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切り札の男  作者: 古野ジョン
第二部 大砲と魔術師

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第八話 背番号7

 夏の大会まで一か月を切った。今日のミーティングでは、夏の大会における背番号が発表されることになっていた。まなが各番号に該当する部員の名前を読み上げていく。


「発表します。背番号1、梅宮康生」


 結局、今年のエースナンバーは梅宮が背負うことになった。部員たちがぱちぱちと拍手すると、梅宮はやや照れ笑いして応えていた。


「背番号2、芦田次郎」


「うす!」


 芦田が大声で返事した。彼は神林の後を継ぎ、扇の要を務めている。打線では五番を担っており、攻守両面においてキーマンとなっている。


 発表は進んでいき、今度は外野陣の発表となった。まなは少し笑みを浮かべて、その名を読み上げた。


「背番号7、久保雄大」


「おう!!」


 一段と大きい拍手が巻き起こった。去年は18番を背負っていた彼だったが、今年は一桁の番号だ。彼がレギュラーとして四番に座る。そのことに対する部員たちの期待はとても大きいものだった。


 レギュラー陣の発表が終わり、今度は控えの発表だ。リョウとレイの二人は、今かと今かと名前が呼ばれるのを待ちわびていた。


「背番号10、平塚リョウ」


「はい!!」


 リョウは誰よりも大きい声で返事をした。一年生ながら、皆が二番手投手としてその実力を認めている。この夏、特に期待が寄せられている部員の一人だった。 


***


 それからさらに時間は進み、今年も抽選会の時期がやってきた。岩沢が代表として抽選に行き、くじ引きの結果を持ち帰ってきた。


「おーい、行ってきたぞー!」


 練習中のグラウンドに戻ってきた岩沢のところに、部員たちが一斉に集まった。岩沢が結果の書かれた紙を差し出し、まながそれを受け取った。


「おー、岩沢先輩はおにーちゃんと違ってくじ運が良いですねえ」


「ははは、まあな」


 岩沢はうまくシードと当たりにくいところを引いていた。四回戦、すなわち準々決勝で悠北高校に当たり、準決勝で自英学院と当たる位置だった。


「初戦はどこですか?」


「福田農業だ。何度か練習試合したことあるな」


「ですね。データはあります」


「よし、ひとまず安心だ。皆、練習に戻ろう」


「「はい!!」」


 そうして、皆が練習に戻っていった。久保はブルペンに行き、リョウの投げ込みを見守っていた。正捕手の芦田は梅宮の球を受けているため、捕手はレイが務めている。リョウはレイの構えた通りにボールを投げ込んでいく。そこには寸分の狂いもなく、心地よい捕球音がずっと響いていた。


「相変わらず調子は良さそうだな、リョウ」


「はい、バッチリです!!」


「今年の大会は、梅宮先輩とお前にかかっているからな。点はいくらでも取ってやるよ」


「はい!! 頑張ります!!」


 久保がリョウを励ましていると、レイが割り込んできた。


「あの、久保先輩」


「どうした?」


「まな先輩が倉庫に来て欲しいと仰ってました」


「ああ、合宿の準備か」


「あの、私も行きましょうか?」


「お前はリョウの球を受けてるだろ、大丈夫だ」


 久保はそう言ってブルペンを離れ、倉庫へと向かった。そこでは、既にまなが練習器具を運び出していた。


「まな、手伝いに来たぞ」


「ありがとう! そこらへんの、適当に運んどいて!!」


「おうよ」


 久保は何個か荷物を持ち、まなと共に合宿所へと歩き出した。黙って歩いていた二人だったが、久保が口を開いた。


「なあ、まな」


「なあに?」


「去年もこうやって準備したなあ」


「もう、恥ずかしいからやめてよ」


 去年の準備の際、久保はまなから竜司の怪我の話を聞いたのだった。そのとき、彼女は思わず泣きだしてしまったのだ。


「でも、あの話を聞かなかったらもう一度投手に戻ろうなんて思わなかったよ。ありがとな」


「……なら、いいケド」


「リョウを見ていると、俺も早く投げたくなってくるよ」


「久保くん、やっぱり投手だね」


「でも、今年は『7』だからな。野手に専念するさ」


「うん、それがいいよ」


 そんなことを話している間に、合宿所へと着いた。すると掃除をしていた岩沢が二人に気づき、からかうように口を開いた。


「お前ら、練習中にデートするなよ」


「キャプテンだからっておにーちゃんから余計なこと受け継がないでください!!」


 それから数日後、合宿が始まった。夏の大会に向けた最後の練習ということで、実戦的な練習が中心だ。グラウンドでは皆がポジションにつき、シートノックを受けている。


「レフト、バックホーム!!」


 まなはそう叫び、左方向に外野フライを打ち上げた。久保は落下地点に入ってしっかりと捕球し、勢いをつけて内野へとボールを返した。


「ナイス久保!!」


 岩沢は久保からの送球を受け取り、素早く本塁へ送球した。このチームにおいて、久保の送球はネックの一つだった。利き腕と逆の腕にしてはよく投げているものの、外野手として十分な肩の強さとは言えなかった。そのため、久保は重点的にノックを受けていたのだ。


「レフト、もう一球!!」


 再びまなが外野フライを打ち上げた。久保ははあはあと息を切らしながら打球を追い、再び返球した。夏が近づき、気温も高い。皆はへとへとになりながら、最後の最後まで練習を続けていた。


「よし、休憩!!」


 まながそう叫ぶと、久保は小走りでホームの方へと戻っていった。水分補給をして、思わずへたり込んでしまった。彼はまなに対し、息を切らしながら問いかけた。


「なあ、なんだか去年よりキツくないか」


「当たり前でしょ! うちの部、去年より何倍も強くなってるんだから」


「え?」


「折角ならとことんやらないと勿体ないでしょ!」


「そうか、そうだよな」


 まなの言葉を聞き、久保は考えを改めた。そう、今年はチャンスなのだ。部員たちが熱心に野球に向き合い、努力している。雰囲気も良く、互いに切磋琢磨して成長している。技術的にも人間的にも、皆がよりたくましくなっていた。


 そして、合宿も無事に終わり―― とうとう開会式の日となった。県内のすべての高校球児が集まり、夏の始まりを待ちわびている。式が一通り終わると、各校の球児たちは他校の部員たちとお互いの健闘を祈り合っていた。


「おい、あれ自英学院だぞ」


「やっぱオーラあるなあ」


 その中でもひと際輝きを放っていたのは、第一シードの自英学院高校だった。昨年からさらに実力をつけたエース八木を筆頭に、春季大会で名を上げた森山や、キャプテンを務める松澤など、実力者が多く揃っていた。


「おう、久保!!」


「あっ、八木先輩!!」


 久保は八木に声を掛けられ、世間話をしていた。


「お前ら、準決勝までにこけるんじゃねえぞ」


「あはは、頑張りますよ」


 二人は去年の夏に再戦を誓い合っていた。八木はあの試合を忘れることは出来なかった。最高の直球を痛打され、外野に飛ばされる。甲子園ベスト4という戦績を残しておきながら、そのことをずっと悔いていたのだ。


「じゃあ、僕はこれで」


「おう、頑張ろうな――」


「待てっ!!」


 久保が別れの挨拶を告げようとしたとき、その会話に割って入る者がいた。二人が驚いて声がした方を向くと、そこには一人の男がいた。そう、森山だった。


「ど、どうした森山」


 八木が森山を宥めたが、彼は聞く耳を持たず久保の方へと歩み寄っていった。


「お前、なんで背番号が『7』なんだ!!」


「え、ちょ、ええ?」


「おい、迷惑かけるな森山」


 久保が困惑していると、森山の後ろから松澤が現れた。彼は森山の背中を引っ張り、久保から引きはがした。


「悪いな、久保」


「いえ、いいですけど…… あの、彼どうしたんですか?」


「なに、説明すると長くなる。とにかく、準決まで頑張って上がってこい」


「あ、はい」


「じゃあ、またな」


 そう言って、松澤は森山を連れて帰っていった。久保がその様子をぽかーんと眺めていると、まながやってきた。


「どうしたの、久保くん?」


「いやあ、森山がなんか怒ってたんだ」


「えぇっ!?」


「何なのかは分からんけど……俺、アイツに何かしたかなあ」


「うーん、何だろうね」


「お、もうこんな時間だ。戻らないとな」


「そうだね、戻ろうか」


 二人はその場を去り、皆が待つ場所へと向かった。いよいよ、大林高校の夏が始まろうとしていた。一年生から三年生までが一致団結し、全力でぶつかっていく。さあ、一回戦が始まる――

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