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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第三十三話 脱出

 リョウがマウンドに向かって走っていく。スタンドからは、一年生投手に期待する声が上がっていた。


「頑張れ平塚ー!!」


「お前が抑えろー!!」


 一方で、再びマウンドには内野陣は集まっている。梅宮は悔しさをにじませた表情でそこに立っていた。リョウが来ると、彼はボールを手渡した。


「……すまんな、リョウ」


「後は頑張ります。信じてください」


「ありがとう」


 そして、ベンチへと下がっていった。観客席は拍手で出迎え、自英学院打線に立ち向かった彼のことを讃えていた。状況は依然としてノーアウト満塁で、次の打者は四番の八木だ。一年生投手には酷な状況だが、リョウは冷静だった。


(お前のピッチングを見せてやれ、リョウ)


 久保はレフトからエールを送っていた。当然だが、八木はリョウにとってもシニア時代の先輩である。少なからず、彼にも思うところがあった。


(あの頃は八木先輩も雲の上の人だった。それでも対戦できるんだから、実力を出したい)


 リョウは投球練習を行いながら、打席を待つ八木のことを横目で見ていた。シニア時代はほぼほぼ控えだった彼にとって、八木と対戦できるのはどこか不思議な気分だった。しかしながら、何としても抑えようとする意志ははっきりと持っていたのだ。


「リョウ、思い切っていけよ!!」


 試合が再開される直前、芦田が大声でリョウを励ました。この大ピンチでは、開き直って投げていくしかない。バッテリーは十分承知のことだった。


「プレイ!!」


 審判がプレイをかけ、球場中の視線が一斉にグラウンドへと向けられた。十八・四四メートルを挟んで相対する八木とリョウ。強豪校の四番と新鋭校の投手という、対照的な二人だった。


(制球が良い印象がある。配球を読んで直球を打つ)


 打席の八木はストレートに狙いを絞っていた。自英学院も、悠北高校の野村が直球を叩いて二本塁打を放ったことは把握している。リョウの対策として、部員たちには直球狙いが指示されていたのだ。


 リョウは小さく足を上げ、第一球を投げた。八木の狙いに反して、白球は大きな弧を描いて本塁へと向かっていく。


(なんだこの球は!?)


 八木はその軌道に驚き、バットを出すことが出来なかった。ボールが芦田のミットに収まると、審判の右手が上がった。


「ストライク!!」


「ナイスピー!!」


「その調子だぞー!!」


 リョウが投げたのは、代名詞のスローカーブだった。八木ももちろん知ってはいったが、実際に打席で見てその凄さを知ったのだ。


(もう一球、カーブだ)


 芦田は八木の反応を見て、再びスローカーブを要求した。明らかにタイミングが合っておらず、打てないと判断したのだ。リョウもそのサインに従い、第二球を投じた。さっきと同じような軌道で、白球が山なりに進んでいく。


 八木はスイングをかけていったが、捉えきれずにバットが空を切った。これでノーボールツーストライクとなり、リョウが有利なカウントになった。


(焦らず、ボール球を使っていけよ)


 久保もレフトからリョウの様子を窺い、心の中で声援を送った。芦田は慎重にサインを交換し、次の球を決めている。ベンチでは、まながレイに話しかけていた。


「次の球、何だろうね」


「私なら次で勝負します。そう――高めの釣り球です」


 レイははっきりとそう答えた。スローカーブを二球見たあと、リョウのストレートは剛速球のように見える。それを生かすなら、答えは明らかだった。


 芦田もサインを決め、高めに構えた。リョウは頷き、セットポジションに入る。各塁のランナーは、リョウのことを凝視している。それでも彼は構わず、第三球を投じた。構え通り、白球が高めに突き進む。


(速いっ……!)


 八木はスイングを開始したが、彼にはボールが加速しているように見えていた。当然バットを合わせることは出来ず、空振りしてしまった。それとともに審判の右手が上がると、球場中から歓声が巻き起こった。


「ストライク!! バッターアウト!!」


「よっしゃー!!」


「ナイスピー!!」


「いいぞ平塚ー!!」


 一年生投手が、強豪校の四番を三球三振に打ち取る。これほど痛快な場面はなく、大林高校の選手たちも喜んでいた。


「「おっしゃあああ!」」


「まな先輩、リョウが三振取りましたよ!!」


「うん、よく投げたね!!」


 マネージャー二人も喜びを分かち合っていた。スタジアム全体が今の三振に興奮しており、リョウを褒め称えていた。状況はまだワンアウト満塁だが、流れが少しずつ大林高校の方へと傾いていた。


「カーブ、気をつけろよー!!」


 八木はベンチに下がりながら、次の打者に注意を促していた。しかし、勢いのついたリョウを止めることはできなかった。


 リョウは五番打者には直球でコーナーを突き、アウトローで見逃し三振を奪った。六番打者に対してはスローカーブでカウントを稼ぎ、最後は直球で空振り三振に打ち取ってみせた。


「おっしゃあああ!!」


 最後の打者を打ち取ると、リョウは珍しく雄叫びをあげた。それに呼応するかのように、大林高校の観客席も大きな拍手と声援を送っていた。


「よく投げたぞー!!」


「ナイスピッチー!!」


 ノーアウト満塁というピンチを、三者連続三振で脱してみせた。リョウという投手の実力が、はっきりと示される場面となったのだ。


「お疲れ。よく投げたな、リョウ」


「ありがとうございます、梅宮先輩!!」


 ベンチに戻ってきたリョウを、梅宮が笑顔で出迎えた。エースが残したピンチを、見事に片付けてみせたのだ。これほど盛り上がり場面はなかった。


 試合は六回表に移る。この回の大林高校の攻撃は、九番のリョウからだ。先ほどの好投もあり、球場全体がこの打席に対して期待を寄せていた。


「頑張れ平塚ー!!」


「打てよー!!」


 リョウはヘルメットを被りながら、左打席へと向かっていった。彼自身も、なんとか得点のきっかけをと奮起していた。


(この流れで出塁出来たらベストだ)


 そう考えると、バットを強く握ってマウンドに対した。一方の八木は、少し険しい表情で松澤のサインを見ている。


「八木さん、少し顔つきが変わりましたね」


「うん、さっき打てなかったからかな」


 マネージャーの二人もその変化を察知していた。徐々に増す大林高校の勢いに飲まれず、むしろ自らをより高めている。八木がエースたる所以が、そこにはあった。


 そして、彼は第一球を投げた。内角への真っ直ぐだが、リョウは積極的に打ちに行く。しかし、バットは空を切った。


「ストライク!!」


(速い……!)


 リョウはその速球についていけず、困惑していた。第二球、八木は続けて直球を投じてきた。リョウも打ちに行って辛うじてバットに当てたが、勢いのないファウルとなった。


「いいぞ八木ー!!」


「追い込んでるぞー!!」


 直球二つで打者を追い込む見事な投球に対し、内野陣からも声が飛んでいた。松澤が高めに構えると、八木はそれに従って第三球を投じた。


「うぉらっ!!」


 彼は思わず声を漏らし、全身の力を使ってボールを放つ。リョウもスイングをかけていったが、白球がバットのはるか上を通過していった。


「ストライク!! バッターアウト!!」


「ナイスピー八木ー!!」


「オッケー!」


 八木は大林高校の反撃ムードを断ち切るかのように、三球で三振を奪ってみせた。リョウは悔しがることすら出来ず、ただ天を仰いだ。


(やっぱり、こういう時こそ直球で来るんだな)


 久保は改めて、八木が自らの直球に自信を持っているのだと感じた。自分のチームが追い込まれそうになると、ストレートで押していく。八木のスタイルは、シニア時代から何ら変わっていなかったのだ。


 その後、ツーアウトから近藤が出塁したものの岩沢が繋ぐことが出来ずにスリーアウトとなった。これで六回表は終了し、依然として三点ビハインドのままだった。


「まだまだこれからですよー!」


 まなは守備に行こうとする選手に対し、声を張り上げた。大林高校の選手たちは未だに八木を打ちあぐね、二塁を踏むことすらできていない。我慢の時が続いていた。


 一方、六回裏の自英学院の攻撃は七番からだった。下位打線とはいえ、相手は強豪校。リョウは油断することなく、慎重に投げ込んでいく。


 七番打者は内角の直球で詰まらせて内野ゴロに打ち取った。八番には丁寧に低めを突いていき、最後はスローカーブでショートゴロに打ち取った。


「リョウいいぞー!!」


「ナイスピー!!」


 八木には好投を見せられたが、リョウが気落ちすることはなかった。九番打者には少し浮いた球を打ち返されたが、センターフライに打ち取った。これでスリーアウトとなり、あっさり六回裏を終えた。


「リョウ、ナイスピーだ」


「久保先輩、ありがとうございます!」


 久保もレフトから戻ると、リョウの投球を称えていた。これ以上、自英学院に得点を許すことは出来ない。リョウの好投は、反撃に向けての好材料となった。


 試合は七回表に進む。この回の攻撃は四番の久保からだ。残りイニング数も少なくなり、なんとしても出塁してチャンスを作りたい場面だった。


「久保くん、頼むよー!!」


 まなが全力でエールを飛ばすと、ベンチ前にいた久保が頷いた。アナウンスが流れ、応援席からも歓声が上がる。


「七回表、大林高校の攻撃は、四番、レフト、久保くん」


 今日の久保は未だにノーヒットで、八木と松澤のバッテリーに封じ込められている。なんとかそれを打破しようと、彼は真剣な表情で打席に向かった。


(先頭打者だし、フォアボールは避けたいはずだ。カウント取りにきた直球を狙う)


 狙い球を絞り、バットを構える。バッテリーは久保の様子を窺いながら、サインを交換した。八木はじっとミットを見つめ、集中力を高めている。そのまま、第一球を投じた。


(外の真っすぐ!)


 久保はその球を見るや否や、素早くバットを振り抜いた。思い切りセンター方向に打ち返したが、ややバットの先だった。それでも、良い角度で打球が上がっていく。


「セ……センター!!」


 指示を出しながら、松澤はしまったという表情を見せた。八木もじっと打球方向を見つめ、その行方を見守っている。


「よっしゃー!!」


「入れー!!」


 ベンチは盛り上がっていたが、久保の表情はあまり晴れやかではなかった。打球はフェンス手前で失速すると、中堅手のグラブに収まってしまった。八木はほっと安心した表情を見せ、久保は悔しそうにベンチへと戻っていった。


 リョウは好投を続けているが、打線が援護することが出来ていない。このまま試合を終えるのか、それとも反撃の糸口をつかむのか。試合の流れがはっきりとしないまま、いよいよ終盤へと差し掛かる――

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