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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第二十七話 乱戦の終わり

 三塁走者の木尾がスタートしたのを見て、観客席が一気にどよめいた。強烈な打球が印象に残っていた内野手たちは、前に出るのが一瞬遅れてしまった。久保はしっかりとボールを見て、三塁方向に転がした。


「バックホーム!!」


 満塁であるため、本塁もフォースプレイだ。捕手は慌ててマスクを取り、指示を飛ばしている。野村は猛ダッシュで前進してきて、打球を拾い上げた。


「間に合えー!!」


 まながベンチから大声で叫んだ。久保も一塁へと駆けながら、横目で本塁の様子を窺っている。木尾は一気に本塁へと滑り込み、野村もバックホームした。タイミングは際どく、球場中の視線が球審に集まった。


 ワンアウト満塁という状況で、五本塁打の四番がスクイズを敢行したのだ。スタジアム全体が意表を突かれており、未だにざわめきが収まらない。間もなく、審判が判定を下した。


「セーフ!!」


「よっしゃああー!!!」


「勝ったー!!!」


 その瞬間、大林高校の選手たちは喜びを爆発させた。観客席からも一斉に拍手と歓声が巻き起こり、熱戦を見せた選手たちを讃えていた。


「そんな……」


 一方で、野村はグラウンドに膝をついて呆然としていた。五打数四安打三本塁打七打点と文句なしの活躍だったが、チームは敗れてしまった。その事実が、四番として何より悔しかった。


 内海は目を覆って涙をこらえていた。彼は打者三人に対してアウトを一つも取れなかった。二年生として、先輩の夏を終わらせてしまったことが何より悲しかったのだ。


 二人は先輩たちに肩を支えられ、ホームベースのところで整列した。審判が試合終了を告げ、両校の選手たちが挨拶を交わした。


「八対七で大林高校の勝利!! 礼!!」


「「「「ありがとうございました!!!!」」」」


 その瞬間、球場中から改めて拍手が送られた。優勝候補の一角に数えられていた悠北高校が、準々決勝で敗退してしまったのだ。大林高校が大金星をあげたことに対し、驚きの声が広がっていた。


「まさか悠北が負けるとは」


「大林、マジで凄いぞ」


 これで大林高校は史上初の準決勝進出を果たした。あと二つ勝てば、甲子園出場となる。部員たちにその実感は無かったが、夢の舞台はあと少しまで迫っているのだ。


「「久保くん!!」」


 ベンチに戻ろうとしていた久保を、野村と尾田が呼び止めた。久保が立ち止まると、二人が寄ってきて彼に話しかけた。


「おめでとう、久保くん。準決勝も頑張って」


「ありがとう、野村くん。それに尾田くんも」


「本当は勝ちたかったけどね。でも、やっぱり久保くんは凄いよ」


 久保は二人と握手を交わした。そのままいろいろな話をしていた三人だったが、その中で昔の話題が出た。


「そういえば、野村くんはシニアの頃から有名だったよね」


「何言ってんだよ、君の方がよっぽど有名だったじゃないか」


 久保の問いかけに対し、野村がそんな返事をした。二人は同じ県内で別のチームに所属していた。野村は打者として、久保は投手として有名だったのだ。しかし二人が試合で対戦することはなく、久保は中二で野球をやめてしまったのだ。


「あの頃、一度は久保くんと対戦してみたかった。絶対打ってやるって思ってたよ」


「ハハハ、そうだったんだ。でも、今はご覧の通りさ」


「中二でぱったり噂を聞かなくなったのは、やっぱり怪我だったんだ」


「まあね。今は左腕で、辛うじて外野をやっているよ」


「もうピッチャーはやらないのか?」


 その野村の言葉に、久保は意表を突かれた。ピタッと動きを止め、静かに口を開いた。


「……来年は、必ずマウンドに戻るよ」


「本当か!? 楽しみに待ってるよ」


 久保の言葉を聞いて、野村は少し笑った。やがて話を終えて久保が帰ろうとしたとき、野村が付け足した。


「久保くん!!」


「なんだい?」


「六本目、楽しみにしてるからな!!」


 六本目というのは、もちろん本塁打のことだ。二人は、大会通算で五本塁打とトップタイの成績を残している。それを超えて単独トップになってほしいという、野村なりのエールだった。


「ありがとう!! 絶対打つよ!!」


 そうして、久保は手を振って別れを告げた。ベンチに戻って片付けを行い、球場を後にした。次の試合は三日後に行われる。タイトなスケジュールをこなしてきた部員たちにとって、束の間の休息を得ることになった。


「まな、向こうの試合はどうなってる?」


「自英学院が七回コールド勝ち。森山くんが最後まで投げて無失点」


「そうか、流石だな」


 球場からの帰り道、久保がまなに自英学院の試合結果を尋ねていた。自英学院は大林高校の試合と同じ時刻で準々決勝を戦っていたが、その実力で対戦校を圧倒していたのだ。


「じゃあ、次の相手はやっぱり自英学院だな」


「そうだね。ここを越えなきゃ、甲子園はないよ」


「だなあ……」


 久保はそう答えつつ、自英学院の選手について考えを巡らせていた。まず挙げられるのは、何と言っても八木と松澤のバッテリーだ。去年は甲子園にも出場し、全国的にも名が知られている。二人は守備面だけでなく攻撃面でも重要な役割を担っており、まさにチームの中核となっていた。


 また、この春から注目を集めているのが右の剛腕投手である森山だ。この夏の大会でも何試合か登板し、その剛速球で打者を打ち取っている。八木の後を継ぐエース候補として、一気に知名度が高まっていた。


 さらに三年生投手の斎藤など、他の選手にも実力者が多い。大林高校が乗り越えるには、とてつもなく高い壁だったのだ。


「……でも、やっとここまで来たんだね」


「え?」


 まなの言葉で、久保は我に返った。彼女は真剣な表情で話を続けた。


「やっとだよ。去年おにーちゃんたちが負けてから、ようやくやり返すチャンスが来たんだよ」


「……そうだな。八木先輩には、デカい借りがあるからな」


 去年の試合、久保は八木からタイムリーを放ったが、チームは敗れてしまった。試合後、二人は翌年の再戦を誓っていたのだ。八木は久保を抑えることを、久保は今度こそチームを勝たせることを目標に、この一年を戦ってきたのだ。


「久保くん、もちろん準決勝も打ってくれるんでしょ?」


 まなはニッコリと笑い、そう言った。それを聞いた久保は苦笑いして、静かに口を開いた。


「……打つよ。絶対に」


 彼は強く決意した表情で、はっきりとそう言ってみせた。その後、部員たちは学校に帰り、そこで解散となった。三日後の準決勝に向けて、各々が各々の思いを抱えて家に帰っていく。


 キャプテンの岩沢はチームを勝たせることを一番に、改めて気を引き締める。エースの梅宮は今日の被弾を悔やみ、次戦での好投を誓っていた。リョウとレイは今日の投球をもう一度振り返り、自英学院の打者に対する対策を考えている。芦田は準決勝で二人の投手をどうリードしていくか、イメージトレーニングを行っていた。


 久保はただひたすら、「打つ」ことだけを考えていた。四番として、出来ることは何か。チームのために自分が何を為すべきなのか。考えに考えていた。


 準決勝まで、あと三日。部員たちはそれぞれの思いを抱え、決意を新たにしていた――

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