第四話 注目の的
いよいよ練習試合が開始された。今日は大林高校が先攻で、一番の雄介が左打席に向かっている。マウンドにはエースの太田が立っており、投球練習を行っていた。
「プレイ!!」
やがて審判が号令をかけると、雄介はバットを構えた。自英学院でレギュラーを務めていただけあり、その所作も様になっている。
「雄介くんにも経験を積んでもらわないとね」
「ああ、アイツが戦力になればかなり大きいからな」
まなと雄大が会話を交わしていると、太田が振りかぶって初球を投じた。雄介は積極的にスイングをかけていくと、あっさり右方向に弾き返した。
「セカン!!」
捕手の指示も虚しく、打球はあっという間にライト前に抜けていった。雄介も一塁に到達し、早くも無死一塁となった。
「いいぞ雄介ー!!」
「ナイバッチー!!」
彼は一打席目からスタメン起用に応えてみせた。まなも拍手を送り、その安打を讃えていた。
「続けよ青野ー!!」
「頼むぞー!!」
続いて、二番の青野が打席に入った。雄介はベンチを見てサインを確認し、大きくリードを取っていた。
「走る気満々だね」
「当然だ」
太田はセットポジションに入り、何球か一塁に牽制球を送っていた。しかし、雄介は怯むどころかますますリードを大きくしている。
「バッテリーは嫌だろうね」
「まあ、そうだろうな」
雄大とまなはその様子を見ながら、会話を交わしていた。太田は再びセットポジションに入り、ようやく初球を投じた。すると、次の瞬間に一塁手が叫んだ。
「ランナー!」
雄介は迷うことなくスタートを切り、一目散に二塁を狙っている。捕手は素早く二塁に送球したが、雄介は余裕で滑り込んだ。塁審も両手を広げて「セーフ」のジャッジを下した。これで無死二塁となった。
「ナイスランー!!」
「いいぞ雄介ー!!」
雄介は塁上で得意げな表情になり、ベンチの方を見た。雄大は拍手をしながら大声で諫めた。
「調子乗るなよー!!」
「さーせん!!」
一方で、芦田は送りバントのサインを出した。太田が二球目を投じると、青野は冷静に三塁方向にバントした。これで一死三塁となり、チャンスが広がった。打席には三番のリョウが入った。
「頼むぞリョウー!!」
「任せてくださいー!!」
雄大がバットを振りながら声を送ると、リョウも大声で応えた。木島工業の内野陣は前進守備を敷いており、先制点を阻止する構えを見せていた。
太田はリョウに対し、丁寧に低めを突いていく。リョウは冷静に見極め、カウントはツーボールワンストライクと打者有利になった。そして、太田は四球目を投じた。低めのカーブだったが、リョウは上手く拾ってみせた。打球が二遊間を抜け、センター前へと抜けていく。
「よっしゃー!!」
「ナイバッチー!!」
これで雄介が生還し、あっという間に先制してしまった。大林高校の選手たちも拍手でリョウのバッティングを讃え、先制点を喜んでいた。この後、さらに雄大がツーランホームランを叩き込んで三対〇となった。後続は抑えられたものの、早くも三点のリードを得ることになった。
「いよいよだな」
「うん、準備ばっちりだよ」
雄大がマウンドに向かう直前、まなに声を掛けた。試合前は緊張していた彼女だが、先制点を取ったこともあって落ち着きを取り戻していた。
「お前ら、いくぞ!!」
「「「おうっ!!」」」
ナインは声を張り上げ、威勢よくグラウンドへと飛び出して行った。雄大が投球練習を始めると、グラウンド上に重そうな捕球音が響き始めた。木島工業の選手たちは唖然としてその光景を眺めている。
「あれが噂の久保雄大か……」
「めっちゃ速いし、捕ってるの女子じゃねえか」
「こんな無茶苦茶なことあるもんなんだな」
マウンド上の投手が高校生離れした剛速球を投げ、それを女子選手が受ける。そんな珍しい状況に、彼らはただただ呆気にとられるばかりだった。
「プレイ!!」
一番の宗山が左打席に入ると、審判がプレイをかけた。雄大が前を向くと、まながサインを出した。
(初球、外にストレートで)
雄大はそれに頷き、大きく振りかぶった。そのまま左足を上げ、ゆっくりと体を始動させる。宗山も小さくテイクバックを取り、投球に備えた。そして、雄大の指から初球が解き放たれた。ボールは唸りをあげて、本塁へと向かっていく。そのままドンという音を響かせ、まなのミットに収まった。
「ストライク!!」
「オッケー、ナイスボール!」
まなは声を掛けながら返球した。木島工業のベンチは再び騒がしくなり、その球について感想を述べていた。
「やっぱり速いぞ」
「あの女子、ビタ止めじゃねえか」
「アイツらすげえな」
その剛速球はもちろん、それを捕球するまなにも注目が集まっている。続いて、雄大は第二球を投じた。高めのストレートだったが、宗山は捉えきれずに空振りした。これで早くもツーストライクとなり、追い込んだ。
「久保先輩ナイスボール!!」
「いいぞ久保ー!!」
内野陣も声を上げ、雄大に声援を送っている。まなが冷静にサインを送ると、雄大も頷いた。そのまま振りかぶると、第三球を投じた。白球が高い軌道を描いて本塁へと向かっていく。
(真っすぐ!)
宗山は直球だと思い、スイングを開始した。ところが、そのボールは急激に軌道を変えていく。地面に引き込まれるように落下していき、バットの下を通過していった。ボールはワンバウンドしたが、まなは冷静に身体で止めて打者にタッチした。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃー!!」
雄大は早くも雄叫びを上げた。宗山は狐につままれたような表情でベンチへと下がっていく。一方で、戦況を見守るレイと芦田はまなの能力に驚いていた。
「レイ、今の見たか?」
「久保先輩の縦スラなのに、止めるなんてすごいです」
「伊達に久保の球を受けてたわけじゃないみたいだな」
オフシーズンの間、まなはブルペンで雄大の球を受けることが何回もあった。最初の方は苦労したものの、練習を重ねるごとに変化球もしっかりと捕れるようになったのだ。雄大が投手復帰を目指して歯を食いしばっている間、彼女も成長していたのだ。
続いて、二番の村上が右打席に入った。まなは彼の様子を窺い、かなりベースに寄っていることに気がついた。
(外の真っすぐを狙われてる。これで身を引くでしょ)
彼女がサインを出すと、雄大が首を縦に振った。二人の息はばっちり合っており、良いテンポで動くことが出来ている。雄大は大きく振りかぶって、初球を投じた。村上は左足を上げ、さらに踏み込もうとする。
「うわッ!?」
しかし、次の瞬間に彼は大きくのけぞった。ボールが胸元めがけて変化していったからだ。まなは雄大に対し、シュートのサインを出していたのだ。審判の右手は上がらなかったが、彼女の思惑通りに村上は少しベースから離れて立つようになった。
それを生かして、雄大は外角にストレートを投げ込んでいく。その球威に、村上はファウルにすることすら叶わない。最後は高めの直球にバットが回り、三振となった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「ナイスボール!!」
まなは声を上げ、力強く返球した。続いて、打席に三番の右打者が入った。雄大は直球を投げ込んでいき、ワンストライクワンボールとした。
(次もストレート。インコースね)
まながサインを送ると、雄大も頷いた。大きく振りかぶり、足を上げて第三球を投げた。すると、打者がバントの構えに切り替えた。雄大は急いでマウンドから駆け出したが、打者はそのまま転がしてみせた。しかし打球に勢いはなく、本塁付近にコロコロと転がっていく。
「キャッチャー!」
雄大が指示を飛ばすと、まなは素早いフィールディングを見せた。マスクを取って落ち着いて打球を処理すると、しっかりと一塁に送球した。これでスリーアウトとなり、ナインはベンチへと下がっていった。雄大はまなに声を掛け、今のプレーに感謝していた。
「まな、ナイス!」
「ありがと! でも、やっぱ木島工業だね」
「っていうのは?」
「多分、今のは私の守備力を試したんだと思う」
「なるほど。たしかにそうかもな」
彼女の予想通り、三番打者はベンチで他の選手たちに何かを伝えていた。練習試合と言えども、木島工業は相手の情報を探って攻略しようとしてくる。彼らのしたたかさが既に現れていたのだ。
試合は二回表へと進んでいく。七番と八番が打ち取られ、二死走者なしで九番のまなに打順が回ることになった。彼女は右打席に入り、落ち着いた表情でバットを構えた。
「まな、打てよー!!」
雄大も大きな声で応援し、彼女を見守っている。他の選手たちも声を出し、エールを送っていた。
(難しいこと考えないで、ゾーンに来た真っすぐを叩こうかな)
まなはカウントを取りに来た直球を狙っていた。捕手は高めのコースに構え、ストレートを要求している。太田はそれに従い、初球を投げた。
(いきなり来たっ!)
白球が高めの軌道で迫ってくるのを見ると、まなは体を始動させた。一年の頃から鍛え上げてきたその鋭いスイングで、そのままボールを捉えてみせた。カーンという快音とともに、打球が太田の横を抜けていく。
「セカン!!」
捕手の指示を聞いて二塁手が飛びついたが、そのまま打球が二遊間を抜けていった。これでセンター前ヒットとなり、まなは一塁に到達して笑顔を見せていた。
「ナイバッチー!!」
ベンチからも歓声が上がっていたが、誰よりも喜んでいたのは雄大だった。彼にとって、ずっと一緒に練習してきた彼女がヒットを放つのは何よりも嬉しいことだったのだ。
「雄介頼むぞー!!」
「滝川を返せよー!!」
打順は一番に戻り、雄介の打席だ。ベンチからも、彼の打棒に期待する声が飛んでいた。彼は太田にワンボールツーストライクと追い込まれたものの、四球目のカーブを右中間に弾き返してみせた。
「よっしゃー!!」
「まわれまわれー!!」
打球が転々とする間に、まなは全力疾走を見せた。俊足とは言えないが、彼女はその巧みな走塁技術で一気に加速していく。そのまま本塁を踏み、四点目を追加した。
「っしゃー!!」
「ナイスランー!!」
まなは少し照れながらベンチに戻り、皆とハイタッチを交わしていた。彼女が生還したことで、大林高校の選手たちは大きな盛り上がりを見せていた。
突拍子もないアイデアに思われたまなの出場だが、彼女はチームの一員としてしっかりと役目を果たすことが出来ていた。しかし、思わぬピンチが彼女を襲うことになる――




