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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第二十五話 古豪のプライド

 九回表、もちろんマウンドには梅宮が立っている。対する悠北高校は二番からの攻撃であり、尾田と野村に打席が回る。大林高校にとっては嫌な打順の巡りだった。


「野村さんの前にランナーを出さないことですね」


「そうだね、何とか抑えてもらわないと」


 レイとまなは心配そうに梅宮を見ていた。強力打線を擁する悠北高校に対し、何とか同点で食らいつくことが出来ている。このまま九回裏を迎え、一気にサヨナラ勝ちしたいところだった。


「点取るぞ!!」


「「おう!!!」」


 一方、悠北高校の選手たちは円陣を組んでいた。あくまで彼らの目標は県大会で優勝し、甲子園を目指すことである。もちろん準々決勝で敗れるわけにはいかず、なんとか準決勝を目指そうと必死だったのだ。


 間もなく、二番の右打者が打席に入った。審判が合図し、試合が再開される。観客たちの声援にもさらに熱が入り、球場の雰囲気を盛り上げていた。


 先頭打者に対し、梅宮は直球を投げ込んでいく。相手に臆することはなく、強気でインコースに投げ込んでいく。打者もファウルでなんとか粘り、なかなかアウトにならない。


「いいぞ梅宮ー!!」


「追い込んでるぞー!!」


 ベンチも必死に声援を送る。最終回であることを考えれば、一点でも取られれば致命傷となる。あとアウト三つを取って、サヨナラのチャンスを待つ。皆がそうなるように願っていた。


 何球か粘られたあと、梅宮は打者に対してカーブを投じた。打者もなんとかついていったが、捉えきれなかった。鈍い音を響かせ、打球が転がっていく。


「ショート!!」


 芦田が指示を飛ばすと近藤が打球を処理し、一塁へと送球した。これでまずワンアウトとなり、大林高校の応援席から拍手が巻き起こった。


「梅宮ワンアウトだぞー!!」


「落ち着いていけよー!!」


 梅宮は浮かれることなく、冷静に振る舞っていた。次は三番の尾田だ。先ほどの打席では内野安打を放っている。


(さっきは内野安打にされたけど、ああやって詰まらせられたらベストだ)


 二番打者にしたのと同じように、芦田はインコースの球を要求した。梅宮もそれに応じ、次々に内角に投げ込んでいく。尾田も巧みにカットしていくが、両者とも決め手に欠けていた。


「踏ん張れ梅宮ー!!」


「頑張れ尾田ー!!」


 両校から懸命な応援が飛んでいる。カウントはツーボールツーストライクとなった。梅宮は二番に対してはカーブを打たせたが、今度は直球で押し切った。彼が七球目にも内角のストレートを投じると、尾田は根負けして右方向にゴロを打った。


「セカン!!」


 芦田の指示に対し、二塁手の青野は素早く反応した。打球を処理して、一塁へと送球した。これでツーアウトとなり、梅宮は内野陣とアウトカウントを確認していた。


「ツーアウトツーアウトー!!」


「落ち着いていけよー!!」


 しかし、ここで悠北高校の応援席が沸いた。ネクストバッターズサークルから歩き出すその姿に、一気に視線が集まっていた。


「四番、サード、野村くん」


「野村頑張れー!!」


「もう一発打てよー!!」


 ツーアウトランナーなしとはいえ、一発出れば負け越しの場面。今日既に二本の本塁打を放っており、打線の中で一番怖いバッターだった。


(さっきのカーブ攻め、まだ効いてるはず)


 芦田は前の打席を思い出していた。先ほどの打席では徹底的にカーブを見せ、最後はセンターフライに打ち取っていた。カーブの印象を活かし、なんとか凌ぎたいと考えていたのだ。


(ここもカーブです)


 梅宮は芦田のサインに頷いた。悠北高校のブラスバンドは熱心に演奏しており、じわりじわりと彼のメンタルを削っていく。それでも負けずに、初球を投じた。


 野村はバットを出したが、中途半端なスイングとなった。カキンという音とともに、打球が三塁線を切れていく。


「ファウルボール!!」


「いいぞ梅宮ー!!」


「ナイスボール!!」


 野村はまだカーブにタイミングが合っておらず、うまく捉えることが出来ていなかった。梅宮は二球目にもカーブを投じたがこれもファウルとなり、ノーボールツーストライクと追い込んだ。


「野村しっかり見ていけー!!」


「頑張れ野村ー!!」


 悠北高校のベンチから、野村を励ます声が聞こえてきていた。野村自身は慌てることなく、未だ悠然と構えている。


(不気味だな、やっぱり)


 芦田はその後も徹底的にカーブを要求した。梅宮もしっかり低めに投げ込んでいくが、なかなか野村はアウトにならない。六球連続でカーブを投げ、カウントがツーボールツーストライクとなった。


(カーブが浮いたらまずい。そろそろ、内の真っ直ぐで勝負だ)


 芦田は内角のストレートのサインを出した。梅宮もそれに応じ、頷いた。今までの六球で、充分にカーブを印象付けることが出来ている。急に内角の真っ直ぐを投じられても打てないだろう、そんな判断だった。


 梅宮は第七球を投げた。白球は芦田の構えた通り、内角に向かって進んでいく。野村もバットを出していくが、やや根本に当たった。しかしそれでもスイングを止めず、最後まで振り切ったのだ。少し鈍い金属音とともに、左方向に打球が舞い上がる。


「レフトー!!」


 芦田が大声で叫んだ。観客も皆、打球の行方を見守っている。


「ありゃレフトフライだな」


「詰まらされてたな」


 スタンドからはそんな声が聞こえてきた。実際、打球に勢いはなく、久保はゆっくりと下がっている。


(あれ、意外と落ちてこないな)


 しかし、打球を追っていた彼は違和感を覚えた。高く舞い上がった打球は風にも乗り、なかなか落下してこない。


「え?」


 久保は思わず声を出した。打球を追っていた彼は、そのままフェンスに到達してしまったのだ。すると一塁に到達しようとしていた野村が、右手を突き上げた。


 打球がやっと落ちてきて、久保は飛び上がって捕ろうとした。しかし無情にも、白球はフェンスを越えて外野スタンドへと入ってしまったのだ。


「よっしゃあああ!!」


「ナイバッチ野村ー!!」


「勝ち越しだー!!」


 観客席は少しどよめいたが、一気に沸き上がった。内角の直球を詰まらされたにも関わらず、スタンドに放り込んでしまう野村のパワー。古豪の四番として、彼が意地を見せた瞬間だった。


「しまったぁ……」


 梅宮は思わず膝に手をつき、一球を悔いた。九回ツーアウトから、勝ち越し弾を許してしまったのだ。これで七対六となり、悠北高校が一歩前に出ることとなった。


「「あー……」」


 大林高校のベンチも意気消沈していた。ここに来ての負け越し。そのダメージは大きく、誰も声を発しようとしていなかった。沈黙が訪れ、重苦しい空気が流れている。


「はいはい!! 終わり終わり!!」


 そんな雰囲気をかき消すように、まながパンパンと手を叩いた。ベンチにいた部員たちが一斉に振り向くと、彼女はさらに話を続けた。


「打たれたのは仕方ない!! とりあえず梅宮先輩応援しますよ!!」


 部員たちはハッとしたようにマウンドの方を向き、再び梅宮に声援を送るようになった。まな自身も、本塁打を打たれたことにはショックを受けていた。しかし監督としては、選手たちに前を向かせることしか出来ないのだ。


 梅宮は五番打者を内野ゴロに打ち取り、九回表を終えた。しかしその表情は暗く、申し訳なさそうにとぼとぼとベンチに戻ってきた。


「梅宮、切り替えていけよ」


「すまん、岩沢」


「なに、俺たちが点取ればいいんだ」


 岩沢は梅宮を励ましていた。九回裏が始まる前、まなは部員たちを集めて円陣を組ませていた。大林高校は未だに松原を攻略出来ておらず、六回以降得点が入っていない。


「松原さんのツーシーム、あれを打たされてます。しっかり球見極めていきましょう」


「「おう!!」」


 そして、八番の青野が打席に入った。彼は二年生の二塁手である。今日はヒットが出ておらず、先ほどの打席で松原と対戦した時はセカンドゴロに打ち取られている。


「青野頼むぞー!!」


 ベンチから、久保も声を張り上げていた。大林高校の応援団も、同点を願って懸命にエールを送っている。一方、悠北高校側のスタンドは、このまま試合が終わることを祈っていた。両者の望みがぶつかり合い、球場の雰囲気をさらに張り詰めたものにしていた。


 青野はじっくりとボールを見極め、ツーボールツーストライクとした。彼はストレートに狙いを絞り、打席に立っている。一方、松原の持ち球はツーシームとカーブだ。彼は捕手のサインに頷き、第五球を投じた。


(カーブ!!)


 青野は手を出しかけたが、低めと見るやピタッとスイングを止めた。捕手がスイングチェックを要求したが、塁審は両手を横に広げた。


「いいぞ青野ー!!」


「よく見たぞー!!」


 これでフルカウントとなった。松原は何度かサインに首を振り、六球目を投じた。内角へのツーシームだったが青野が見極め、フォアボールとなった。


「ボール、フォア!!」


「よっしゃー!!」


「ナイスセン青野ー!!」


 これでノーアウト一塁となり、同点のランナーが出塁した。ここまで好投してきた松原だったが、九回裏ということもありやや浮足立っていたのだ。思うように制球が出来ず、首をひねっている。


「松原、次とっていくぞ」


 悠北高校の捕手はそんなふうに声を掛け、松原にボールを返した。次は九番の梅宮だが、まなは代打を出さずにそのまま打席に送った。


「まな、どうする気だ?」


「青野くんが出たし、ここはバントしてもらう。延長を考えれば、ここで代打は出せない」


「そうだな。梅宮先輩にバント決めてもらうしかないな」


 梅宮は打撃は不得手だが、バントは苦手ではない。バットを寝かせ、松原と対している。悠北高校の内野陣は少し前に出てきて、送りバントを警戒していた。


 松原はセットポジションに入り、一塁に牽制球を送った。青野はヘッドスライディングで一塁に戻った。松原の気を散らすことも、打席の梅宮にとって重要なことだった。


「梅宮先輩、落ち着いてー!!」


「確実にいきましょー!!」


 ベンチから、皆が梅宮に声援を飛ばしている。松原は初球にカーブを投げた。しかし梅宮はバットを引かず、上手く当ててみせた。程よく勢いが死んだ打球が、一塁方向へ転がっていく。前進してきた一塁手が打球を取ると、捕手が指示を飛ばした。


「ファースト!!」


 それを聞いた一塁手は二塁を諦め、一塁へと送球した。これで青野は二塁へと進み、ワンアウト二塁のチャンスとなった。


「いいぞ梅宮ー!!」


「ナイスバントー!!」


 得点圏にランナーが進み、大林高校の応援団がさらに熱を帯びていた。一方で悠北高校はタイムを取り、内野陣がマウンドに集まっている。七対六、悠北高校が一点リード。このまま敗れるか、それとも逆転勝利を掴み取るか。試合はまさに、山場を迎えていた――

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