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切り札の男  作者: 古野ジョン
第三部 怪物の夢

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第四十二話 静かなる幕開け

 打球が抜けた瞬間、観客席が一気に沸き立った。ベンチにいるナインも手を叩いて喜び、雄介も雄叫びを上げていた。


「っしゃー!!」


 早くも無死一塁、しかも走者は俊足の雄介だ。喉から手が出るほど先制点が欲しい大林高校にとって、これ以上ない好機となった。


「二番、セカンド、青野くん」


「行こうぜ行こうぜー!!」


「青野打てるぞー!!」


 大林ナインが盛り上がる一方で、健二は内野陣に対して前進するように指示を出している。青野がバント技術に長けているのは自英学院も承知しているというわけだ。


「まな先輩、どうするんですか」


「雄介くんには走ってもらう。今までと変わらないよ」


 松下は健二のサインを見て、セットポジションに入る。雄介は大きなリードを取り、バッテリーにプレッシャーを与えていた。松下は一塁に牽制球を送ったが、雄介は素早く帰塁する。審判が両手を横に広げると、松下は顔をしかめた。


「気にしてますね」


「いいね、さすが雄介くん」


 早くもグラウンドには緊張感が漂い、内野手も真剣な表情で打席の方を見つめている。松下は小さく足を上げ、第一球にストレートを投じた。雄介はスタートを切らず、青野もそのボールを見逃した。


「ストライク!」


「バック!!」


 次の瞬間、一塁コーチャーが叫んだ。捕球するや否や、健二が一塁に牽制球を投じてきたのだ。雄介はヘッドスライディングで帰塁し、なんとか間に合った。


「セーフ!!」


「「おお~」」


 その強肩ぶりに、早くもスタンドがどよめいた。雄介は塁上でパタパタと泥を払いつつ、健二の方を見ている。そして松下がセットポジションに入ると同時に、再び大きなリードを取っていた。


「今の牽制、アイツには効いてないみたいだな」


「走る気だね」


 雄大とまなも、その様子をベンチから見ていた。松下はふうと息をつき、一塁をちらりと見る。彼が足を上げた瞬間、一塁手の竹内が叫んだ。


「ランナー!!」


 雄介は迷わず、二塁に向けてスタートを切っていたのだ。松下は、そのまま第二球を投じる。高めのストレートだったが、青野は空振りした。健二は捕球した瞬間に素早く送球体勢に移り、二塁へ投げる。ボールは鋭い軌道を描き、カバーに入った遊撃手のグラブに収まった。雄介が滑り込むと同時に、遊撃手も足にタッチした。タイミングは際どかったが――審判の右手が上がった。


「アウト!!」


「よっしゃー!!」


「ナイス健二ー!!」


 自英学院のベンチから、健二を盛り立てる声が飛んでいた。一方で刺された雄介は呆然として、二塁から引き上げていく。


「今のスタート、悪くなかったよな?」


「うん、いけたと思ってた」


「健二の肩、思ったよりずっと強いみたいだな」


 雄大とまなも、雄介がアウトにされたことに驚きを隠せなかった。ここまでその俊足ぶりで何度もチャンスメイクしてきた雄介だが、この決勝戦においては健二という高い壁に阻まれることになるのだ。


 これで一死走者なしとなった。青野は既にツーストライクに追い込まれており、最後はチェンジアップを振らされて三振となってしまった。二死走者なしと変わり、打席に三番のリョウが向かう。


「三番、ピッチャー、平塚くん」


「打てよー!!」


「簡単に終わらせんなー!!」


 声援を背に、リョウは左打席に入った。ここでアウトになれば、自英学院はリズム良く攻撃に入ること出来る。となれば、彼は簡単に凡退するわけにはいかないのだ。


(変化球を混ぜてくるだろうけど、基本は直球でカウントを稼ぎにくるはず)


 リョウはストレートに狙いを絞っていた。松下はサインを交換し、投球動作に入る。ノーワインドアップのモーションから、第一球を投じた。白球が、山なりの軌道で本塁に向かっていく。


(カーブ!!)


 予想外の球種に、リョウは戸惑う。そのまま見逃したが、審判の右手が上がった。


「ストライク!」


「いいぞ松下ー!」


「ナイスボール!!」


 まずワンストライクとなり、自英学院の内野陣が盛り上がった。ネクストバッターズサークルの雄大は、その配球に感心していた。


(真っ直ぐ狙いを看破してのカーブか。健二ってのは相当手強いみたいだな)


 続いて、松下は二球目にもカーブを投じた。リョウは手を出して行ったが、タイミングが早すぎて一塁線を切れていくファウルとなってしまう。これでツーストライクとなり、早くも追い込まれた。


「「かっとばせー、ひーらつかー!!」」


 全校から集まった生徒たちも、懸命に声を出して応援している。リョウはバットを構えつつ、次の球を読んでいた。


(一球真っ直ぐを見せてくるか、それとも)


 健二がサインを送ると、松下が頷く。彼はそのまま足を上げ、第三球を投じた。白球が、直線に近い軌道を描いてホームに向かって突き進む。


(真っ直ぐ!!)


 リョウはバットを始動させ、捉えにいく。しかしボールがいつまで経ってもやってこない。そう、松下が投じていたのはチェンジアップだったのだ。


「くっ……!」


 辛うじて、リョウは体を開かずに堪えていた。そのままスイングを遅らせて、なんとかチェンジアップを拾い上げる。打球が、ふらふらと右方向に舞い上がっていった。


「セカン!!」


 健二が指示を出すと、二塁手が後ろに下がっていく。右翼手も前進してくるが、打球は二人の間にぽとりと落ちた。リョウは一塁に到達すると、ほっと息をついていた。


「ナイバッチー!!」


「いいぞリョウー!!」


 テキサスヒットとはいえ、ヒットはヒットである。松下は悔しそうな表情で、周囲からの声かけを聞いていた。そして、雄大が打席に向かって歩き出す。


「四番、ファースト、久保雄大くん」


「頼むぞー!!」


「ホームラン打てー!!」


 アナウンスが流れるとともに、歓声が一段と大きくなった。健二は外野手に後退するよう指示を出しており、先制点を阻止するつもりだ。雄大は左打席に入ると、じっとマウンドの方を見つめている。


(さっきリョウにチェンジアップを打たれているし、初球からは投げにくいはず)


 雄大は直球が来ると予想し、バットを構えた。松下は健二とサインを交換すると、セットポジションに入る。彼はリョウの方をちらりと見ると、一塁に牽制球を送った。リョウがしっかりと帰塁すると、一塁手の竹内が松下に返球した。


「打たせてこいよ、松下!!」


 竹内の声かけに、松下は頷く。もう一度セットポジションに入ると、彼は小さく息を吐いた。そして足を上げ、第一球を投げた。白球が、直球らしき軌道を描いて雄大に向かっていく。


(まっす……違う!!)


 チェンジアップであることに気がつき、雄大はバットを止めた。しかし投球はギリギリストライクゾーンを掠めており、審判の右手が上がる。


「ストライク!!」


「ナイスボール!!」


 健二も力強く声を掛け、松下に返球した。雄大はバットを見つめ、悔しそうな表情を見せている。ベンチでは、レイとまなが祈るように打席の方を見つめていた。


「ここですね」


「この回で先制出来るのがベスト。でも、向こうは全力で防ぎに来るよ」


 雄大は軽く素振りをして、再びバットを構える。松下はサイン交換を終え、セットポジションに入っていた。小さく足を上げ、第二球を投じる。さっきと同じような軌道で、白球が本塁目掛けて進んでいった。


(今度は打てる!!)


 二球目もチェンジアップだったが、雄大はバットを出しにいく。彼は持ち前のスイングスピードで一気にバットを振り抜き、ボールを捉えた。快音が響き、打球が右方向に高く舞い上がる。


「うおっ!?」


「いった!?」


 大林高校のベンチは、ライト方向を見上げて大いに盛り上がっていた。しかし健二は冷静な顔つきでマスクを外している。雄大も、一塁方向に数歩だけ進んだところで立ち止まってしまった。打球は僅かにポールの右側を通過していき、審判が両手を挙げた。


「ファウルボール!!」


「「あ~」」


 ベンチから悔しそうな声が聞こえる中、雄大は打席に戻った。再びバットを構え、仕切り直す。松下も冷汗をかいたが、落ち着いてサインを交換していた。


(二球続けてチェンジアップとは思い切ったな。最後、ストレートで刺しに来るか)


 雄大は三球目に直球が来ると予想していた。松下は健二のサインに頷き、セットポジションを取る。一塁ランナーのリョウをちらりと見たあと、第三球を投げた。白球が、三度同じような軌道で本塁へと突き進んでいく。


(来たっ、ストレート!!)


 予想通りとばかりに、雄大はスイングを開始した。ストレートならドンピシャのタイミングだったが――風切り音とともに、彼のバットは空を切った。ボールは健二のミットに収まっており、審判の右手が上がった。


「ストライク!! バッターアウト!!」


「っしゃー!!」


「ナイスピー松下ー!!」


 盛り上がる自英学院のベンチとは対照的に、雄大は唖然としていた。二球目で完璧に捉えられたにもかかわらず、健二は三球目にもチェンジアップを選び、松下に投げさせたのだ。その度胸と勝負勘に、雄大はただただ驚くばかりだった。


(あの野郎、とんでもねえキャッチャーだな。森山が投げだしたら手がつけられないぞ)


 彼は険しい表情でベンチへと戻っていった。一回表、大林高校は先制点を挙げることが出来なかった。裏のマウンドには、先発を託されたリョウが立つ。自英学院の打線を抑え、先制点を阻止することは出来るのか――

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