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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第五十話 猛追

 雄大が打席に入ると、スタジアム全体が一段と騒がしくなった。森山は毅然としてマウンドに立っている。十八・四四メートルの距離で向かい合う両者を、観客たちが固唾を飲んで見守っていた。


「頼むよ、雄大ー!」


 まなは大きな声で雄大の背中を押した。大林高校が一点ビハインドとはいえ、一発が出れば同点の場面。自英学院にとっても大きなプレッシャーのかかる状況となった。


(一発を避けるために低め中心で来るはず。下手に振らされないようにしないとな)


 雄大はバッテリーの考えを読みつつ、バットを構える。健二は低めに構えて、ストレートのサインを送った。森山もそれに頷き、投球動作に入る。そしてノーワインドアップのフォームから、第一球を投じた。


(低いっ!)


 コースを見て、雄大はその投球を見逃した。ボールはストライクゾーンより低いところを通過しており、審判の右手は上がらなかった。


「ボール!」


「見えてる見えてるー!」


「いいぞ久保ー!」


 一球ごとにベンチから歓声が上がり、球場の雰囲気が高まっていく。森山は健二からの返球を受け取り、小さく息を吐いた。足でマウンド近くの土をならし、プレートに足をかける。


(次は何で来るか。真っすぐでカウントを稼ぎに来るかな)


 雄大は直球に狙いを絞り、構えた。森山はサイン交換を終え、足を上げる。ノーワインドアップのフォームから、第二球を投じた。白球は直線軌道で突き進んでいたが、途中から曲がり始めた。


(スライダー!?)


 予想外の球に、雄大はバットが出なかった。ボールはストライクゾーンに収まっており、審判の右手が上がった。


「ストライク!」


「ナイスボール!」


「いいぞ森山ー!」


 森山は納得したような顔で、健二からの返球を受けていた。彼は第三球にもスライダーを投じ、カウントを稼いだ。これでワンボールツーストライクである。雄大は、バッテリーがどの球で勝負に来るか読んでいた。


(スライダーで押し切るか、それともフォークで来るか。でもバッテリーはフォークを選びにくいはず)


 フォークが高めに浮けば、雄大ならスタンドに放り込んでしまう可能性が高い。となれば、必然的に直球とスライダーに絞られるというわけだ。


(森山も健二もここでフォークを投げてくるようなばくち打ちじゃない。必ずそれ以外で来る)


 雄大は心の中で、二球種に的を絞った。森山は健二のサインに頷き、投球動作に入る。スコアは一対〇、点差は僅かに一点。両校にとって、極めて重要な場面であった。そして森山は足を上げ、第四球を投じた。先ほどと同じような軌道で、ボールが本塁に向かっていく。


(来たっ、まっす――)


 その球を見て、雄大もスイングを開始した。彼は直球だと思い込んでいたが、ボールは途中から急激に軌道を変える。そう、森山が投じていたのは――スライダーだった。


(いや、スライダー!!)


 雄大は素早く肘を畳み、うまくバットに当ててみせた。快音が響き、打球が勢いよく右方向に飛んでいく。


「セカン!!」


 健二が叫んだが、打球はそのまま一二塁間を抜けていった。大林高校の応援席が一気に沸き上がり、大歓声が巻き起こる。


「よっしゃあ!!」


「ナイバッチ久保ー!!」


 皆が盛り上がる中、雄大と森山は両方とも不満げだった。特に雄大は、悔しがるように塁上でスイングの素振りを見せている。


(クソ、思ったより打球が上がらなかった。もう少しバットを下から入れればスタンドに運べたのに)


 森山は森山で、決めにいったスライダーが打たれたことが不満だった。スパイクでマウンド上の土を蹴り上げ、首をかしげている。健二は一度タイムを取り、彼のもとへ向かっていった。


「続けよ芦田ー!」


「頼むぞー!」


 次の打者は五番の芦田だ。バッテリーが話し合っている間、彼はバットを振って出番を待っている。一死一塁から、チャンスを広げて後ろの打者に繋ぐことが出来るのか。


「五番、キャッチャー、芦田くん」


 やがてタイムが終わり、芦田が右打席に入った。ブラスバンドの応援は元気を増して、威勢よく彼を後押ししている。大林高校のベンチは祈るように打席の方を見つめていた。


(ゲッツーだけは避けてくれ。芦田、頼むぞ)


 雄大も塁上からエールを送っていた。自英学院の内野手はゲッツーシフトを敷いており、芦田でこの回を終える構えだ。健二も低めに構え、ゴロを打たせる意図を見せている。


「「かっとばせー、あーしーだー!!」」


 声援が轟く中、芦田は真剣な表情で森山と対していた。彼は悠北戦で決勝弾を放っており、その勝負強さは他のチームにも十分伝わっている。自英学院の選手たちも、緊張した面持ちで守備に臨んでいた。森山は小さく足を上げ、初球を投げようとしている。しかし次の瞬間、芦田はバントの構えに切り替えた。


「「!!」」


 内野陣は驚き、慌てて前進してくる。しかし三塁手が僅かに出遅れており、十分にチャージ出来ていない。それを見て、芦田は迷わず三塁側にバントした。


「セーフティだっ!」


 芦田の意外な作戦に、まなも思わず声を上げた。打球はぼてぼてと転がっていき、芦田も全力で一塁に駆けている。森山は猛ダッシュでマウンドを降り、三塁手より先に打球に追いついてしまった。


「ファースト!!」


 健二が指示を出すと、なんとか森山が一塁に送球した。タイミングは際どく、一塁塁審に球場中の視線が集まっている。しかし、間もなく自英学院の応援席が沸き上がった。


「アウト!!」


「ナイスプレー!」


「いいぞ森山ー!」


 セーフティバントというアイデア自体はよかったものの、森山の好フィールディングに阻まれることとなってしまった。アウトになった芦田は悔しそうにベンチへと下がっていく。しかしランナーは進み、二死二塁とチャンスになった。自英学院の外野手は前進し、バックホームに備えている。


「六番、センター、中村くん」


「チャンスだぞ中村ー!」


「お前が決めろー!」


 今日の中村は三打数一安打である。彼は落ち着いた表情で右打席に入ると、表情を引き締めた。バント処理で走らされた森山はやや息を切らしており、マウンド上でぜいぜいと苦しそうにしている。


 彼は中村に対して直球を投げ込んでいく。球速自体は落ちていないものの、なかなかストライクゾーンに収まらない。カウントはスリーボールワンストライクとなった。


「いいぞ中村ー!」


「見えてる見えてるー!!」


 中村は冷静に球を見極めており、マウンドにプレッシャーを与えていた。森山は睨みつけるように健二のサインを見て、セットポジションに入る。二塁の雄大をちらりと見てから、第五球を投じた。白球が、高めの軌道に向かって突き進んでいく。


(真っすぐ!!)


 中村はそれを見てスイングを開始し、思い切り振り抜いた。しかしボールはバットの上を通過しており、健二のミットに収まっていたのだ。


「ストライク!」


「ナイスボール森山ー!」


「いいぞー!」


 スコアボードには「156」と表示されており、森山にとっての自己最速であることが示されている。疲労があると言えども、彼は自英学院のエースである。そう易々と打ちやすい球を投げるようなピッチャーではなかったのだ。


「思い切りいけよ中村ー!!」


 雄大も二塁から大声を張り上げた。その声を聞き、中村の表情が少し緩んだ。一方で、彼と対する森山の表情は険しい。


「うぉらっ!!」


 森山は第六球に直球を投じたが、アウトコースに大きく外れるボール球となった。審判のコールがなされると、中村は大きな声を上げた。


「ボール、フォア!!」


「しゃっ!!」


 彼はガッツポーズを見せ、一塁へと向かっていく。これで二死一二塁となり、さらにチャンスが広がった。大林高校の応援席はますます熱を帯び、大声援を飛ばしている。


「七番、レフト、加賀谷くん」


「決めろよ加賀谷ー!」


「逆転しようぜー!!」


 熱い声援が、加賀谷の背中を押していた。彼は右打席に入り、すうっと息を吸い込んだ。自英学院の外野手は依然として前進守備を取っている。一塁ランナーが帰れば逆転の場面だが、それよりも二塁ランナーの生還による同点を警戒していたのだ。


「向こうの外野手は前に来てますね」


「森山くんの球を打って外野の頭を越えるのは難しい。そういう判断だろうね」


 レイとまなは、その守備隊形の意図を推測していた。雄大は塁上から大声を上げ、加賀谷にエールを送っている。


「大きいの打ってやれよ加賀谷ー!!」


 加賀谷はマウンドの方を見つめ、バットを構える。森山も慎重に健二とサインを交換し、セットポジションに入った。そして小さく足を上げ、第一球を投じた。が――


「「あっ」」


 レイとまなが思わず声を上げた。スライダーがすっぽ抜け、加賀谷の身体目掛けて飛んでいったのだ。加賀谷はのけぞって避けようとしたが、そのまま当たってしまった。あまりの痛さに、彼は思わずしゃがみこんでしまう。


「ヒット・バイ・ピッチ!!」


 審判が両手を挙げ、死球を宣告した。球場がどよめき、森山も帽子を取って頭を下げている。大林高校の選手たちも加賀谷を心配していたが、彼は間もなく立ち上がった。


「っしゃあ!!」


 そしてガッツポーズを見せると、元気に一塁へと向かっていった。あまりの豹変ぶりに、観客席からは笑い声が飛んでいる。これにて二死満塁となり、自英学院はタイムを取って伝令を送っていた。次の森下は、バットを振って打席に備えている。


「ここで森下くんとは、面白くなったわね」


「長打が出れば一気に三点ですよ」


 レイとまなも、森下に期待を寄せていた。ツーアウトであるため、外野の間を抜ければ一塁ランナーが帰る可能性が高い。ここで一気に三得点となれば、甲子園が一気に近づくというわけだ。


 間もなくタイムが終わり、内野陣が各守備位置に散って行く。少し動揺していた森山だったが、間を置いたことで落ち着きを取り戻していた。そしてアナウンスが流れ、森下が右打席に向かう。


「八番、サード、森下くん」


「打てよー!!」


「ホームランかませよー!!」


 森下は打席に入り、堂々と構えた。相手を威圧するかのようにバットを持ち、悠然としている。一方の森山も、腹を据えたような顔つきで彼の方を向いていた。健二のサインを見て、セットポジションを取る。そして小さく足を上げると、第一球を投じた。


 白球が直線の軌道で本塁へと進んでいく。森下はバットを振りにいったが、ボールは本塁手前で逃げるように変化した。そのまま健二のミットに収まると、審判の右手が上がった。


「ストライク!」


「オッケー!」


「ナイスボール!」


 さっきすっぽ抜けたスライダーを要求する、健二の胆力。森下は予想していなかったという表情で思わず天を仰いだ。


「さっき当てたのに、なかなか肝が据わってますね」


「これくらいじゃないと自英学院の捕手は務まらないってことかな」


 マネージャー二人も、思いがけず健二のリードに感心してしまっていた。スタジアムは大林高校を応援する空気で包まれており、森下も気合いを入れて打席に立っている。健二は各塁の走者を見ながら、二球目のサインを送った。森山はそれを見てセットポジションに入る。


「「かっとばせー、もーりしたー!!」」


 球場中を包み込む熱気が、森下に対する期待感へと昇華されていく。森山は小さく足を上げ、スライダーを投じた。またもスライダーだったが、さっきよりもやや甘かった。森下は思い切り踏み込み、バットを振り抜いた。快音が響き、打球が左方向に舞い上がる。


「いった!!」


 まなは大声で叫び、打球を見上げていた。しかし健二は慌てることなく、冷静にマスクを取ってレフトの方を見ている。打球は左方向に流されていき、三塁塁審の両手が上がった。


「ファウルボール!!」


「おっしい~!」


「いいぞ森下ー!」


 あと僅かで満塁ホームランという当たりで、大林高校の応援席は大いに盛り上がる。しかし森山は動じることなく、再びサインを見る。健二が高めに構えると、彼はセットポジションに入った。そして足を上げ、第三球を投じる。威力ある直球が、唸りを上げてミットに向かって突き進んでいった。


「ッ!」


 森下は思わず手を出してしまうが、バットが空を切った。彼は高めの釣り球を振らされてしまい、三振に倒れたのだ。


「ストライク! バッターアウト!!」


「くそっ!!」


 森下は悔しさの余り大声を上げた。大林高校の応援席からはため息がこだまし、残念がっている。森山はガッツポーズを見せ、ベンチへと下がっていった。


 あと一歩のところまで追いつめておきながら、大林高校は得点を挙げることが出来ていない。残されたアウトはあと三つ。雄大たちは、夢の甲子園に手を伸ばすことが出来るのか――

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