を苦しめたことは彼らの記憶にも新しい。それに加えて、今年は雄大という注目の投手が出番を待っているのだ。当然、次の悠北戦での熱戦も大いに期待されていた。


 試合は終盤、七回裏へと進んでいく。先頭の潮田が安打で出塁して、打順は一番の雄介へと戻る。マウンドには未だ山形が立っているが、もはや彼は限界を迎えようとしていた。


「頑張れ山形-!!」


「踏ん張れー!!」


 石田商業の内野陣はなんとか励まそうと、声を張り上げていた。一方で、大林高校の選手たちも負けじと雄介に声援を送っている。


「雄介打てよー!!」


「狙っていけー!!」


 雄介はふうと息をつき、打席に入った。一回に牽制で刺されてから、彼は心を入れ替えたかのように集中して試合に臨んでいる。そして、その姿勢は最高の形で結実することになった。


「っしゃー!!」


 ――快音が響き、彼は大きな雄叫びを上げる。打たれた山形は膝をつき、がっくりとうなだれていた。打球は綺麗な放物線を描いて、ライトスタンドへと消えていく。一塁塁審が人差し指をクルクルと回すと、大林高校のベンチから選手たちが飛び出してきた。


「よっしゃー!!」


「コールドだー!!」


「ナイバッチ雄介-!!」


 雄介がツーランホームランを放ったことで、三対十と七点差がついた。すなわち、これによってコールドゲームが成立し、大林高校が勝利を収めたのだ。選手たちは雄介を笑顔で迎え入れ、一回戦突破を喜んでいた。


「兄弟アベック弾とは出来過ぎだな」


 雄大も笑顔を見せながら、その勝利を噛みしめていた。逆境に追い込まれながら、大林高校は一気にそれを跳ね返してみせた。彼らは二回戦、悠北高校戦に向けて突き進んでいく――

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