第二十二話 強烈
試合は進み、二回裏となった。七番の中村が出塁したあと、送りバントと進塁打でツーアウト三塁となり、打席には一番の木尾が入っていた。一回裏に続くチャンスとあって、大林高校の応援席は大いに活気づいていた。
「「かっとばせー、きーおー!!」」
小川は未だに制球が定まらず、苦しい投球を続けている。木尾はツーボールツーストライクまで追い込まれたが、五球目の直球を左方向に弾き返した。
「ショート!!」
捕手が指示を飛ばしたが、打球は一気に三遊間を抜けていった。三塁ランナーの中村が生還し、これで二対四と点差が広がった。
「ナイスバッティングー!!」
「いいぞ木尾ー!!」
小川はその後、二番の近藤をなんとか内野フライに打ち取った。これで二回裏が終わり、悠北高校の選手たちはベンチに引き上げていった。
「大林がリードするとはなあ」
「悠北、まずいんじゃないかあ?」
観客席からはそんな声が聞こえてきていた。当然ながら、下馬評では古豪の悠北高校が勝利するとの見方が強かった。まだ二回とはいえ、大林高校がリードしていることに驚く観客も多かったのだ。
「リョウ、しっかりね!!」
「リョウくん、頼むよー!!」
「ハイ!!」
レイとまなに背中を押されて、リョウは三回表のマウンドへと向かった。初回に本塁打を浴びたとはいえ、その後に逆転したこともあり、彼は落ち着いて投球していた。三回、そして四回と無失点に抑え、先発投手としての役目を十分に果たしていた。
一方で、なんとか小川から追加点を取ろうとしていた大林高校だったが、こちらも三回と四回は無得点に終わった。強力打線が相手なだけに一点でも多くリードしておきたいところだったが、もどかしい状況が続いていた。
試合は大林高校が二点リードしたまま、五回表に入ろうとしていた。悠北高校の選手たちはベンチ近くで円陣を組み、攻撃陣に奮起を促していた。
「点取っていくぞー!!」
「「おう!!!」」
声が上がるとともに、悠北高校の応援席からは拍手が起こっていた。一方のリョウは気にも留めず、マウンドへと上がっていった。だがしかし――試合の流れは徐々に悠北高校に傾いていたのである。
「ショート!!」
打球が近藤の右を抜け、センター前へと抜けていく。リョウはいきなり、先頭の八番打者にヒットを許してしまった。
「ナイスバッティングー!!」
「いいぞー!!」
悠北高校のベンチも盛り上がり、反撃へのムードを作り出していた。点差は僅かに二点。強力打線を強みとする悠北高校にとって、それくらいどうということはなかった。
続いて、九番打者が右打席に入った。ノーアウト一塁だがバントの構えは見せていない。芦田はゲッツー態勢を指示して、配球を考えていた。
(二点差だし、ここは強攻だろう。低めで内野ゴロがベスト)
芦田は直球を低めに投げるよう要求した。リョウはそれに従い、丁寧に低めを突いていく。打者はしっかりとボールを見極め、ツーボールワンストライクとなった。
(九番にパワーはない。ゾーン内のカーブでカウントをとる)
今度はカーブを要求すると、芦田はミットを構えた。リョウは一塁ランナーを目で牽制しつつ、ふうと息をついた。そのまま小さく足を上げ、第四球を投げた。ボールが山なりの軌道を描いて、ホームベース目掛けて進んでいく。九番打者は一拍置いてから、うまく流し打った。
「セカン!!」
芦田が二塁手の青野に指示を出した。ややバットの先っぽだったが、打球が右方向へと飛んでいく。そのままセカンドの頭上を越え、ライト前ヒットとなった。
「ナイスバッティングー!!」
「いいぞー!!」
これでノーアウト一二塁だ。ピンチが広がり、リョウの表情が険しくなった。
「今のバッティング、上手かったね」
「はい。九番にこういうバッターを置けるのが、悠北の強みですよね」
まなとレイは、悠北打線について分析していた。パワーヒッターだけでなく、技術を備えたバッターもラインナップに組み込まれている。投手にとって、嫌な打線だった。
一塁ランナーが帰れば同点という場面になったが、悠北は一番打者に送りバントをさせた。これでワンアウト二三塁となり、得点圏に走者を二人背負うことになってしまった。
「リョウ、ワンアウトだ。ひとつずつな」
「ハイ!!」
芦田はリョウに声を掛け、落ち着かせていた。次は二番の右打者だ。先ほどの打席では大きなライトフライを打ち上げており、リョウにとって嫌な打者の一人だった。
(さっきの打席では踏み込まれたし、徹底的にインコースだ)
バッテリーは第一打席を踏まえ、とことん内角に配球していた。打者はなかなか前に飛ばせず、球を捉えきれずにいた。そして、リョウはツーボールツーストライクからの六球目を投げた。ガチンと鈍い音が響き、打者は悔しい表情を見せた。
「セカン!!」
芦田が指示を飛ばすと、二塁手の青野がゆっくり落下地点に入った。そのまましっかりと捕球し、ツーアウト二三塁となった。
「ツーアウトツーアウト!!」
「リョウ落ち着いていけよー!!」
リョウは表情を崩さず、マウンドに立っていた。このまま無失点に抑えたいところだったが、場内アナウンスが流れると一気に球場が盛り上がった。
「三番、ライト、尾田くん」
「頼むぞ尾田ー!!」
「タイムリー打ってくれー!!」
三番の尾田が、左打席へと歩き出した。第一打席ではインコースの球を打ち、ライト前ヒットとしている。このピンチの場面で、最も迎えたくない打者の一人だった。
「ここですね」
「うん、尾田くんで切らないと野村くんに回っちゃう」
マネージャーの二人は心配そうにマウンドを見つめていた。尾田は打席に入り、リョウと対した。呼吸を整え、落ち着いて打席に立っていた。
(とにかく際どいとこ投げて、打ち損じてもらうしかない)
芦田はコーナーギリギリに構え、どうにか打ち取ろうと試行錯誤していた。リョウもスローカーブを織り交ぜながら、慎重に直球を投げていた。しかし尾田は手を出さず、スリーボールワンストライクとなってしまった。
そして、リョウは五球目にスローカーブを投じた。しかし僅かに低くなり、尾田は見逃した。審判の右手は上がらず、フォアボールとなってしまった。
「ボール、フォア!!」
「ナイスセン尾田ー!!」
「いいぞー!!」
ツーアウト満塁の大ピンチで野村に打席が回るという、最悪な状況になってしまった。悠北高校の応援団はこれ以上ないほど盛り上がっており、球場中が完全に悠北寄りの雰囲気となっていた。まなは守備のタイムを取り、伝令を送って間を取っていた。
(ここが踏ん張りどころだ、頑張れリョウ)
久保もレフトからエールを送っていた。リョウは伝令の話に耳を傾け、頷いていた。彼はびっしょりと汗をかき、それを袖で必死に拭っている。メンタルが強いといえども、打線から感じるプレッシャーは半端なものではなかったのである。そしてタイムが終わり、内野陣が散っていった。アナウンスが流れ、スタジアムが一気に活気づいた。
「四番、サード、野村くん」
「野村一発頼むぞー!!」
「打てよー!!」
「かっとばせー!!」
野村は皆の期待を背負い、打席へと入った。リョウはマウンド上で息をつき、芦田のサインをじっと見つめている。古豪の強打者か、一年生サウスポーか。球場中の視線が、十八・四四メートルの間に集まっていた。
(低くだぞ、低く)
芦田はミットを構え、低めの直球を要求した。リョウはそのサインに従って、初球を投げた。白球が地面を這うように、ミットへと向かっていく。
「ボール!!」
「ナイスセン野村ー!!」
「いいぞー!!」
野村はピクリとも反応せず、どっしりと見逃した。芦田は彼の様子を伺いながら、マウンドに返球した。そして、リョウは第二球にスローカーブを投げた。野村はタイミングが合わずに空振りし、これでワンボールワンストライクとなった。
「いいぞ平塚ー!!」
「負けんなー!!」
大林高校の応援席からも懸命な声援が飛ぶ。リョウは第三球にインコースいっぱいの直球を投げた。野村はバットに当てたがファウルとなり、これでワンボールツーストライクと追い込んだ。
(インハイに直球を見せて、最後はスローカーブだ)
芦田はもう一球ストレートを見せようと、インハイのストライクゾーン外に構えた。直球を見せて最後にスローカーブを投げさせ、緩急で打ち取るつもりだった。リョウはそれに従い、第四球を投じた。
(よし!!)
白球がインハイに向かって進んでいく。芦田はそれが構えた通りのコースに制球されていることを認識し、ミットを動かした。
しかし――彼の目前にバットが現れた。野村はやや強引に振り抜き、ボールをセンター方向に弾き返してしまったのだ。大飛球が舞い上がり、観客席から大きな歓声が巻き起こった。
「センター!!」
芦田は指示を飛ばしたが、中堅手の中村は少し下がって足を止めた。打球は彼のはるか頭上を通り過ぎ、初回と同様にバックスクリーンに直撃したのである――




