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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第十一話 プレゼント

 スタンドの観客たちは本塁打を期待し、久保に熱い視線を注いでいた。それに対するは好投手の大前。初回から大いに盛り上がる場面となった。


「かっとばせー、くーぼ!!」


 応援団が久保の名前を叫び、エールを送っている。打席で構えた久保は軽く息を吐き、マウンドの方を見た。外野手はバックホームに備えてやや前進している。大前は捕手のサインに何度か首を振ったあと、頷いてセットポジションに入った。


(初球、何の球で来るか)


 久保はバッテリーの配球を読みながら、初球を待った。大前は目で二塁ランナーの近藤を牽制したあと、第一球を投げた。白球が高い弧を描き、本塁へと向かっていく。


(カーブ!!)


 初球からカーブを投じられて驚きつつも、久保は振りにいった。しかし、彼の予想よりもボールが鋭く変化し、バットは空を切った。


「ストライク!!」


「ナイスボール!!」


「いいぞ大前ー!!」


(意外と鋭いし、速いな)


 大前に声援が飛んでいる一方で、久保はナックルカーブの軌道を頭の中で思い出していた。ただ安打を打つのではなく、ナックルカーブを仕留める。無茶ぶりとも言えるまなの要求だったが、彼はしっかりそれに応えようとしていた。


「カーブを見せて、次は真っすぐでしょうか?」


「いや、カーブ連投じゃないかな」


 レイの問いかけに対し、まなは冷静に答えた。一塁が空いている状況で、久保とまともには勝負しないだろう。彼女の中にはそんな予想があった。裏を返せば、バッテリーは変化球でかわすピッチングをしてくるはずだということになる。だからこそ、久保にナックルカーブを打つよう頼んだのだ。


 大前はサインを交換し、セットポジションに入った。その額に汗を浮かべ、表情を引き締めている。まなの予想通りにカーブ連投か、それとも直球で勝負に来るか。久保は頭の中で考えを巡らせながら、バットを強く握った。


 そして、大前は第二球を投じた。指から放たれたボールは高い軌道を描き、初球と同じような弧を形作った。そう、ナックルカーブだ。


(さっきより膝元!)


 久保はボール気味であることも厭わず、スイングをかけにいった。後ろの足を下げ、半ばバットを立てるようにしてバットを振り切った。


「うまい!」


 まなが思わず叫んだ。ボールはセカンドの左の方に向かって飛んで行く。二塁手が思い切りジャンプしたが、そのグラブをかすめて打球がセンター前に抜けていった。


「よっしゃー!」


「ナイバッチ久保ー!!」


 大林高校のベンチが盛り上がった。三塁コーチャーは腕を回し、近藤もそれを見て一気にホームへと向かっていく。


「バックホーム!!」


 捕手が大声で指示すると、打球を処理した中堅手が本塁へと送球した。外野前進だったこともあり、タイミングはかなり際どい。近藤が本塁に滑り込むのとほぼ同時に、捕手がタッチをした。一瞬の沈黙のあと、スタジアムが大歓声に包まれた。


「セーフ!!」


「うおっしゃあ!!」


「ナイスラン近藤ー!!」


「よく打ったぞー!!」


 久保は本塁送球の間に二塁へと到達していた。投球練習をしていたリョウの方を向くと、塁上からガッツポーズをした。


「久保先輩!!」


 投球練習をしていたリョウは、それを見て思わず声を張り上げた。一点と言えども、彼にとっては大きな先制点。憧れの久保から、これ以上ないプレゼントとなった。


 その後、五番の芦田は直球を捉えたがレフトフライに倒れた。これでスリーアウトとなり、一回表の攻撃は終了した。


「ナイス久保くん!!」


 ベンチに戻った久保を、まなが笑顔で出迎えた。初回にナックルカーブを叩いた意味は大きく、大林高校の打者にとって好材料となった。


「いやあ、ヒットになって良かったよ」


「頼んで正解だったよ!」


 久保はグラブを手に取り、レフトのポジションへと向かった。一方で、リョウも落ち着いた表情でマウンドへと向かった。


「リョウ、頑張るのよー!!」


 ベンチからレイが声援を送っていた。リョウ本人が大丈夫といっても、姉としては心配なものである。一年生のリョウが、公式戦でどこまで通用するか。今後の試合に向けても、彼の投球は重要になってくるのだ。


 リョウが投球練習を始めると、牧野第一の選手たちはその様子をじっと見つめていた。リョウは公式戦で投げたことが無いため、彼らにとっては情報が無いに等しかった。


「あのピッチャー、球遅くないか?」


「一年生らしいが、どういうつもりなのかね」


 そんな声が牧野第一から飛び交う一方、大林高校のナインは彼がいつも通り投げていることに安心していた。初登板でも、しっかり自分を持って投球出来ている。その後ろ姿は、一年生ながら頼もしいものだった。


「プレイ!!」


 投球練習が終わり、一回裏が始まった。リョウはふうと息をつき、一番の右打者と対した。


(リョウ、先頭打者は大事だぞ)


 久保はレフトから念を送った。ノーアウトのランナーを許せば、先制点によって掴んだ試合の流れを向こうに渡しかねない。リョウが先頭打者を確実に抑えられるよう、彼は祈っていた。


 芦田のサインを冷静に見たあと、リョウはセットポジションに入った。そしていつも通り、第一球を投じた。


 ボールは綺麗な軌道を描いて、外角いっぱいのコースへと向かって行く。打者は見送ったが、審判が右手を突き上げた。


「ストライク!!」


「ナイスボール!!」


「いいぞリョウー!!」


 大林高校のベンチが、リョウを盛り立てた。彼は芦田からの返球を受け取ると、続けてサインを交換した。そしてセットポジションから、今度は内角いっぱいに直球を投じた。打者は見送ることしか出来ず、これでツーストライクとなった。


「どうしたバッター!!」


「手だしていけー!!」


 牧野第一のベンチからは、遅い直球を打たないバッターに声援が飛んでいた。困惑する打者に対してリョウは冷静にサインを見て、第三球を投げた。


 今度は再び外角いっぱいのストレートだ。打者は打ちにいくが捉えることは出来ず、空振り三振となった。


「ストライク!! バッターアウト!!」


「ナイスボール!!」


「いいぞリョウー!!」


 リョウはいきなり三球三振を奪う絶好の滑り出しを見せた。その投球に、思わずまなとレイも興奮した。


「リョウくん、調子良さそうじゃん!!」


「はい、ベストなピッチングです!!」


 これでリョウは波に乗った。二番打者にはスローカーブを見せたあと、直球を詰まらせてサードフライに打ち取った。三番打者にはカーブを打たせ、ショートゴロに仕留めた。これで三者凡退となり、あっという間にチェンジとなった。


「ナイスピッチングー!!」


「ナイスピー!!」


 大林高校の応援席からはリョウを讃える声援が相次いでいた。彼は落ち着いた表情でベンチに戻っていたが――


「リョウ、ナイスピッチング!」


「あっ久保先輩!! ありがとうございます!!」


 久保が声を掛けると、とびきりの笑顔になるのだった。さらに彼の勢いは止まらない。二回表、ツーアウト二塁のチャンスとなり、九番のリョウに打席が回った。


「かっとばせー、ひーらつかー!!」


 好投した一年生の打席とあって、応援にも特に熱がこもっていた。打席に入ったリョウはまっすぐに大前を見つめ、バットを構えていた。


「リョウくん、バッティングも悪くなかったよね?」


「はい、リョウは当てるのがうまいんです」


 まなが問いかけると、レイがそう答えた。その言葉通り、リョウは大前が甘い直球を投げたのを見逃さず、それを左中間に弾き返してみせた。


「よっしゃー!!」


「まわれまわれー!!」


 再びベンチが盛り上がった。二塁ランナーが生還し、リョウも二塁へと到達した。タイムリーツーベースとなり、これで二対〇とさらに点差が広がった。


「クソッ!!」


 打たれた大前は大声を出し、悔しがっていた。牧野第一のベンチは意気消沈し、部員たちの表情も暗くなっていた。


 一年生投手が好投し、しかもタイムリーまで放ったのだ。これで完全に試合の流れは大林高校に――と思われたが、牧野第一もただでは済まさなかった。二回裏、リョウはいきなり二連打を食らってしまう――

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