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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第二十三話 混沌

 ゴンという鈍い音が響き、打球はバックスクリーンに直撃した。初回にツーランを放ったかと思えば、今度は逆転満塁ホームラン。これで六対四となり、悠北高校が二点をリードする展開となった。四番の野村は、チームの為にその実力を遺憾なく発揮していたのだ。


「ナイスバッティング野村ー!!」


「よく打ったぞー!!」


 打たれたリョウは両手を膝についてうなだれていた。芦田の構えた通りに投げた、完璧なストレート。それを本塁打にされてしまったのだ。その事実が、今の実力の限界を彼に示していた。


(リョウ……)


 レフトを守っている久保は、ただじっと遠くのマウンドを見つめることしか出来なかった。相手が強力打線とはいえ、五回で六失点。投手としては屈辱的なスコアであり、彼にとっては自分のことのように悔しかった。


「リョウ……」


「リョウくん……」


 マネージャー二人も、ただ見ていることしか出来ず、リョウにかける言葉を持たなかった。盛り上がる悠北高校のベンチに対し、大林高校のベンチは静まり返ってしまった。


「リョウ、仕方ない。次を取ろう」


「ハイ!」


 芦田の声かけに対して、リョウは空元気で応えてみせた。続く五番打者に対し、なんとか投球していく。大きなライトフライを打たれたものの、右翼手の木尾が追い付いてスリーアウトとなった。これでチェンジだが、依然としてベンチは暗いままだった。


「リョウくん、おつかれさま」


「ありがとうございます、滝川先輩」


 まなが声を掛けると、リョウは静かに返事をした。グラウンドから次々と選手が戻ってくるが、ベンチには重い空気が横たわっている。すると、それを遮るように声を出す者がいた。


「近藤先輩、出塁してくださいよー!!」


 皆が声の方向に振り向くと、その先にいたのは久保だった。五回裏、大林高校の攻撃は二番の近藤からだ。彼は率先して声援を送り、なんとかムードを変えようと努めていたのだ。


「頼むぞ近藤ー!!」


「打てよー!!」


 それにつられて、他の部員たちも声を出すようになった。逆転されたとはいえ、点差はまだ二点だ。諦めるにはまだ早く、いくらでも食らいつくことが出来る。少しずつ、ベンチの雰囲気が明るくなってきた。


 近藤は打席に入り、マウンドに向かって構えた。小川は徐々に制球が定まってきており、本来のピッチングを取り戻しつつあった。


「なんとかランナーありで久保先輩に回したいですね」


「うん、プレッシャーかけないとね」


 レイとまなが言う通り、久保の前に出塁するかしないかで得点の確率は大きく変わる。悠北高校に追いつくためには、近藤の打席が重要な意味を持つのだ。


「「かっとばせー、こんどうー!!」」


 応援席からも熱心な声援が送られている。近藤は今大会でもよく当たっており、調子は悪くない。ワンボールツーストライクと追い込まれたものの、決めにきたスライダーをうまく捉えてみせた。


「セカン!!」


 多少詰まっていたものの、ギリギリで二塁手の頭上を越えていくライト前ヒットとなった。大林高校の応援団はさらに盛り上がり、近藤の出塁を称えていた。


「いいぞ近藤ー!!」


「ナイスバッティングー!!」


 続いて、三番の岩沢が打席に向かった。二点差ということもあってまなはバントを指示せず、「打て」のサインを出した。状況はノーアウト一塁。悠北高校に傾きかけていた球場の雰囲気が、再び引き戻されつつあった。


「岩沢先輩、頼みますよー!!」


 久保はネクストバッターズサークルから声を張り上げた。一方、悠北高校の守備陣はゲッツー態勢を取っている。


(ゲッツーだけは避けないとな)


 岩沢はバットを少し短く持ち、構えた。小川はセットポジションから、第一球を投げた。直球がアウトコースに外れ、ボールになった。


「オッケー小川、それでいいぞ」


 捕手はそう声を掛けながら返球した。こういった場面では、打者は進塁打を狙って右方向に打ちたいものである。そのため、バッテリーは外角に配球してそれを防ごうとしているのだ。


(広く開いた三遊間を狙ってもいいが、ゲッツーのリスクもあるしな)


 岩沢は改めてインコース寄りのボールに狙いを絞り、バットを握り直した。その後、バッテリーはアウトコース中心に投球を続けていた。岩沢はカットして粘り、ツーボールツーストライクとなった。


「岩沢先輩、打てるよー!!」


「狙っていこー!!」


 ベンチからも懸命な応援が続いている。小川は捕手のサインを見て、何度か首を振った。そして、岩沢に対して第六球を投じた。


(甘い!!)


 小川が投じたのは、真ん中付近の甘い直球だった。岩沢は迷わずバットを振り抜き、しっかりと芯でボールを捉えてみせた。


「「よっしゃー!!」」


 大林高校のベンチから歓声が上がったが、一塁手が辛うじてミットで打球を弾いた。彼は転々とするボールを慌てて追っていく。


「走れ岩沢ー!!」


 応援席からも岩沢に声援が飛んでいた。彼は必死にダッシュしたが、先に一塁手がボールに追いついた。


「小川!!」


 彼はそう叫び、ベースカバーに走ってきた小川にボールをトスした。小川はしっかりとそれを掴み、岩沢よりも先に一塁ベースを踏んだ。岩沢はアウトになったが、近藤はその間に二塁へと進んだ。これでワンアウト二塁となり、チャンスで久保を迎えることとなった。


「頼むぞ久保ー!!」


 岩沢はベンチに戻りながら、久保に向かって声を張り上げた。間もなく球場にアナウンスが流れると、観客席全体が一気にどよめいた。


「四番、レフト、久保くん」


「打てよー!!」


「お前ももう一発打てー!!」


「頼むぞー!!」


 悠北の四番、野村は今日既に二本の本塁打を放っている。ここまでの試合で放った本塁打と合わせれば四本だ。一方で、今日の一本を加えると久保も四本塁打である。二人とも、今大会では全校の中で最多本塁打であった。


「ここで久保がまた突き放すかね」


「だったら面白いな」


 観客たちも、この二人を比べて視線を注いでいた。もともと注目されていた野村に対し、久保はこの大会で一気に知名度を高めた。どちらが本塁打数で上回るか、そんなところにも注目が集まっていた。


 悠北高校の捕手はここでタイムを取り、小川のもとへ向かった。一発が出ればたちまち同点の場面。ましてや相手が久保となれば、気を遣うのも当然だった。


(待ってろよ、リョウ)


 一方で、久保は軽く素振りをしながら待っていた。痛烈な本塁打を食らったリョウに対し、なんとか援護してやろうと気持ちを高めていたのだ。右腕が使えぬ彼は、バットでチームに貢献するしかない。もどかしい気持ちを抑えつつ、打席に向かった。


「プレイ!!」


 審判がコールし、試合が再開された。状況はワンアウト二塁。近藤が帰れば一点差、一発が出れば同点だ。ブラスバンドも盛り上がりを見せ、久保の背中を押している。


「「かっとばせー、くーぼー!!」」


 久保は第一打席で本塁打、第二打席でも大きなライトフライを放っている。小川は注意深くサインを交換し、初球を投げた。


(ボール!!)


 外角へのストレートだったが、しっかりと久保が見逃した。審判の右手は上がらず、ボールと判定された。


「いいぞ小川、その調子だ」


 捕手は声を掛けながら返球した。小川はサインを交換すると、セットポジションに入った。ランナーをちらりと見ると、第二球を投げた。白球がさっきと似たような軌道でミットへと向かっていく。


(またボール!)


 久保はこれも見逃した。これでツーボールノーストライクとなったが、バッテリーは慌てる様子を見せなかった。


「敬遠気味ですね」


「うん、まともに勝負するつもりないのかも」


 レイとまなは捕手の意図を分析していた。一塁が空いている状況であり、相手は強打者。無理に勝負にいかなくてもよい場面だった。


(いっそのこと、誘ってみるか)


 一方で、久保はあることを思いついた。小川が第三球に外角のボール球を投じると、彼はフルスイングをかけてみせた。バットは空を切り、ボールはミットに収まった。


「ストライク!!」


「どうした久保ー!!」


「しっかり球見ていけー!!」


 明らかなボール球をスイングした久保に対し、ベンチから声が飛んでいた。振らなければスリーボールだったが、これでツーボールワンストライクとなった。久保は表情を変えず、打席に戻った。


(コイツ、打ちに来るのか)


 一方で、悠北高校の捕手は困惑していた。ボール気味の直球に対し、的外れなフルスイング。強打者とは思えぬ振る舞いに対し、考えを巡らせていたのだ。


(今のを振るなら、スライダーで空振りを取れるはず。ここはやっぱり勝負だ)


 そう考えた捕手は一転してスライダーのサインを出し、内側に構えた。小川はそれに頷き、セットポジションに入った。


「内側に構えましたね」


「うん、カウント取れて気が変わったのかも」


 マネージャー二人も、捕手の配球が変わったことに気がついた。球場全体が、固唾を飲んで勝負の様子を見守っている。小川は足を上げ、第四球を投じた。白球がやや高い軌道で、本塁へと向かって行く。


(狙い通り!!)


 それを見た久保は、スイングを開始した。ボールの軌道が変化し始めたが、曲がりが弱い。そのままど真ん中へ吸い込まれるように進んでいく。彼は迷わず、バットの芯で捉えてみせた。


「あっ」


 捕手が小さく声を上げたが、既に手遅れだった。金属バットの良い音が響き渡り、ボールがセンター方向へと舞い上がる。中堅手は追うことすらせず、ただ後ろに振り向いて空を見上げた。野村の本塁打のリプレイかのように、打球はバックスクリーンへと直撃した――

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