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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第三十二話 迫る危機

 試合は進み、五回裏となった。この回の自英学院の攻撃は、九番からだ。梅宮は果敢に攻めていくが、打者も粘りを見せてなかなかアウトにならない。結局根負けして、フォアボールを許した。これでノーアウト一塁で一番に打順が回ることになった。


「一番、ショート、深山くん」


「深山頼むぞー!!」


「追加点取ろうぜー!!」


 四回までなんとか二失点でしのいできた梅宮だが、もはや自英学院の打線を相手にするのは限界だった。既にリョウは投球練習を始めており、いつでも登板できるように準備している。


「まな先輩、どうするんですか」


「出来るだけ梅宮先輩を引っ張りたい。けど、もう限界かも」


 レイは心配そうにマウンドを見つめ、まなに問いかけていた。一気に試合を決めようと、自英学院側の応援席は盛り上がっている。球場中のムードが、自英学院に傾いているのだ。


「梅宮、打たせていけよ」


 岩沢もその雰囲気を察知し、声を掛けていた。梅宮は、あまり余裕のなさそうな表情で頷いた。芦田もリードに苦労しており、厳しい状況が続いていた。


(送りバントの気配はない。低めの直球で打ち損じを狙いましょう)


 芦田は右手で自らの胸をドンと叩き、梅宮を鼓舞した。一塁ランナーは大きくリードを取り、プレッシャーをかけている。梅宮もランナーを気にして、何球か牽制球を送っていた。


「頑張れ梅宮ー!!」


「打たせて来い!!」


 内野陣も必死に彼を励ましている。大林高校の応援席は、祈るような表情で試合を見つめていた。梅宮は小さく足を上げ、初球を投げた。サイン通り、低めの軌道にストレートが決まった。


「ストライク!!」


「いいぞー!!」


「ナイスピー!!」


 ストライクが取れたにも関わらず、梅宮の表情は厳しいままだ。どこに投げても、打たれるかもしれない。そう感じさせる何かが、自英学院からあふれ出ていたのだ。


(もう一球、ストレートを厳しく)


 芦田は再び直球のサインを出した。なんとかカウントを取って、最後はカーブで勝負をかけるつもりだった。梅宮は額に汗を浮かべながら、そのサインに頷いた。依然としてランナーは大きいリードを取っている。セットポジションから、梅宮は二球目を投げた。


(高いっ……!)


 芦田の構えより高く、白球が突き進んでいく。それを見た深山は迷わずバットを振り切った。快音を残して、打球がライト前へと抜けていく。


「よっしゃー!」


「ナイバッチー!」


 打球の勢いが強く、一塁ランナーは二塁で止まった。しかしこれでノーアウト一二塁となり、さらにピンチが広がった。


(まずいな……)


 レフトの久保も、複雑な心境で梅宮を見ていた。バットで援護出来ていないもどかしさと、自らマウンドに立てない悔しさ。そして何より、このままでは試合が決まってしまうという焦りがあった。


 続いて、二番打者が打席に入った。梅宮はゲッツーを狙って低めにカーブを集めたが、最後の球が浮いてしまった。痛烈にセンター前に弾き返され、これでノーアウト満塁だ。


「よっしゃー!!」


「決めようぜー!!」


 自英学院のベンチが盛り上がるなか、まなはタイムを取って伝令を送った。次の打者は、三番の松澤だ。なんとか踏ん張って最少失点で切り抜けようと、皆必死になって伝令の話を聞いていた。


「とにかく、内野前進守備でバックホーム態勢とのことでした」


「もうこれ以上は失点できないからな」


「はい。梅宮先輩、リョウもスタンバイしてるから気楽にとのことでした」


 梅宮も伝令の話に耳を傾け、少し落ち着きを取り戻していた。やがてタイムが終わり、内野陣が各ポジションへと散っていく。アナウンスが流れ、球場中が歓声に包まれた。


「三番、キャッチャー、松澤くん」


「お前が決めろー!!」


「ホームラン打てー!!」


 一回裏に二点を先制したあと、自英学院も得点を挙げることが出来ていない。八木が好投しているとはいえ、相手は勢いのある大林高校である。この回に追加点を入れ、一気に突き放したいところだったのだ。


(梅宮先輩、踏ん張りどころです。まずは外にストレート)


 梅宮は芦田のサインを見ると、セットポジションに入った。各塁のランナーを見回し、ふうと息をついた。そして小さく足を上げ、第一球を投じた。力のあるストレートが、外角に向かって進んでいく。


 松澤もバットを出していったが、振り遅れてファウルとなった。力のない打球が、一塁方向へと飛んでいく。


「ファウルボール!!」


「オッケー!」


「ナイスボール!」


 松澤は表情を変えず、真剣な眼差しで打席に入っている。彼は既に二安打を放っており、梅宮とタイミングが合っているのだ。


(外の球をひっかけさせるか、インコースを詰まらせたい)


 無死満塁という場面で、内野手は前進守備を取っている。三振を取るか、内野ゴロや内野フライに打ち取るのがベストだ。


(高めは禁物です。しっかりアウトローに)


 続いて、芦田は直球のサインを出して外角低めに構えた。コントロールミスは許されない場面であり、梅宮もかなり神経を使っている。セットポジションから、第二球を投じた。ボールはしっかりと、芦田の構えた通りのコースへと向かっていく。


(よし!)


 芦田は心の中で頷いた。松澤は捉えきれずに空振りし、ノーボールツーストライクとなった。打者有利なカウントとなり、大林高校のベンチも梅宮を盛り立てていた。


「追い込んでるぞー!!」


「攻めていけー!!」


 球場には日差しが強く照っていて、球児たちの体温を上げていた。各塁のランナーはじっとマウンドの梅宮を見つめ、少しでも隙がないか窺っている。スタジアム全体が緊迫した空気に包まれるなか、梅宮は第三球を投げた。


 白球が山なりの軌道を描いて本塁へと進んでいく。浮いてはいない――というより、低すぎた。本塁手前でワンバウンドして、芦田が捕り切れなかった。辛うじて体で止めたが跳ね返り、少し転がった。


「「いけー!」」


 自英学院の応援席から、三塁に向けて声が飛んでいた。ランナーはそれを受けて本塁突入を試みたが、松澤が左手を挙げてそれを制した。芦田が素早いフィールディングで、しっかりとボールを掴んでいたのだ。


「「あぶね~!」」


 大林高校の面子も、ほっと安心した。とはいえ、大ピンチであることに変わりはない。芦田は表情を厳しくしたまま、梅宮に返球した。


(最後は、内のストレート)


 外のストレート二球に、低めのカーブ。松澤には十分に意識づけをすることが出来ていた。となれば、内角の直球で刺しにいける。そういう判断だった。


 芦田がインコースに構えると、球場が一瞬ざわめいた。点差は未だ二点。突き放したい自英学院と、食らいつきたい大林高校。両者の間に、激しく火花が飛び散っていた。


 梅宮は小さく足を上げ、第四球を投げた。しっかりと制球された球が、インコースの胸元へと向かっていく。松澤が肘をたたんで、なんとかバットの根元付近で捉えてみせた。鈍い打球音とともに、フライがふわりと舞い上がる。


「ショート!!」


 芦田が指示を飛ばし、近藤が後ろに下がっていく。前進守備だったため、やや遅れてしまった。各ランナーはハーフウェーで止まり、様子を窺っている。


「くっ……!」


 近藤は左手を目一杯伸ばして飛びついたが、打球はぽとりと落ちた。センター前ヒットとなり、三塁ランナーがホームインした。これで〇対三となって三点差のうえ、依然としてノーアウト満塁だ。


「よっしゃー!」


「ナイスバッティングー!」


 松澤は一塁上でガッツポーズをして、ベンチからの称賛に応えていた。梅宮はひざに手をつき、がっくりとうなだれていた。大林高校の選手たちの表情も、ますます暗くなっていく。


「タイム!! 芦田くん!!」


 するとそこで、まながタイムを取った。名前を呼ばれた芦田はその意図を理解し、審判に選手の交代を告げた。場内アナウンスが流れると、球場中がざわつき始める――


「大林高校、選手の交代をお知らせします。梅宮くんに代わりまして、ピッチャー、平塚くん」

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