第十五話 帰り道
二回戦が終わった後、選手たちは学校に戻ってから解散となった。久保は用事があったため、すぐに帰らず職員室へと向かった。用を済ませて帰ろうとすると、部室に残っていたまなと遭遇した。
「おつかれ、片付けか?」
「うん、そうだよ。久保くんは?」
「ちょっと用事があっただけだ。もう帰るよ」
「じゃあ私もかえろーっと」
そう言って、二人は一緒に学校を出た。二人は今日の試合について話していた。良かった点と反省点をまとめ、次の試合に向けた準備をしていたのだ。そうして歩いていた二人だったが、ファミレスの前を通りかかると、まなが久保の肩を叩いた。
「ねえねえ久保くん!」
「どうした?」
「祝勝会しようよ!!」
***
「じゃあ、かんぱ~い!」
「お茶だけどな」
二人はテーブル席に向かい合って座り、コップを合わせた。毎日野球ばかり考えている二人にとって、こんな学生らしいことをするのは新鮮な気分だった。
「帰り道にファミレス寄るなんて、高校生みたいだな」
「高校生でしょ!!」
まなはそう言いながら皿から一切れのピザを取り、口に入れた。幸せそうな表情で頬張る彼女を見て、久保も少し笑いながらピザを取った。高校野球は、負けたら終わりの一発勝負。ずっと心のどこかで緊張していた二人だったが、穏やかな時間を過ごすことで少しずつ解されていった。
「そういや、うちの高校が三回戦に行くなんて久しぶりじゃないのか?」
「さっき調べたら十年ぶりだったよ」
「へえー、そりゃすごいな」
「久保くんだって、今や学校で有名人じゃない」
「ハハハ、まあね」
大林高校はもともとは弱小校である。しかし竜司の入学後から少しずつ部員たちの意識に変化が訪れ、さらに久保とリョウが入部したのだ。今や県内でも注目を集めるチームとなっていた。
「そういや、竜司さんはどうなってるんだ?」
「今年は身体づくりだって。でも、ちょっとずつ二軍戦で投げているみたい」
「そうかー、やっぱ大変なんだな」
「『育成選手だから一年目から勝負の年だ』って言ってた。いつクビになってもおかしくないもんね」
「でも、何とか支配下に上がってほしいなあ」
「うん、頑張ってほしいよ。もちろん、久保くんもプロに行かないとね」
「ああ、俺も頑張らないとな」
こんな時でも、結局は野球の話をしてしまう二人だった。久保が入部してから、二人はずっと一緒に練習を行ってきた。共に目標へと向かう戦友として、互いの考えていることをよく理解していたのだ。久保はふと、気になっていることを聞いた。
「なあ、まな」
「なあに?」
「お前、マネージャーのままでいいのか?」
「えっ?」
「俺の目標を手伝ってくれるのはすごく有難いけど、お前はそれでいいのかなって」
「それは……」
不意を突かれたまなは、何も言えず黙り込んでしまった。そのまま真剣に考え込んでいる彼女を、久保は静かに見つめていた。しばらくすると、彼女が口を開いた。
「……私は、この高校に入ったときにマネージャーになるって決めたから。今さら、選手に戻る気は無いよ」
「そうか」
久保はコップを手に取り、お茶を飲んだ。しばらく沈黙が流れていたが、突然まなが身を乗り出して口を開いた。
「でも!!」
「ど、どうした」
思わず久保はのけぞったが、まなは気にも留めずに話を続ける。
「一度は、久保くんと試合に出たいなあって思うんだ。ユニフォームを着て、キミの球を受けたい」
彼女ははっきりと久保の目を見て、そう言い切った。ただ試合に出るだけでなく、捕手として久保の球を受ける。彼の投手復帰を心から信じている彼女だからこその発言だった。
「……ああ、いいぞ! けど、その時はちゃんと捕ってくれよ?」
「当たり前じゃん! 私、捕るのは上手いんだから!!」
まなはニッと笑った。久保もそれを見て、笑い返した。もちろん、まなは公式戦に出ることは出来ない。それでも、いつかは一緒に試合に出たい。マネージャーに徹してきた彼女が、ずっと胸の奥にしまい込んでいた思いだった。
二人が笑い合っていると、店の扉が開いた。入ってきたのは、リョウとレイの二人だった。するとレイが久保たちを見つけ、申し訳なさそうに言い放った。
「あの、お邪魔でしたか……?」
「岩沢先輩から変なこと吹き込まれたでしょ!!」
***
リョウとレイの二人は夕食を食べにきたのだった。久保たちの座っているテーブル席に一緒に座り、四人で共に卓を囲んでいた。皆でワイワイと話していると、まながテーブルに資料を広げた。
「折角だから、三回戦の話しよっか」
そこには、次の対戦相手である木島工業高校のデータが書かれていた。三人がそれを眺めていると、まなが説明を始めた。
木島工業は守備型のチームである。投手力と守備力には優れているが攻撃力が低く、一回戦と二回戦においては共に接戦を制して勝ち上がっている。
「チームの軸は、エースの北山さんと四番の中野さんだね」
まなの言う通り、このチームのキーマンはその二人だ。北山は左スリークォーターの投手だ。いわゆる軟投派で、スライダーとスクリューを持ち球としている。制球力が高く、打たせて取る投球が特徴だ。また投手としては珍しく一番打者を担っており、切り込み隊長でもある。
「そして気をつけたいのが中野さん。すごくチャンスに強くて、ここまでの二試合両方で勝利打点をあげてる」
中野は四番を打つ二塁手だ。パワーヒッターというわけではないが、打撃の確実性は高い。木島工業においては、この選手の存在が貴重な得点源となっている。また守備も上手く、ヒット性の当たりをアウトにしてしまうことも多い。
「少ないチャンスを確実にものにしてるってわけか」
「そういうこと。ランナーを出さないように、丁寧に投げるのが大事だね」
久保とまなが話し合う一方、リョウとレイはもぐもぐとピザを食べながら黙って聞いていた。しばらくすると、リョウが口を開いた。
「そういえば、次の試合は誰が先発するんですか?」
「梅宮先輩だよ。本人には伝えてあるし、皆には明日のミーティングで発表するよ」
「じゃあ、僕はリリーフ待機ですか?」
「そうだね。終盤、大事な場面で投げてもらうかもだから気合い入れてね」
「分かりました!」
今日のリョウは五回と三分の二を投げて二失点だった。本人にとっては物足りない投球だったが、チームにとっては十分な出来だった。一年生投手が先発し、しっかりと試合を作ってくれる。監督のまなにとってこれほど有り難いことは無かった。
「久保くんにリョウくん、あなたたちにこのチームは懸かってるから。頑張ってね」
「おう、任せとけって」
「ハイ、頑張ります!!」
四人は食事を終え、ファミレスを出た。久保とまなは双子が帰るのを見送ったあと、途中まで一緒に帰ることにした。
「それにしても久保くん、三本塁打十打点かあ。すごいね」
「ハハハ、何だよ今更」
「いや、これからどんどん相手のマークがきつくなるだろうなって」
「そうだなあ。けど、俺は変わらず打つだけだよ」
「……だといいんだけど」
「ん? 何か言ったか?」
「……やっぱ、なんでもない。じゃあ、また明日ね」
「おう、じゃあなー」
そうして二人は別れ、それぞれの家へと帰っていった。その二日後、三回戦の日が訪れた。十年ぶりの三回戦進出ということで、全校からも期待が寄せられ、観客席にも多くの生徒が集まっている。まなはスタンドを見上げ、その盛況ぶりに驚いていた。
「いやー久保くん、すごい人だね!」
「二回戦でも結構人いたのに、こんなに集まってくれるなんてな」
「なんとしても勝たないとだね!」
「ああ、そうだな」
間もなく、試合開始の時間となった。審判の号令で両校の選手が整列し、ホームベースを挟んで向かい合っている。
「木島工業高校と大林高校の試合を開始します。礼!!」
「「「「お願いします!!!」」」」
今日は大林高校が後攻である。一回表、梅宮は先頭の北山にヒットを許すも無失点に抑えてみせた。そして、裏の攻撃。大林高校打線は、幸先よく先制することに成功する――




