第八話 成長
グラウンドにいた全員が、打球の飛んだ方向を見上げていた。ライトを守っていた雄介も追うことすらせず、ただただ空を見上げている。打たれたリョウは、唖然として全く動けない。そのまま打球がネットを越えると、雄大が大きな声で叫んだ。
「リョウ!!!」
「はいっ!?」
「お前の実力はこんなもんか!?」
「!」
雄大の言葉に、リョウがぴくりと反応した。彼は勝負を挑んでおきながら、初球で本塁打を打たれた。雄大にとっても、それは納得がいかない結果だったのだ。
「お前、打たれるためにこんな勝負をけしかけたんじゃないんだろう?」
「もちろんです」
「これじゃ去年と同じ結果だ。お前、一年前と比べて成長していないのか?」
「……そんなわけないじゃないですか」
「なら、その一年の成果を見せてみろ。もう一打席、勝負だ」
「いいんですか?」
「俺だって、骨のある奴とエース争いがしたいんだ」
そう言って、雄大は再び打席に入った。珍しく挑発するような態度を取る彼を見て、まなは徐々にその狙いを理解し始めた。
(雄大、リョウくんの実力を引き出そうとしてる)
彼女は一歩前に出て、向かい合う二人をじっと見つめていた。マウンドのリョウは、レイの出すサインをじっと見つめている。
(あんなぬるいカーブじゃなくて、もっと凄いのを投げてみろ)
雄大がギュッとバットを握り直すと、リョウもセットポジションに入った。二人が見合うと、後ろで守る部員たちも表情を引き締める。一瞬の静寂が訪れたあと、リョウが第一球を投じた。綺麗なバックスピンのかかった直球が、雄大の胸元へと突き進んでいく。
(近い!)
雄大はそのまま見逃したが、審判役の芦田が右手を突き上げた。それを見て、リョウはふうと息をついた。
「ナイスボール!!」
レイは大きな声を張り上げ、リョウに返球した。さっきとは打って変わって、初球からインコースいっぱいに直球を投じてきたのだ。雄大にも、リョウが本気で実力を示そうとしているのが伝わってきた。
(そうだ、それでこそお前だ)
雄大はさらに真剣な表情になった。他の部員たちも、さっきと明らかに勝負の雰囲気が変わったことに気づき始めている。まなもそれを感じ取り、息が詰まるような気分だった。
続いて、リョウは二球目にも内角の直球を投じた。雄大も打ちにいったがファウルとなり、これでノーボールツーストライクとなった。
「リョウ、追い込んでるよ!!」
レイは再び声を張り上げた。あと一球で、エースナンバーが手に入る。けれど、バッテリーは少しも油断していなかった。三球目、レイは外角低めいっぱいの直球を要求する。内角を見せて、最後にアウトコース――という、得意パターンだった。
リョウは小さく足を上げ、三球目を投じた。要求通り、白球がアウトローへと突き進んでいく。完璧なコースだったが、雄大は思い切り右足を踏み込んだ。彼はカーンという快音を響かせ、そのまま逆方向へと弾き返してみせた。
「ファウルボール!!」
打球は僅かに左へと切れていき、芦田が両手を挙げた。決め球を弾き返されたリョウは少し驚きつつも、再びマウンドに戻ってレイのサインを見ていた。
その後、リョウは何球か直球をコーナーに散らしたが、雄大はしっかりと対応した。カウントはツーボールツーストライクとなり、次で七球目だ。
(そろそろカーブか、それとも)
雄大は脳内で狙いを絞りつつ、打席で構えていた。リョウは真剣な表情を崩さず、レイとサインを交わしている。部員たちも、固唾を飲んで勝負を見守っていた。そしてリョウは小さく足を上げ、第七球を投じた。その左腕から放たれた白球は、大きな弧を描いて本塁へと向かっていく。
(来た、カーブ!!)
雄大はタイミングを外されることなく、しっかりとこらえることが出来ていた。ゆっくりと右足を踏み込み、思い切りボールを捉える。金属音を響かせ、右方向に大きなフライを打ち上げた。
「ライトー!!」
次の瞬間、レイが大きな声で叫んだ。打球は右方向、ファウルラインの真上付近を飛んでいく。雄介がその快足を飛ばして打球を追っていくが、右方向へと切れてファウルボールとなった。
「ファウルボール!!」
芦田がそうコールすると、一塁へと駆けていた雄大は打席へと戻っていった。そしてバットを拾い上げると、じっとマウンドの方を見つめた。決め手を欠いているにも関わらず、リョウは依然として表情を変えていない。
(やっぱり、何か隠してるな)
雄大はそのことが気にかかっていた。彼は改めて打席に入り、バットを握り直す。そしてマウンドに対すると、口を開いた。
「リョウ、次で勝負だ」
「はい。望むところです」
雄大の言葉に、リョウも返事した。カウントは変わらずツーボールツーストライク。リョウはサインを見るとセットポジションに入った。そして小さく足を上げ、八球目を投じた。白球がインコースへと向かって進んでいく。
(来た、ストレートだ)
雄大は直球だと思い、打ちに行く。しかし次の瞬間――ボールが沈んで彼の視界から消えた。彼は大きく体勢を崩しながら、なんとかバットを合わせていく。
「ッ!!」
小さく声を漏らしながら、なんとか当ててみせた。ガキッという鈍い音が響き、ボールがファウルグラウンドへと転がっていく。その瞬間、リョウとレイが目を見開いた。
「ファウルボール!!」
「「うそッ!?」」
二人はまさか初見で当てられるとは思っておらず、驚いていた。一方で雄大も半ば膝をつくような体勢になっており、その球の軌道に意表を突かれていた。
(恐らく、今のはスクリューだ。リョウの奴、こんな武器を手に入れてたのか)
その予想通り、リョウはスクリューを投じていた。彼は今までスローカーブしか変化球を持っておらず、投球のバリエーションに限界があった。そこで、レイと共に新球の習得に励んでいたというわけだ。
「リョウ、俺の知らないところで成長していたみたいだな」
「あ、ありがとうございます!」
「けど――打ち取られはしないぞ、俺は」
「いえ、僕が勝ちます。何としても」
二人はそう会話を交わすと、再び互いに見合った。レイは雄大の様子を窺いながら、サインを出している。リョウはそれに頷き、セットポジションに入った。そして足を上げ、九球目を投げた。再び、白球がインコースへと向かっていく。
(来た、真っすぐ――)
雄大はそれを見て、スイングをかけていった。しかし、ボールはさっきよりも鋭く沈んでいく。そのまま地面に突き刺さるように曲がっていき、雄大のバットから逃げていった。投球がレイのミットに収まると、芦田が右手を突き上げた。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「っしゃああ!!」
その瞬間、リョウは大きな雄叫びを上げた――




